第19話

 『一号車、エルフを目視!』

 先頭を走る砲塔を持つ二脚ビークルが急制動をかける。

 両脚で地面に食いつき、主砲をエルフへと向ける。

 車長の合図と共に砲手が発射スイッチを踏みつける。

 ビークルの背面に備え付けられた巨大なコンプレッサー内で圧縮された蒸気圧が一気に流れ込み砲弾を押し出した。

 爆発音と同時に砲弾が発射され、莫大な蒸気が砲身から吐き出される。

 接敵と同時に発砲。これほどまでに敵意むき出しの人間はエルフには覚えのないものだった。

 攻城兵器の砲撃をエルフはほとんど無防備な状態で食らった。

 砲弾は狙いたがわずエルフの腹部へと吸い込まれるように直進した。エルフは防御陣を前方に展開しこれを受け止めようとした。

 「ぐうっ!?」

 以前レギンの銃撃を防いだ防御陣。しかし竜の心臓の封印に魔力の大半を割いているため防御陣に回せるリソースが足りない。

 陣が破られる。

 エルフは咄嗟に展開している防御陣に傾斜をつけた。すると砲弾は滑るようにして逸れて明後日の方向へ飛んでいった。

 同時に防御陣がガラスのように砕け、受け止め切れなかった衝撃がエルフの体を後方へと突き飛ばした。

 エルフは後方の防壁へと叩きつけられ悶絶する。

 これで倒せたと思うほど人間たちはおろかではなかった。

 一号車を中心として後続車両が扇状に展開。中から隊員たちが飛び出すと同時に連発銃の砲火を浴びせた。

 射撃はノーマンの合図とともに止み、壁面にはおびただしい銃痕がついた。

 白煙が風にのって掻き消える。

 瓦礫に埋もれるようにしてうずくまるエルフの姿が浮かび上がる。

 「探しましたよ。エルフ様」

 「さすが人間。野蛮で粗暴な下等生物だ。礼儀もなにもあったものではないな」

 「失礼な。礼儀はちゃんと持ち合わせておりますとも。ただ、尽くす相手は選びますがね」

 ノーマンが一歩エルフへ近づく。

 「竜の心臓。返していただけますかな」

 「断る。これはお前たちが持つには過ぎた力だ」

 「他人の持ち物が欲しがり渡さなければ力ずくで奪う。返せと言われればお前が持つにはもったいない。なるほど礼意以前に親の躾が悪かったようですね。まるで幼児の駄々に付き合っている気分ですよ。あなた年齢は? 少なくとも数百年は生きているのでしょう? まったく何年経っても成熟できない未熟な精神性で魔法などという暴力に長けているばかりにプライドだけ増長し続けるチンピラめ。恥を知れ」

 「貴様! 我々エルフ族がいなければとうの昔に滅んでいた下等種族風情が! 口の利き方もわからんのか」

 「そう。我々はあなたたちに救われた。だから今日こうして我々は生きながらえている。しかし、我々を助けてくれたのはあなた個人ではない。あなたはエルフ族の面汚しだ。人間とエルフの絆を裂く異分子だ。私はあなたの行いを断固として許すわけには行かない」

 ノーマンの瞳に仄暗い光が宿る。

 「ですが我々は子どもを殺すほど野蛮ではないし、分別をわきまえられないガキに付き合っているほど暇でもない。心臓を返すというなら命だけは助けましょう。ここにいればお仲間が迎えに来るのでしょう? エルフの国に帰るのを許してあげます」

