俳句スイッチ・エピソード零

来冬 邦子

はじめに

 俳句は好きですか。


 たった十七音で情景や心情がうたえてしまうって、なんなの、天才か。

 そんなこと出来そうもないし、どこから始めていいのか分からないし。

 でも俳句を読むのは好き。例えば。



 戦争が廊下の奥に立ってゐた

           <渡辺白泉>

 

 痺れますねえ! こんな句が詠みたい!


 すみれほどな小さき人に生まれたし

        <夏目漱石> 


 ファンタジーか! うまいこと言うな、おっちゃん!

(このおっちゃんは、アイラブユーの替わりに「月が綺麗ですね」と言う、

 あのおっちゃんです)

 

 このあやふやな憧れに火をつけたのは、ご多分に漏れず、夏井いつき先生が出演される「プレバト!」というテレビ番組でした。因みに司会は浜田雅功さんなので、芸能人の隠れた才能を見出す真摯な番組にしては笑いどころが多くて気に入っています。あの番組で夏井先生の劇的添削で放たれる俳句ビームに打たれて、すっかりはまりまして、放送日はおかずの隙間にノートを広げてメモを取りつつ夕飯を食べる日々を送っています。


 そして何かわかった気になって、俳句らしきものを思いつくと、新聞(我が家は毎日新聞)の俳壇に送りました(大胆なバカ)が、そこに燦然と並んでいる俳句はとんでもなく上手い作品ばかりでしたから、葉書の無駄遣いかと思っていたところ、奇跡的にぽろぽろ入選した句がこちら。



 神域のもりに音無し冬日差す


 神域の杜とは神社の境内の森のことです。初詣客も絶えた冬の昼下がり、静まりかえった森に冬の日差しが差しているのです。



 決算期休めぬ朝の生姜糖しょうがとう

 

 二月三月の決算期の経理部門は死ぬほど忙しくて風邪引いたくらいじゃ休めません。せめて出勤前に暖かい生姜糖を飲んで気合いを入れるのでした。



 梅雨つゆ夕焼ゆやけ雲上薔薇の色と燃え


 梅雨の頃は空一面にうっとうしい雲が広がっています。

 日暮れ時、厚い雲が薔薇色に染まり、雲の上の夕焼けの美しさを想像させます。


     

 子雀の並び遅れて一羽二羽


 スズメの群れを観察していると、必ず群れの行動に遅れる子がいます。電線に並んだ子雀たちも、後から来る一羽か二羽を待っています。


 

 空の果てに我は在りけり星祭り


 星祭りは七夕のことです。旧暦の七月七日の頃は星が綺麗です。この空の銀河系の外れの太陽系の第三惑星にわたしは生きている。なんだかそれってスゴいことだと思いませんか。


   

 藪蘭やぶらんやお遍路鈴の遠離とおそけ


 藪蘭は春に薄紫の花をつけ、夏には緑色の実が熟すと黒い艶やかな実になります。なぜか季語ではありません。門口に実を揺らしている藪蘭が遠離るお遍路さんの鈴を聞いています。

 

 あらためてみると恥ずかしいヘボ句ばかりですが、新聞に自分の名前が載るのは凡人にやる気を起こさせるには十分でした。

                                   つづく

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