第15話

 ユウが次に目を覚ましたとき、そこは見知らぬ部屋だった。

 自宅ではない。病院でもない。

 仰向けの体勢で目が覚めたユウが最初に視界に納めたのは氷細工のように透き通った小ぶりのシャンデリアだった。

 身体が埋もれるふかふかのベッドはキングサイズよりなお大きい。

 部屋を見渡すと豪奢な調度品が並んでいた。

 「目が覚めたかね」

 声が聞こえて影から湧き出るように一人の男が部屋へ入ってきた。

 「私はノーマンという。東の地、トロフィエ領の領主をしている者だ」

 領主ということは貴族だ。差し出された手にユウはおずおずと答えた。

 「具合はどうだね?」

 ユウは言われて身体のあちこちに鈍い痛みがあることに気がついた。

 心臓の鼓動と同じ感覚で鈍痛がしてそれは倦怠感にかわってユウの動きを緩慢なものにさせた。

 そしてその痛みは意識がなくなる前の記憶を鮮明に思い起こさせた。

 家族に身に起きた不幸、エルフの襲撃。そして――。

 「レギンは……、彼女はどこです?」

 そうして一番鮮明に思い出した記憶はエルフの魔法により傷つけられたレギンの姿だった。

 「レギンとは、あの機械人形のことかね? いや、あれを表すには竜の破片と呼んだほうが適切か」

 この男もレギンを竜と呼ぶ。エルフも同じことを言ったがユウには意味の通る言葉ではなかった。

 「エルフに言われたときもそうだったが、君はあの機械と竜が結びついていないようだな。そうなると竜の破片自体も己がなんであるのか理解していないということか」

 男は一人納得したようにうなずくとユウから視線を外した。

 「傷は深くはないはずだ。ついてきたまえ。破片に合わせてあげよう」


 豪奢な部屋を出ると広く長い廊下に出た。等間隔で銀の蝋燭台が並び、柱には精緻な装飾が施 されている。床には金糸の刺繍が淵を飾る真紅の絨毯が伸びている。

 「ここはどこです? 貴族様のお屋敷なのでしょうか」

 先導するシルクハットの男にそう尋ねると彼は笑った。

 「ここは王宮だよ」

 ノーマンはなんでもないように言った。ユウはそれが彼なりの冗談なのかすらわからなかった。つい先ほどまでイーストブロックの木造アパートにいた自分が、目が覚めたら王宮の中にいると言われてもにわかには信じられる話ではなかった。

