街に出ると、彼の運転は荒くなる。まわりの運転に煽られるのだった。

 対向車線の左折レーンが、信号が青になっても一台も進めないほど満杯なのに、右折した。折れた先の三車線の全てに車が詰まっているから、道路の真ん中に停まるしかない。直進レーンの信号が青になり、彼の車が邪魔で進めない対向車線の直進車が、それぞれにけたましくクラクションを轟かせる。いくつものハイビームが向けられて車内に光が満ちる。

「わあ、今一瞬、昼みたいなったよ」

 弓子がはしゃいだ声を出した。起きぬけからなんとなく気怠いらしく、夜更けになってみても、声が弛んでいる。そのうえ明るむと、気が触れたようになる。彼は危うい声色にまた煽られて、どこへとなしに、長いクラクションを鳴らしかえした。

 ようやく車が流れ出した。高架下の狭い一本道を抜け、複雑に入り組んだ交差点をわけもわからぬままに左に折れると、街の中心部らしいところに出た。

ターミナル駅の明かりはハイビームより眩く、しかし静謐だった。なにもかもが静まり返っている、と彼は思った。馬鹿げた高さのビル群の多くが、神経症的に清潔なガラスを一面に纏っていた。団地に似ていた。味気のない秩序だ、しかし、少なくとも透徹だ。

「団地みたいやなあ」

 弓子が、シートベルトのほつれを指に巻き付けてはほどき、少しして、言った。

「どこでも死ねるね」

 明るい声は、やはり怖ろしい、と彼は思った。軽口を許してはくれない、それどころか、軽口を暴くように、聞こえた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る