第5話 労働組合委員長

 労働組合委員長である村上の助言を仰ぎ、俺は家で嘆願書を作成した。事の発端から自身の目で見聞した金の流れを書き記し、会社のパソコンから労働組合の目安箱へ電子メールを送信した。

 これで告発は自動で『マル暴』へ転送されるはずである。

 それから一週間もしないうちに、マルサン物流のホームから立花ソースの段ボール箱が消えた。

 東京の対ヤクザのプロ集団が遂に動いたのだ。どういう法的制裁をチラつかせたのか。二日おきに山積みになっていた田舎コースの車の後ろは、これまでの平常の積載量に戻っていた。

 あとは改めて俺が立花商店へ出向き、再契約を結べば全てが元どおりになる。店主も売り上げが戻り、きっと喜ぶ事であろう。

 給料も以前に戻り、あの夜からギクシャクしてしまっている妻との関係も、また元どおりに戻る事であろう。

「村上さんに見舞いがてら礼を言いに行かなくちゃな」

 そんなことを考えながらホームを片付けていると、事務所から電話の子機を持った小坂が血相を変えて走ってきた。

「平山さん、村上さんが亡くなったって」

「なんだって?!」

 村上の葬式は市の中央にある葬儀会館で盛大に執り行われた。集まった人数が村上の人望を表していた。俺は一番端の椅子に腰掛けた。左は通路で右には小坂が先に来て座っていた。

 椅子は映画館のような感じで、左右に肘掛はあるのだが、どちらが自分のものかよくわからない。

 右手側の肘掛の上には小坂が着ているファーのついたコートが畳んで置かれていた。

 場内は冬なので暖房がよく効いていた。ちょうど良い暖かさで眠気が襲う。天井のスピーカーからは故人の足跡が語られる。

 死因は予想した通りガンであった。俺が見舞いに行った時には既に手遅れだったのだろう。あの日の様子を思い起こせば、本人に告知はされていないように感じた。

 俺は右手を伸ばし、コートの下の肘掛に置かれている小坂の左手に重ね合わせる。向こうは拒まずに、じっとしていた。

 周囲からは肘掛の上にコートが置かれているので、二人の手が重なっていることを知られることもない。

 俺は静かに手を這わせた。軽く握られている小坂の拳の上で優しく愛撫する。

 俺は中指を立て、小坂の手の甲をなぞる。そしてちょっとした遊戯を思いついた。

 小坂の中指と薬指を、女性器に見立てたのだ。大陰唇を愛撫するかのような動きに小坂はすぐさま気付いたようであった。

 クワッと女性器を押し広げると、小坂の口元から『あ』という声が微かに漏れた。

 そして中指と薬指の付け根、陰核に見立てた場所を執拗に愛撫する。小坂は自身の女性器と左手の性感帯が直結しているかのごとく、呼吸を整えるのに必死であった。

 坊主が厳粛な空気の中、唱える読経を聞きながら、というのも不謹慎で互いの羞恥心を大いに刺激した。

 陰核の愛撫を終えたあと、俺の中指は小坂の中指と薬指の奥へと容赦無く滑り込んでいった。小坂も『自身の体内に指が挿入された』とすぐさまイメージしたようであった。

 薄暗い照明の中、親族代表がマイクで挨拶をしている中、小坂は俯いて頬を上気させ『ハッ、ハッ』と時折身体を痙攣させていた。

 式は滞りなく終わった。照明が点き解散となった。ロビーで小坂が潤んだ目で近寄ってきた。耳元で

『もうグショグショ、どうしてくれるのよ』

 と囁いた。

 俺たちは解散の後、二人だけで落ち合い、そのままラブホテルへと直行した。

 色んな思いが頭の中を駆け回った。俺は小坂の両足を大きく広げると、両足首を掴んで激しく下半身を叩きつけた。

 それはまるでこれまでの苛立ちに復讐するかのような行為であった。

 世話になった村上の突然の死、家のローン返済での妻の小言、指示に従わない新見の生意気な態度、土下座しそうな立花商店の店主、涙ぐんで夫婦喧嘩を見る息子の春樹の顔。

 機械的で激しいビートを相当長い時間刻んでいたのだろう。考え事から現実に戻ってみれば、目の前ではシーツを掴み、恥じらいも捨て大声で喘ぐ小坂の姿態があった。その声を聞き興奮が一気に高まった俺は、その勢いに身を任せ小坂の腹の上で果てた。

 知らない間に、互いの体は大量の汗にまみれていた。妻ではこんなことまでにはならなかったのに。

「体位は単調だったけど、主人より凄かったわ」

 と別れ際に小坂から言われた。とうとう彼女と一線を超えてしまった。しかし火遊びはこれで終わりにしておこう。

 収入も以前に戻るのだ。妻にはこちらから歩み寄ろう。それが今日の火遊びの罪滅ぼしだ。

 家のガレージに車を停める。家の中からは天ぷらを調理する匂いが漏れていた。

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