第17話
明朝、ユウとレギンは指定された場所へ向かった。
そこは大工場地帯の一角にある廃工場だった。
立ち入り禁止の札をまたいで入りいくつかの扉を抜ける。しばらくすると寂れた床や天井が途切れ管理の行き届いたものへと変わった。
「正直来るとは思っていなかったよ。意外と根性がある」
出迎えたノーマンの後に続いて扉をくぐる。
屋外へ出たのかと思うほど広い部屋に入った。
高い天井をいくつもの鉄骨が支えている。
そこは鋼鉄の鯨の腹の中といった具合の倉庫だった。
首都警備隊用の回転式連発銃が備え付けられた四脚ビークルがいくつもならび、対城砲の砲塔を持つ二脚ビークルが屹立している。
一角に仕切られた場所がありそこに人が集まっているようだった。
壁に地図が貼られ、それを囲むように簡素な椅子に腰を下ろした黒服にマスクの隊員たち。
ユウとレギンも後ろの隅に座った。
「今回は上位種族と魔物を相手にする。これに対し我々の戦力は二脚が一と四客が四。王家直属の近衛首都警備隊からの派遣が三名と私の領兵が十九名。それから後ろにいる助っ人二名。以上二十四名だ。エルフと魔物を相手にするのに戦力はたったのこれだけだ。最初に言っておくが今回は厳しい戦いになる。ここにいる全員は志願兵だが、気持ち変わりしたものは退室してもらってかまわない」
ノーマンが全員を見渡す。誰も席を立つものはいなかった。
「よろしい、では続けよう。今回の作戦はこうだ」
ノーマンは地図へと振り向くと指揮棒で地図中央の大工場地帯の輪の北側を指す。
「我々が今いる拠点がここだ。そしてエルフが向かった森というのが、ここになる」
指揮棒が地図上の道に沿って北東へ進む。フィラディル領と書かれた地域へ入って途中で道が途切れ空白となった位置で止まった。
首都を中心とした地図には様々な書き込みがされている。建物の名前、橋の名前、領地の境の線。しかしそこには何も書かれていない。
「森は過去にエルフが持ち込んだ魔草の種子が芽吹いてしまったのが始まりだ。魔草は抜いても焼いても増え続けて、ついには街一つを飲み込むほどの樹海に成長してしまった。人が住めなくなり廃墟となった街には魔物が出没するようになり半世紀以上放置されている状態だ。そして、この森はそのまま国外へと繋がっていてる。エルフはここから自国へ戻るつもりだ」
指揮棒が空白を横切り国境線をなぞる。
「我々の目的は竜の心臓の奪還だ。エルフが国外へ出る前にこの森で確保し、心臓を引き渡してもらう」
「もしエルフが心臓を渡さなかったら?」
ノーマンの説明を遮って椅子を立つ人物がいた。黒服マスクとは違う装飾性の強い制服からそれが近衛の人間だとわかった。
「エルフの殺害も作戦のうちと考えてよろしいですね?」
「女王陛下直属部隊は血の気が多い。もちろんですとも。我々の目的は竜の心臓の奪還。これはなにがあってもです」
「それはよかった。続けてください」
近衛の男は席に座った。
ノーマンは気をとりなおして先を続けた。
「さてエルフに追いつくのが先決重要なわけだが、魔物の脅威を忘れてはならない。森に生息する魔物はこの半世紀でゴブリンやスライムといった低級の魔物だけではなくなっている。未確認ではあるがもっと大きな魔物が潜んでいると言われている。各自エルフに気を取られて足元をすくわれないよう留意して欲しい」
ノーマンは全員を見渡して先を続けた。
「作戦はこうだ。砲車と装甲車で森を走破しエルフが森を抜ける前に接触。心臓を奪還する。ただこれだけだ。非常にシンプルだが問題は時間だ。魔物に足止めされてエルフに逃げられては元も子もない。そのため今回の作戦では私の領兵の中でも魔物討伐に秀でた者に集まってもらった」
ユウは横目で黒服マスクたちを見やった。彼らがノーマンの部下の中でも信頼の厚い隊員たちということだろう。
「それから改めて紹介するが女王陛下の命で近衛の方にもご参加をいただいている。挙手をお願いできますかな」