 見上げるほどの絵画がいくつも視界の端を通り過ぎて廊下の突き当りを折れると階段を下った。

 階下はこれまでの豪奢な調度品で飾られた上階とは雰囲気が変わって飾りの類は一切ない無機質な通路になっていた。

 「上は民衆にも公開もされていてね。ここから先は一般人は立ち入り禁止だ」

 飾り気はなくなったが、それでも等間隔で並ぶ太い柱と広く長い廊下はかわらず荘厳さを示していた。

 「ここだ」

 ノーマンが扉を開くと風が頬を撫でた。

 そこは中庭だった。

 外はすでに暗くなっていた。ガス灯の照明が中庭全体を青白く照らしていた。

 薄暗いその場所でなにか瓦礫のようなものが積み上げられて小山になっているのが見えた。

 夜の暗闇とガス灯の白々しいほどの明るさのコントラストに目が慣れてくるとその瓦礫の山が一つの輪郭を結んでいった。

 「竜……?」

 それはこの国を守護する機械の竜。そしてそれは見るも無残な残骸へと成り果てていた。

 その竜を見上げるようにして誰かが立っている。

 「お連れしました、陛下」

 ノーマンの声で振り返ったのは、ユウとそう年齢の変わらないであろう少女だった。

 少女の顔を認めてユウは固まった。

 ユウはその少女を知っていた。

 「陛下……、ジークリット女王陛下」

 新聞で、広告でその姿を何度も見たことがあった。見間違えるはずもない。彼女はオーバーハウゼン国現女王だった。

 ユウはどうすればいいかわからずともかく頭を下げた。

 「固くならずともよい。お前は破片とはいえ竜の保護をしたのだ。いくら礼を尽くしても足りぬのは私の方」

 そう言ってジークリットは足元に視線を落とした。足元にはレギンが横たわっていた。

 「レギン!」

 ユウはレギンに駆け寄った。腕も足ももがれ、胴体にも深い切り傷が無数に入っている。顔も半分が崩れていた。

 「レギン……」

 機械の少女は目を閉じたままユウの声に反応する事はない。

 その姿はすでにコト切れているように見えた。

 「ごめんレギン。僕はなにもできなかった」

 エルフを前にしてユウは無力に過ぎた。家族の呪いを解いてもらうこともできず、風の魔法に切り刻まれるレギンを目の前にしてなにもできなかった。

 「なるほど。これはレギンというのか。名があるとは驚いた」

 ジークリットが膝を落としてレギンの頬を撫でた。

 「お前の身に起こったことは聞いている。一夜のうちにお前は全てを失った。家族は呪いに曝され、家をなくし、そしてレギンも」

 ジークリットの白く細い指先がレギンの髪と梳かすように撫でた。

 「今はまだ生きているお前の母も妹も、そう遠くはない内に死ぬだろう。たとえそれが遊び半分の低級呪縛であっても人間には過ぎた毒だ。到底耐えられまい」

 ジークリットの容赦のない言い方にユウは怒りよりも言いようのない絶望と喪失感を抱いた。

 家族が死ぬ。胸に大きな穴が開いたようだった。

 母にもっと楽をさせてやりたかった。妹の成長が日々の糧であり楽しみだった。

 ユウと母は少しずつベルニカのために貯金をしていたのだ。ユウは学校を中退したが妹には学校へ行って欲しい。古いアパートの狭い部屋に一家で住んでいたのも少しでも家賃を下げてその分を貯金に回すためだった。

 家族はユウの心の支えだった。二人が不自由なく暮らすためならば学校を中退するのも、きつい工場での仕事も耐えられた。

 そしてレギン。新しい家族になってくれるはずだった。大きな身体のくせに臆病で寂しがりやで、とても優しい子。ベルニカの良き友となってくれた。

 それらが今両手から零れ落ちていく。

 「どうして、家族もレギンもこんな目にあわなければならなかったんですか。僕たちがいったいなにをしたっていうんですか」

 ユウの問いのジークリットは立ち上がった。

 「お前はなにも知らない方がいい」

 「そんな。これだけ奪われてその上事情の一つも知る事ができないなんて。そんなのあんまりです」

 「だが家族を喪うだけで済む。そう言っているんだよ」

 「だけって……。それ以上の苦しみがこの世にありますか。僕にはもう何もない。知っているなら教えてください」

 ジークリットはユウから離れ、残骸となり果てた竜へと歩いていった。

 思案するように顔を伏せたのは数秒。そしてひとつうなずくと「それもいいか」と小さく呟いた。

 「お前の家族を襲ったエルフはな――」

 「閣下」

 ノーマンが一歩前へ出た。ジークリットはそれを流し目を送るだけで無視して先を続けた。

 「お前とその家族を襲ったあのエルフの目的はな、竜の心臓だ」

 ジークリットは横たわる竜を見上げた。

 「今月のはじめに一通の手紙が王室へと届けられた。そこには簡素簡潔に『竜の心臓をよこせ』とそれだけ書かれていた。宛名はエルフ族の長老会……、そうだな、やつら国の国政方針決定機関と考えれば間違いではない。その長老会に席を持つエルフの名が書かれていた」

 「エルフ族の中でも発言力のある者が竜の心臓を欲したのだ」

 「理由はわからない。しかしどんな理由があったとしても心臓を渡すことはできない。竜の加護があるからこの国は存続できているのだからな。日々工場から吐き出される魔力を吸い込んでくれるのは竜であり、魔物が首都に寄り付かないのは竜の気配に脅えてのことだ。だから当然私は断った。すると大工場地帯で爆発事故が起きた。数日前のことだ」

 「イーストブロックの軍需工場の爆発事故……」

 イーストブロックの工場はそれ以降営業を完全に停止していて汽車も止まっている。そういえば町のスモッグが濃くなったのも爆発事故を境にしてだった。

 そしてゴブリンが現れたのも工場の事の後だ。

 「そうだ。工場で製造していたのは大砲とその弾薬だった。そして爆発が起こった時間帯にちょうどイーストブロックの上空を竜が飛んでいたんだ。翌日工場内で粉々になったこれが見つかった。そのときにはもう心臓はなかったよ」

