第11話
ユウはソファに座ってアリシアの手当てを受けた。あちこちに打ち身や切り傷はできたものの酷い怪我なかったのが幸いだった。
アリシア自身もユウほどの怪我はなく家族全員無事であった。
母と妹は騒動の折、逃げようとしたが外にゴブリンがうろついていたのを見たのだという。そのため室内に隠れていたのだが、運が悪かったのか、ゴブリンが二人の気配を察知してしまったのかユウ家に入り込んでしまったのだった。
そのゴブリンはレギンが倒したのだが……。
ユウとアリシアは恐る恐るレギンの手をとった。
両手十指の各指先には穴が開いており筒状となっていた。
「やっぱりこの指は全部鉄砲になっているのね?」
ゴブリンの死骸には頭部や胸、腹に五つの大穴が開いていた。壁にも同じく穴が開いており貫通した弾が外へ抜けたのだとわかった。幸い壁の向こうに建物はなく、弾丸はどこかで失速し地面に落ちたと思われた。
「レギン、これはどうやるの?」
ユウの質問にレギンは何回か手を握って開いてを繰り返した後、ガチリという音と共に全ての指がまっすぐ伸びて固定された。指の節をまっすぐに固定することでバレルになるようだった。
弾はどうなっているのかと聞くと、前腕のハッチが開いて中には弾薬が山と詰まっていた。
アリシアはそれを見て目眩を起こさんばかりだった。
「君は、軍用目的で作られたってことなのか?」
魔物を即死させるほどの威力を持った弾丸を撃ち出せるのだ。ユウの疑問は当然のものだった。
しかしレギンは答えを持たず、結局彼女の謎が深まるばかりとなった。
困ったのはゴブリンの死骸である。
当初は首都警備隊に連絡するつもりだったが、よくよく考えるとどうやってゴブリンを退治したのか聞かれてしまったときの返答ができないことに気がついた。
まさか、このレギンがやりました。彼女は強力な重火器を積んだ機械人形なのです。とは言えるわけもない。首都では個人の銃器所持は登録制になっているのだが、家族の誰も登録証を持ってはいない。レギンももちろん持ってはいないし、登録しようにも機械人形である彼女に許可が降りるはずもない。
そのような事情でゴブリンの死骸を運び出して道端へ放置しその後は知らぬ存ぜぬを通すことにしたのだった。
ゴブリンが大暴れした部屋はまさに嵐の過ぎ去った後のような光景で片付けには苦労した。
ユウはあらためてレギンにお礼を言った。
当のレギンはといえばずっとユウの側を決して離れようとしなかった。
魔物騒動の中でユウとはぐれて帰り道もおぼつかず心細い思いをしたからだった。
ユウは何度も謝ったがレギンの機嫌はなかなか直らず、だけれど片時も側を離れないという状況が続いていた。
元より寂しがりやな面があった彼女だが今回の件でいっそうそれが酷くなった。
喜ばしいニュースもあった。
レギンをずっと怖がっていたベルニカが一転して彼女に懐くようになったのだ。
ベルニカの中でレギンは魔物を倒して自分たちを救ってくれたヒーローとなっていた。
これにはレギンも喜んだ。彼女はずっとベルニカと遊びたかったのだ。
二人で積み木遊びをするのを見てユウとアリシアは笑いあった。
大人二人は部屋のゴブリンが荒らした部屋の片付けに追われ、終わる頃には日が暮れていた。
床の引っかき傷は絨毯で覆い、壁の穴は木の板で塞いで応急処置とした。ひとまず隙間風の心配はしなくてよさそうだが、大家にばれたらどうしたものかと今から憂鬱な気持ちになった。
その間に子ども二人は寝室で積み木やカードで遊んでいっそう仲良くなった様子だった。
「それでね母様。レギンてばおかしいのよ。三角屋根の上に別の家を建てようとするんだもの」
夕食の時間となってベルニカは今日一日のことを楽しそうに振り返るのだった。
しかし眠る時間となってベルニカの様子が変わった。酷くおびえた様子でレギンの側を離れようとしなかったのだ。
「無理もないわね。あんなに怖い目にあったんだもの」
アリシアが震える我が子の頭を撫でた。
一日中楽しそうに遊んではいたがベルニカもどれだけ危険な目にあったかはわかっているのだろう。
隠し切れなかった床の傷を見てゴブリンを思い出してしまったのだ。
「大丈夫よ。魔物はレギンがやっつけてくれたのよ。見ていたでしょう? 怖い怖いはもういないのよ」
アリシアがなだめ聞かせてもベルニカの震えは止まらなかった。幼い少女が体験するのはあまりに衝撃的だった。それこそトラウマになってしまうほどの。
「怖いよ。レギンも、レギンも一緒に寝よ? そしたら眠れるから」
すがるようなベルニカにレギンは快く引き受けた。
ベッドに側に椅子を持ってきてベルニカの手を握った。
「そうだ。レギンが借りてきた絵本があったわね。一緒に読みましょうか」
母の提案に二人は喜んだ。
「どれどれ? ああ、この絵本なのね」
「キラキラしててきれいなの!」
レギンは図書館で見た挿絵を指差して興奮気味だ。
「ええそうね。きれいなお姫様ね」
アリシアは絵本を開いた。
それは悪いエルフに呪いをかけられたお姫様を王子様が助ける話だった。
二人は熱心に話を聞いては時折出てくる挿絵を興味深そうに眺めた。
物語もおしまいが近づくころにはアリシアはうとうとし始めていた。
「今日はいっぱい遊んだものね。もう寝ましょうか」
そう言って絵本を閉じると母は娘の頬を撫でた。
「レギンもありがとう。今日こうして穏やかな夜を過ごせているのは全部あなたのおかげよ」
手を伸ばすとレギンは撫でやすいように頭を下げた。
「さあ、今日はもう寝ましょう。明かりを消しても大丈夫かしら?」
レギンがうなずくとアリシアは鯨油ランプに蓋をして火を消した。
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