 「ふざけるな! 心臓は我々のものだ」

 「そうおっしゃらずに。どんなに息巻いたところであなたにこの状況を打開する術はないはず――」

 二人の会話に割って入るように銃声が鳴り響いた。

 ノーマンの後方。隊列の中からユウが一歩前へ出る。

 「悪いけど時間がないんだ。あんたを生きて帰す選択肢はないよ」

 「貴様は……、欠片と一緒にいた……」

 「母と妹にかけた呪い。あんたが死ねば解けるのでしょう? 今からあんたを連れて病院に戻るなんて時間の余裕はないんだ」

 ユウがゆらりとエルフへと歩み寄っていく。弾切れとなった連発銃を捨て懐から回転式拳銃を取り出す。

 「ユウ待て!」

 止めたのはノーマンだ。しかしユウの耳には届かない。ユウは今目の前の怨敵しか見えてはいなかった。

 こいつさえ殺せば母も妹も助かる。猶予はない。今この場で決着をつけなければならない。

 ユウはうずくまるエルフの眼前に立つと即座に引き金を引いた。

 エルフは力を振り絞って防御陣を展開し銃弾を防いだ。しかし先の銃撃で魔力を消耗しすぎていた。防御陣はただの一発の弾丸を防いだだけで砕けてしまった。

 ユウは間髪いれず二射、三射と銃弾を撃ち込む。防御陣は壊してもすぐに修復されたが、四発目を防ぐ頃には陣の輪郭がぼやけ始めていた。

 六発撃ち切ると銃身を折って排莢。再装填し再びエルフの眉間へ突きつける。

 「あと何発防げるんですか?」

 「この下等種族が。大儀も見極められぬ低脳が。私が竜の心臓を持ち帰らねばこの世界は滅んでしまうのだぞ」

 「急になんの話ですか? 僕には関係のない話だ」

 ユウは狙いを定め引き金を引き絞ろうと力を入れる。

 「そこまでだ」

 声はユウの背後からかけられた。

 「ノーマン。なんのつもりですか?」

 気がつけば領兵の銃口はエルフではなくユウへと向いていた。

 「それは生かして帰す」

 「なんですって? それじゃあ母さんとベルニカの呪いが――」

 「それを殺せば戦争になる。エルフとの戦争だ。そうなったらお前はその責任が取れるか?」

 「戦争って……、殺すつもりでここまで来たのでしょう?」

 「違う。心臓の奪還に来たのだ」

 ユウは頭に血が上った。

 「僕たちをだましたんですか!」

 「君の家族は不幸に思う。だが人類の破滅と天秤にかけられるものではない」

 銃口をエルフからノーマンへ向けようとして、後頭部に衝撃が走った。

 隊員に後ろから殴りつけられたのだ。

 ユウはよろめきその場に崩れ落ちた。

 「ユウ!」

 レギンが駆け寄ろうとするが隊員の一人が前後不覚のユウを無理やり立たせてその眉間に銃口を向ける。

 「レギン。君はここまで来るための戦力として存分に役立ってくれたな。君にまで手荒なまねはしたくない武器を下ろしてくれないか」

 レギンが両手を銃口の隊員に向ける。しかしユウを人質に取られた理解すると抵抗をやめた。

 「ユウを離して」

 「もちろんだ。これ以上彼に危害は加えないよ。彼と君がおとなしくしていれば家まで送り届けもしよう。この結果は私もとても残念に思うよ」

 「どうして……アリシアとベルニカを助けて……」

 「申し訳ないがそれはできないんだ。わかってくれ」

 レギンはユウを取り戻そうと姿勢を低くする。

 しかし意識の混濁したユウの頭には銃口が向けられており動くことができない。

 「正体を現しましたね」

 アンナが銃口をノーマンへと向けた。

 「彼を放してください」

 他二人の近衛も領兵をけん制しつつアンナの背後を守るようにして立った。

 「これは近衛のお三方。まあ落ち着いて。怖い顔をなさる」

 「女王陛下のご命令です。エルフを庇うようなことをすればその場で殺せと。やはりあなたもエルフ派ということですか。これだから貴族は信用できない」

 「やはり監視目的でしたか。やれやれ王家には代々御遣い申し上げているというのに信用がない」

 ノーマンがチラと視線を部下へと移す。

 「うかつに動かないことです。私はあなたを殺すように命じられているのですから」

 そのとき突如突風が吹き荒れた。

 その場にいたぜ全員が突然の出来事に戸惑い一瞬の隙ができてしまった。

 「エルフがいません!」

 領兵の一人が叫び、ノーマンが舌打ちをした。

 目くらましと救出。一瞬のうちにエルフと心臓は空の上に移動していた。

 「下等種族がずいぶんと痛めつけてくれたな」

 上空から声がして仰ぎ見るとそこには巨大な翼を羽ばたかせる鳥人が兵たちを見下ろしていた。

 鳥のような鋭い爪を持つ脚はエルフを掴み、心臓はエルフの魔法により側に浮いている。

 「撃ち落せ!」

 兵たちが銃口を一斉に上空のハーピィに向け斉射する。

 「話に聞いていたとおりの蛮族なのだな。いきなり攻撃してくるとは」

 ハーピィはその両腕を大きく羽ばたかせる。すると風の流れが変わり突風が生まれて弾道がそれていく。

 「ここでこいつの敵討ちをしてもいんだけどね。まあそんな義理もないし。ここは引かせてもらうよ」

 ハーピィとエルフがさらに上空高く上っていく。

 「さようなら。下等種族の野良犬諸君」

 それきりハーピィとエルフは雲の中へと消えていってしまった。

 「くそ……」

 ノーマンは帽子を深く被りなおし頭を振った。

 「あなたの責任ですよ! この失態どう償うつもりで――」

 血相を変えてノーマンへ詰め寄るアンナ。しかし最後まで言葉が続く事はなかった。

 銃声がひとつ。ノーマンの右手には拳銃が握られている。彼女の体がぐらりと揺れて地面へ崩れ落ちた。

 「あなたたちのせいでしょう。余計な真似を」

 続けて発砲音が何度か響いた。それで残りの近衛二人もアンナと同様に倒れた。

 ハーピィー乱入のドサクサの間に領兵たちは近衛をいつでも撃てるように体制を整えていたのだ。

 「遺体はどうしますか」

 「回収しろ。これ以上魔物に人間の味を覚えさせるわけには行かない。首都に戻ったら処分しよう」

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