 ジークリットがつま先で転がっている小さな部品の破片を蹴った。転がった破片は竜の顎と思われる箇所に当たった。

 「犯人は人間ではない。竜の心臓はな、工場から吐き出される魔力を根こそぎ吸い込んでいるんだ。毎日、毎日……。それは凝縮された魔力そのもの。可視化できる毒と言い換えてもいい。そんなものに魔力耐性のない人間が触れようものなら一瞬にして命を落とすだろう。心臓を持ち去ったのは人間ではない。では誰が持ち去ったか……。言わなくとも分かるだろう?」

 ユウはうなずいた。しかし腑に落ちないといった顔をしていた。

 「なんというかずいぶんやり方が乱暴じゃないですか。これじゃあ犯人は自分ですと言っているようなものじゃないですか」

 「言いたいことはわかる。手紙でよこせと書いてきて、断られたら即実力行使。我々が襲撃犯はエルフだと考えるのは自然であり当然だ。だがやつらにとってそれは問題ではないのだよ。ばれても問題ない。というか、おそらくやつらには罪の意識や後ろめたさといった感情がそもそもないだろう。上位種族たるエルフ様の要請に下位種族である人間が答えるのは当然。それを断るなど言語道断。そんなところだろうさ」

 ユウの脳裏にエルフとの会話が思い返される。ジークリットの言うようにまるで奴隷に接するような物言いだった。

 「覚えがあるようだな。そうだ。エルフにとって人間とはその程度の存在なのだよ。取るに足らない家畜の持ち物をいくら持ち出そうがやつらはなんとも思わない。それはいい。やつらの態度は昨日今日はじまったことではないから今更驚くことも怒りを覚えることもない」

 「疑問があるとすれば、そんな無価値だったはずの人間の持ち物を欲した理由だ。しかも欲したのはあろうことか千年前に人間に討伐させた竜の肉片なのだ。目障りだったはずの竜を今になって欲しがったのはなぜなのか」

 「最初に来た手紙にはなにか書いていなかったのですか?」

 「そんな間柄じゃないさ。ただ一言『心臓をよこせ』それだけだったよ」

 ジークリットは苦笑した。

 「ここまで話したのが事の発端でありエルフの目的だ。ではなぜ竜の心臓とお前の家族が結びついたのか。それはエルフがレギンの持つ竜の肉片を欲したからに他ならない」

 ジークリットはしゃがみこむと横たわるレギンの胸元をなでた。

 「この宝石のような欠片がそうだ。竜の肉片。心臓の破片。レギンという少女の本体であり魂と言ってもいい。この機械の体は竜の肉片の意思により動いているのだ。ちょうど竜が廃材を寄せ集めてこしらえた巨体で空を舞っていたようにな」

 「最初に話を聞いて驚いたよ。レギンはお前を助けようとしてエルフと戦ったのだろう。肉の一欠けらにも精神が宿り意思を持ち行動する。まさに生命の塊。千に割れば千の命として振舞うということか。なるほどこの世界最強にして完全生命体たる竜は人間々には考えも及ばない高次の存在なのだろう」

 ジークリットは呆れたように首を振った。

 「まあそれも億分の一の欠片では、さすがにエルフには敵わなかったようだがな」

 「竜の肉片が個別に意思を持つなど我々も知らなかったのだ。君はレギンをどこで見つけたのかね」

 ノーマンが尋ねる。ユウは女王やこの男の話が全て理解できたわけではなかったが、聞かれるがままにこれまでの経緯を話した。

 「大工場地帯に眠っていた。君の話を信じるならこれはどう考えるべきか。自身の複製を隠していたと解釈すれば種の保険。いや個の保険か。もしかしたら工場にはレギンのような存在があちこちに眠っているのかもしれないということか」

 「もしレギンの姉妹があちこちに眠っているのだとしたら、大工場地帯を更地にしてでも探す価値があるな」

 「ご冗談を」

 「これで全てが繋がったわけだ。お前がレギンを見つけたのは偶然だったわけだが、タイミング悪く、時を同じくしてエルフが竜を襲い心臓を奪った。エルフは心臓を持ち帰る段になってお前の家族を見つけた。母子からは竜の気配、つまりレギンの気配を感じたエルフは問い詰めたが、母子はなにも答えられない。それもそうだ。竜とレギンが結びついていなかったのだからな。そうして返答できないで居るうちにエルフの機嫌を損ね呪いをもらうこととなった。すでに竜の心臓そのものは手に入れたというのにレギンの破片まで奪おうとする。どうしてそこまでして竜を欲するのかますます疑問だがな」

