第8話
イーストブロック中央国立図書館は市場の通りを過ぎた先にあった。
ユウは財布から身分証カードをとりだして受付に渡した。ここはイーストブロック居住者には無料の施設だが他ブロックや地方領からやってきた人は有料となる。
カードにはいくつかの大小の穴が開いてる。その組み合わせはユニークなものであり個人を示す機械語だった。それを機械に通すとその持ち主がどこの誰なのかを特定することができる。
受付がカードを調べている間レギンは落ち着かない様子だった。
どうやら図書館特有の物音一つにも耳が向くひっそりとした様子に戸惑っているようだった。
『空気』に敏感なところが彼女にはあるようだ。
カードを返されて二人は中へ入っていった。
ユウは手ごろな絵本をいくつか見繕うと適当な席にレギンを案内した。
「さて……これなんていいかな。僕も昔母さんに読んでもらったのを覚えてるよ。この国の成り立ちと近隣諸国であるエルフ族についてだ」
いくらか音量を落とした声でユウが話し始める。
「昔々、あるところに人とエルフがいました。魔法の使えない人はエルフの国でエルフに守られて暮らしていました。ある日人とエルフは喧嘩をしました。エルフは魔物から人を守りましたが、そのかわりにつらい仕事をさせていたのです」
「人は言いました。『もうこんなつらい仕事はこりごりだ。僕たちは国を作りたい』」
「エルフはこれに大反対しましたが、結局ある条件をつけることで人が国を作ることを良しとしました」
「その条件とは竜を倒すことでした。竜の住む土地には昔から魔石がたくさんあることが分かっていました。なので竜を退治して魔石をわたすなら国を作ってよいと言いました」
「人はたくさんの犠牲を出しながらもついに竜を倒し、竜の眠る土地に自分たちの国を築きました。この時竜を倒した人は勇者として称えられ、その一族が王族となって国を治めるようになりました」
「竜は心臓を残して腐り土に還りました。それでも竜は生きていました。竜は不死なのです。人は言いました。『やい竜よ、体がほしいか? 欲しければ僕らを守れ。そうすれば魔石をあげよう』竜は体を取り戻したかったので人の言うとおりにしました。魔力をたくさん取り込めばいつの日か元の体を取り戻すことができるのです」
「人は竜の眠る土地に国を作り竜に守られて平和に暮らしました。しかし国が大きくなるにつれ問題が出てきました。心臓だけになった竜の力では小さな範囲しか守れなかったのです」
「王は拡大した領地をいくつかに分け、家来にそれぞれの土地を守るように命令しました。しかし人の力では魔物にはかないません。家来たちはどうすることもできず王に助けを求めましたが王は竜の加護のある土地から出てきません。家来たちは仕方なくエルフに助けを求めました。エルフはたくさんの魔石と労働者を引き換えに領地の護衛を引き受けました。こうして人とエルフそして竜は互いに助け合いながら暮らしています。おしまい」
「ずいぶん無理くりなまとめ方だけど、この国の成り立ちは大体こんな感じなんだ。つまり僕ら人はエルフ様に守ってもらってようやく暮らしていけてる。だから敬称をつけて敬うんだ」
レギンはじっと絵本の挿絵を眺めて言った。
「エルフは……」
「エルフ様ね」
「エルフ様は……。ユウは、エルフ様、好き?」
ユウは返答に困った。それは人とエルフの関係の核心を突く言葉だったからだ。
好きではない。でも表立ってそれを言うことは憚られる。
絵本ではだいぶオブラートに包まれた表現になっているが、昔人々はエルフの奴隷として酷使されていた時代がある。そこから到底成しえない竜の討伐という難題を押し付けられ、どうにかして独立したのだ。前門の竜、後門のエルフという難題の時代を生き抜いた人々には頭が下がる思いである。
だがエルフとの縁は切れなかった。魔物の襲撃に脅える日々に耐えられなくなり再びエルフを頼らざるを得なかった。その見返りは国土に埋蔵する魔石。毎年の採掘量の大半を差し出すこと。そしてたくさんの人々が生贄も同然に毎年エルフに連れて行かれる。彼らがどうなるのかは誰にも分からないし、来年自分が生贄に選ばれない保証もない。人選は一定の身分以下の人間であれば無作為なのだ。
それでも関係を切れない。エルフに守ってもらわねば人々の生活は立ち行かないからだ。
人々がエルフに敬称をつけるのは守ってもらっているからというのもあるが、それ以上に彼らに強要されているからだった。
エルフは自尊心が非常に高い。どうひっくり返っても元奴隷と対等な立場に下りてくることはないのだ。
奴隷時代はまだ続いているといっても過言ではない。
しかし国民感情の振れ方としては必ずしもエルフを嫌う傾向にあるわけではなかった。
首都に暮らす人々は竜の恩恵により獣害がないのでエルフには否定的な意見を持つ者が多い。一方で竜の恩恵の届かない土地に住む地方領地民は魔物の襲撃を恐れている。彼らを守るのは領主の領兵であり用心棒のエルフなのだ。よって地方領民の声はエルフ肯定に傾く。
これを王族派、エルフ派などと呼ぶことがある。
「僕は、そうだな。エルフ様には直接お会いしたことがないんだ。首都での暮らしが長くてね。話してみればもしかしたら仲良くなれるかもね」
すっきりしない回答だったが、ユウとしては濁す以外に答えようがなかった。子ども相手に強い表現を避けようとする親の気持ちはもしかしたらこんななのかもしれない。
裏を返せば本心としてはエルフをよくは思っていないということだ。
それはそうだろう。自分も家族もいつエルフに連れて行かれるかわからないのだ。さらに歴史を勉強すれば彼らエルフ族の酷い仕打ちは嫌でも知ることとなる。
ユウの本心は『できれば関わり合いになりたくない』でありそれをオブラートに包んだ答えが先のコメントなのだ。
実際ユウ自身は直接エルフに会ったことはない。森の賢者といわれるエルフ族は鉄製品を嫌うため首都にはめったに寄り付かないのだ。
当分首都を離れる予定はなし。自分がエルフに会う日が来ないことを祈るばかりである。
「レギンは? エルフ様に会いたい?」
「うーん。もし会ったらエルフ様はユウにこれする?」
これ、と指差したのは重い岩かなにかを引かされている人の挿絵だった。隣に目を吊り上げたエルフが鞭を持っている絵も描かれていた。
「そうかもしれないし、そうはならないかもしれない」
「もしそうなったら私がエルフ様をやっつけてあげる」
真剣な表情のレギン。ユウは嬉しさ半分おかしさ半分で笑ってしまいそうだっただったが、レギンが妙にまじめな顔で言うのでぐっと我慢した。
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