第13話

 身体をゆすられる感触にユウは目を覚ました。

 側にはレギンがいる。いつの間にか眠ってしまったようだ。。

 窓の外はすっかり暗くなっていた。

 まだ日が完全に落ちるには早いが、太陽は分厚い雲の向こうだ。

 「あれ? 母さんもベルニカも帰ってないの?」

 「まだだよ。ずっと玄関の方を見ていたけど、誰も入ってきてないよ」

 どうやらレギンはユウの眠る枕元から動かずじっとしていたらしい。

 まるで仲間の就寝中に警護する野生動物みたいだ。

 それはそれとして二人の帰りが遅いのが気になった。

 「たしか買い物に行くって言ってたよね。探しにいってみようか」

 ユウの提案にレギンはうなずいた。

 ユウが身支度を整えていると、ドアをノックされた。

 「ご在宅ですか? 通信がいておりますよ」

 それは大家の声だった。ユウは慌ててレギンを寝室へ押し込むと玄関のドアを開けた。

 立ち位置を調整して魔物退治の大立ち回りの痕跡が見えないようにした。

 「どこからですか?」

 ユウはごまかすように愛想笑いを浮かべて聞いた。

 大家は不信に思ったのか眉がわずかに歪んだが、特に言及することなく答えた。

 「王立中央病院からです」

 「え……?」

 思ってもいなかった名前にユウは表情が固まった。

 一階の共有スペースの隅に置かれた通信機。受話器がはずされテーブルの上に立たせてあった。

 ユウは恐る恐る受話器を耳に当てた。

 受話器から男の声が聞こえてきて彼は医者だと名乗った。二、三の本人確認が行われた後、男は本題に入った。

 「先刻お母様と妹様が当病院へ運ばれてきました。お二人とも意識がない状態でしてすぐに当病院へ来て頂きたく――」

 「えっと、その本当に僕の家族なのですか? 他の人と間違えているとか」

 「いいえ。持ち物に身分証がございました。アリシア様はあなたのお母様のお名前で相違ないでしょう」

 「意識がないっていうのは、どうしてそんなことになったのですか」

 「詳しくは直接会ってお話をしたいところですが、原因がわからんのです。目立った外傷はありませんでしたが、運び込まれたときにはもう意識がなかったのです。ともかくすぐにでも来てください。受付で私の名前を言えば案内するように手配をしておきますので」

 ユウは医師と名乗る男の名前を確認して、テーブルの上に置かれたメモ帳に書いた。知らず指先が震えて崩れた文字になってしまっていた。

 受話器を置いて振り返ると大家が立っていた。

 普段表情から感情を読みづらい人だが、このときばかりは心配をしている顔だと一目で分かった。

 最初に受話器を取ったのは彼女なのだ。病院からだったと知っている。

 「母と妹が病院に運ばれたって、詳しくはわかりませんがすぐに来るようとのことでした」

 「無事を祈っておりますわ」

 「ありがとうございます」

 ユウはお礼を言って一度二階へ戻って大急ぎで身支度を整えた。

 その片手間レギンにことのあらましを教えた。

 「レギンはうちにいてくれ。帰りは遅くなると思うから先に寝てて。ご飯は魔石と水でよければ台所にあるからそれを食べて――」

 病院がいまいちわかっていないようだったが、ユウの思いつめた様子になにかを察したのか、アリシアとベルニカになにかよくないことが起こったのだと理解した様子だった。

 「わかった」

 と呟く彼女の表情は不安の色が浮かんでいる。

 「大丈夫。きっとなんでもないよ」

 ユウのそれは自分に言い聞かせる言葉でもあった。

 

 病院は駅の側にある。イーストブロック唯一の国営病院でこの辺では一番大きな病院だ。ユウも何度か世話になったことがある。

 病院に着くと医師に言われたとおり受付で名前を伝えると二階の病室に通された。

 部屋は個室でベッドが二つ。そこに眠っているのは見間違うはずもないユウの家族だった。

 病室の前で固まるユウの背後から声がかかった。

 「ユウさんですね。お待ちしておりましたよ」

 声は受話器越しに聞いた医師のものだった。

 医師に促されユウたちは病室へ足を踏み入れた。

 昏々と眠る母と妹。額からは汗がにじみ呼吸も荒い。まるで高熱にうなされているかのようだった。

 「ご連絡したときは原因が分からなかったのですがね。今しがたそれが分かりました」

 医師が掛け布団の中からアリシアの腕を取った。

 腕には見た事のない模様が浮かび上がっていた。植物のツタのように見えた。

 「同じものが妹さんにも見つかりました」

 「何です? これは……。二人とも刺青などいれていません」

 「これは刺青ではありません。魔法によるものです。ご家族は魔法により呪いをかけられております」

 「呪いって……、二人は市場に買い物に行っただけですよ。それがどうして」

 「私はこの肌にツタのような模様が浮かび上がり、高熱にうなされる症状を何度か見たことがあります。私はこの病院へ来る前はオータル領におりました」

 「オータル領。親エルフ領の……」

 「ご存知のようですね。そうです。これはエルフ族の使う魔法です。おそらくお二人は出先でエルフに会ったのでしょう。そして、エルフ様の機嫌を損ねた」

 「そんな……」

 「当時の状況は分かりません。お二人が倒れていたのは市場の近くの通り。人気のない場所だったようです。そこに重なるようにして倒れていたと。そこから察するに市場にエルフ様がいたのでしょうね」

 「そんな。母や妹がいったい何をしたっていうんですか!」

 ユウは医師に詰め寄った。医師は気の毒そうに首を振るばかりだ。

 「わかりません。わかっているのは、これは魔法の一種であり、医学ではどうにもできないということだけです」

 「そんな……」

 「魔法や呪いは医学の分野ではない。魔法学の分野です。人間では理解できない領域の話です。解呪の方法があるとすれば、術者に解いてもらうこと。あるいは術者が亡くなれば呪いも解けるのですが」

 ユウはどうしたらいいかわからないくなった。

 ベッドに横たわる二人を見る。苦しそうにうめき声を上げるばかりで目を覚ます気配はない。

 「これは刻印が徐々に被験者の体力を奪っていく呪いです。私のこれまで診てきた経験則ですが、早ければその日のうちに亡くなります。もっても三日目の夜を越えた者は私の知る限りではおりません」

 ユウはその場に崩れ落ちそうになった。

 「母さんもベルニカも、死ぬ……」

 「とにかく今は側についていてあげてください。せめて家族に手を握ってもらうだけでも――」

 そのあとの医師の言葉は頭の上をすり抜けていくばかりだった。

 要するに成す術がないと言っているのだ。

 二人は苦しみながら体力を吸われて、明日にでも死んでしまうかもしれない。

 母は成人だからまだ体力は人並みにある。ではベルニカはどうだ? まだ5つのほんの子どもだ。どれだけの体力があるというのか。

 「どうしてこんなことに」

 視界がにじむ。レギンになんと言えばいい。せっかく仲良くなったのに。ベルニカのよい友人となってくれたのに。

 「お二人は当病院で預かります。もうすぐ面会時間が終わる。今夜は私たちに任せてあなたは明日朝一で、お二人の着替えを持ってきてください」

 医師の言葉にうなずくとよろよろと病室を後にした。

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