 エルフの目的は以前として不明のまま。しかしユウの知りたいことはここまでの話で十分だった。

 エルフの質問に答えられなかった罰で呪いをかけられたのだ。そんな理不尽がまかり通っていいはずがない。エルフとはここまで人間を軽視するものなのか。

 「僕はこれからどうしたら……」

 ユウの口からそんな言葉が零れ落ちた。

 ことの顛末はわかった。だがそれを受けこれからどうすればよいというのか。

 エルフは家族の呪いを解いてはくれない。床に額をこすりつけて懇願しても聞き入れてはもらえなかった。母と妹は今も呪縛に苦しめられ刻一刻とその命を削られていく。

 レギンは破壊されてしまった。ユウの膝の上で眠る機械の少女は見るも無残な姿にされてしまった。

 「家族の傍にいるべきだ」

 ユウのか細い問いに答えたのはノーマンだった。

 「ご家族は今も呪いに苦しめられている。寄り添い支えてあげることは君にしかできない。手を握ってあげるだけでも救いになるはずだ」

 ノーマンは膝をついてユウの背をさすった。

 「君のご家族の身に起きた不幸。本当に痛ましく思うよ」

 ユウは涙がこぼれそうになった。そうだ。もう僕にできることはそれぐらいしかないのだ。せめて母と妹の最後のときに傍に居てあげることぐらいしか無力な自分にできることはない。

 「病院まで送ろう。レギンは預かっておく。竜の破片はこちらで回収させてもらうが、身体の方は落ち着いたら弔おう。短い間ではあったが国の宝である竜を保護してくれたこと深く感謝している」

 ノーマンに促されてユウは立ち上がろうと膝に力を入れる。しかし上手く体を動かすことができない。震えるばかりで体が石のように重く感じた。一夜にして全てを失ってしまった。その事実がユウを雁字搦めにしてのしかかってくるのだ。

 ノーマンがユウの肩に置いた手に力を入れようとしたそのときだった。静観していたジークリットが口を開いた。

 「他にも道はあるだろう?」

 ジークリットの妖しく細められた双眸になにを思ったのか、ユウは肩に置かれたノーマンの手にわずかに力が込められたのを感じた。

 「お前がエルフを倒すのだ」

 女王はなんのことはない風にそう言った。なぜこんな簡単なことをわからないのかと呆れてすらいる様子だった。

 「呪縛を解く方法は二つ。術者に解かせるか、術者を殺すかだ。前者は無理だろうな。あれは人の願いを聞き入れる手合いじゃない。となれば答えは一つだ。お前がエルフを殺せばいい」