近衛の三名が手を上げた。ユウを含めたそのほかの全員の視線が近衛へ向けられる。大工場地帯では全員がマスクをしているので人相まではわからない。その中で一人、他の隊員よりも頭一つ分小さな近衛がいた。
「どうぞよろしくお願いしますね」
声色でそれが女性だとわかった。どこかから口笛が聞こえた。
「それから強力な助っ人だ。ユウとレギン。魔物退治の専門家だ」
今度は全員の視線がこちらを向いた。
まさかそんな紹介をされるとは思っていなかったのでドモリそうになった。
全員の視線は一瞬ユウに止まったがすぐに流れてレギンへと向かった。
「義手か?」
「見ろ。足も機械式だ」
そんな声が聞こえてきた。
「見てのとおり全身兵器のお姫様だ。詳しくは説明できないがこの中の誰よりも強いことは保障する。諸君らはそれだけわかっていれば十分のはずだ」
領兵は程度の差こそあれ全員がレギンの姿に驚いているようだった。しかしノーマンの簡素な説明で各々納得したらしく奇異な視線はそれ以上続かなかった。
彼らにとっては作戦の成否がこの場の全てであり、強力な仲間であることがわかればそれでいいらしい。
一方で近衛の三名は驚いている様子はなかった。事前にレギンの素性が伝わっているのかもしれない。
「作戦は以上だ。質問は? ……よろしい。では解散」
ノーマンの両手が打ち鳴らすと領兵が席を立ち、各々の準備に取り掛かり始めた。
ノーマンを見ると近衛と何事かを話しているようだった。
その横目でこちらを見るとユウとレギンを手招きした。
「ご指名だ。二人は近衛の方と同じ車両に乗れ。後ろから二番目の車両だ」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げるのは先ほどの近衛だった。
「心強いわ。魔物退治のプロなんですってね。私たち近衛は首都が仕事場だから魔物を相手にする機会がほとんどないの。ねえ、魔物ならなんでも退治できるのかしら?」
「えっと、ゴブリンとか?」
「まあこの国で一番出没するゴブリンね。ますます心強いわ」
ころころと笑う近衛。それがはたとして口元を手で覆った。
「あらいけない。自己紹介がまだだったわね。アンナ・アーメドと申します。アンナとお呼びくださいね」
「よろしくお願いします。アンナさん。ユウ・グリズビー。僕もユウで結構です。こっちはレギン」
「レギン……」
ユウの言葉を引き継いでレギンがおずおずと自己紹介をする。
「うふふ。可愛らしいお嬢さんね。お話は陛下から聞いているわ。頼りにさせてちょうだいね。我らが人の守護者、竜のレギン様」
厳格さを感じさせる制服に比べてアンナは柔和な性格のように感じた。
「ユウ、君の装備だ。確認してくれ」
ノーマンからずいと手渡されたのは両手で抱えるほどの鉄の塊だった。
「蒸気圧式の連発小銃だ。バレルの内側に通過する物体の速度を倍加させる魔術刻印が刻み込まれている。蒸気の力で弾丸を押し出し、刻印がその威力を倍増させて弾丸を撃ち出す。装弾数は二〇発だが、連発の際は蒸気圧の低下に気をつけろ。五発以上一度に撃つと気圧が下がってそれ以降の威力が大幅に低下する。連発するときは五発毎に十秒待つと覚えておいてくれ。構えたときに気圧計が見える位置に来るから常に気を配るんだ。銃の中心の円柱上の部位がボイラーだ。すでに火が入っているからいつでも撃てる」
ずしりと両手に重量がのしかかる。
「先に渡してある火薬式よりもよほど強力だ。扱いには十分に注意するように」
肩紐を通して小銃を抱えた。
「全員乗り込め。出発する」
ノーマンの号令で領兵たちがビークルへ乗り込んでいく。近衛やユウたちもそれに続いた。
低いエンジン音が徐々に音階を上げていき、音量も増していく。重い鋼鉄の体を支える四脚が甲虫のようにのそりと歩き出す。
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