 ノーマンがユウを庇うようにして立ちふさがる。

 「それは無理です。彼は一般市民であり兵士じゃない。ましてエルフ殺しなど、彼には荷が重過ぎます」

 「そうか? 私にはこれ以上ないほど適任だと思うが。この哀れな一般市民以上にエルフを憎める人間がいるか? 技術が必要ならお前が補ってやれば済む話だ。そうだろう?」

 睨まれノーマンが押し黙る。

 ユウはまるで他人事のように二人のやり取りを聞いていた。聞いてはいても頭は真っ白だった。まったく予想していなかった提案に整理が追いつかない。

 「お前次第だ。ノーマンの言うように家族の死をただ見ているだけか。それとも家族を救うためにエルフ殺しをするか。二つに一つだ」

 問われユウの瞳に力が戻った。これは選択肢などではない。新たに拓かれた道はどんなことがあってもユウがすがりつかなければならない唯一未来へ繋がる道なのだ。

 「どうか御再考を。我々もエルフ殺しは事例がない。不足の事態となれば彼を守りきれません」

 ノーマンの声が遠く聞こえる。ユウは顔の崩れたレギンを見つめた。家族を助けた。レギンをこんな酷い姿にした仕返しをしたい。

 ユウはレギンの前髪を撫でると立ち上がった。

 「やります」

 ノーマンが息を止めたのがわかった。その声は自分で聞いて驚くほどに冷たく地の底を這うような呻きのようだった。

 「決まりだなノーマン。面倒を見てやれ」

 「承知しました……」

 そう言ってノーマンは硬く口を閉ざした。

 ジークリットがその脇を通り過ぎてユウとレギンの前に立った。

 「お前のような者が味方になってくれること心強く思うよ。さて――」

 ジークリットは言いかけてしゃがみ込むとレギンに手を伸ばした。

 次の瞬間ユウは目を疑った。

 ジークリットがレギンのちぎれたフレームを取っ手代わりに掴んで持ち上げる。

 「ものは試しだ」

 そう言うや鉄の山となって横たわる歯車竜へと投げ飛ばしたのだ。

 「なにを――?」

 ユウが手を伸ばす間もなかった。

 レギンは突風にさらわれた帽子のように空高く浮かび上がり、放物線を描いて鉄の山の中へと落ちていった。

 すると竜の、レギンの落ちた背の上辺りから小さな音が聞こえ始めた。金属同士のこすれるような音。それが徐々に竜の機械仕掛けの体のあちこちで聞こえるようになって、ユウは竜の目に炎のように揺れる灯りが点いているのに気がついた。

 「竜が動いているだと? 動力の心臓がないのになぜ?」

 ノーマンが一歩前に出た。

 「いいや、そうか……。レギンも心臓の一部なのだ」

 腐った果実が木から落ちるように、ぼろぼろと部品を取りこぼしながら竜がその巨体を持ち上げる。

 竜のわき腹に大きな穴が開いていた。砲撃されそこから心臓が抜き取られたのだろう。骨格となる太いフレームがひしゃげて体を起こそうとすると自重を支えきれずに転倒しそうになる。それを両脚でどうにか踏ん張り、鋼鉄の鍵爪がアンカーのように地面に突き刺してバランスをとる。軋むフレームの音が無機物の声無き悲鳴のように響いた。

 そうして胴体が持ち上がると長い首を天高く伸びていく。夜空に覆いかぶさる分厚い雲を睨みつける。

 これが竜。この国の守護神にして完全生物の仮宿。

 「レギンは、どうなった?」

 ユウが呟き、それに呼応するように竜に新たな異変が起こった。

 竜の胴体が内側から泡立つようにして盛り上がってきたのだ。それは何者かが竜の腹の中で暴れているように見えた。腹部の鉄板を同じ金属で殴りつけるような轟音が響く。

 ひときわ大きな破砕音が鳴り、竜の瞳に灯っていた光が消えた。

 「なんだ? なにが起きている?」

 起動したかと思われた竜は再び崩れ落ちて物言わぬ瓦礫の山へと戻った。

 「竜に体を与えたのは我々人間ではない。生前のワイバーンの姿を模したこの体も、レギンの鋭い爪や尻尾を持つ半人半竜の体も竜が独自に作り出したものだ。つまり――」

 竜の腹が蹴破られその内から鉄の脚が突き出してきた。

 「レギンは自分自身の作り方を知っている。当然直し方も知っている。後は材料があれば自己修復するというわけだ」

 破いた腹を今度は横に引き裂くようにして穴を広げる。そうして出てきたのは傷一つないレギンだった。

 「体が壊れていても話は聞こえていたのだろう? レギン。お前はどうする? 少年とともに行くか。ここで待つか」

 女王の問いにレギンは答えない。

 ぼんやりとした表情で一同に視線をめぐらせてその双眸がユウを認めて止まった。

 「ごめんなさい……」

 レギンの瞳に精気の色が戻り始める。同時に大粒の涙がぽろぽろと彼女の頬を滑り落ちていく。

 「ごめんなさい。あいつも緑のやつみたいに、私が……。私がやっつけられればアリシアもベルニカも……」

 ユウは走り出していた。謝り続ける少女の姿は迷子の子どものようだった。不安に押しつぶされて今にも崩れ落ちそうな子どもだ。

 「君は悪くない。僕の所為なんだ。僕は説得することもできず、戦うこともできず。君が傷つくその横でなにもすることができなかった」

 ユウはレギンを抱きしめて「君のせいじゃない」と繰り返した。

 ユウもレギンも崩れ落ちて泣いた。

 ノーマンは数歩下がったところで少年少女を見つめていた。

 「ノーマン、あとは任せるぞ」

 そう言って女王は中庭から立ち去った。

 ノーマンはその後ろ姿に一礼ししばらく顔を上げなかった。

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