035  時には夢を見たいと思うことがあるXIX

「あっちの世界……?」

 夏目も?マークを浮かべながら首を傾げる。二人ともこの少年の事を全く知らない。

「それで何か用?」

「うむ、ここにいるはずの天道という男に用があったんだ」

「天道君ならそこにいるわよ」

 さらりと冬月はソファーの裏で身を隠している俺の居場所を指さして教えた。なんで、そこで教えるんだよ……。俺が隠れたのを少しは察しろよ。この女……。俺はそいつの顔を見るだけで血の気が引くように顔が青ざめる。

「あ、思い出した……。お前、将棋界の吉井善政よしいそしまさ五段だろ。今年になってほとんどのタイトル戦に出ていただろ」

 先生がその名を口にした瞬間、俺の脳裏のうりには拒否反応を起こすぐらいの思いがよみがえってきた。

 俺は仕方なく姿を現すとそいつは俺に近づいてきた。

「いやー久しぶりだな。お前がここにいるとは思わなかったぞ。結構探し回って、『天道って誰?』言われたんだぞ。それが恥ずかしくて面倒だった」

「いやいや、俺の事は探さなくてもいいだろ。別に……」

「そんなこと言うな。そういえば、あいつもこの大学らしいぞ」

「いや、俺は一人の方が好きだから会いたくないというか……。それにそんなに近づくな。気持ち悪い」

「お前、そんな年になってまでそんなこと言うのか?呆れた。少しは俺の話でも聞けよ」

「はいはい、それで何? ないなら帰れ」

「うむ。ではない。俺はお前に用があって来たんだ。俺と今度『VS』してくれ。頼む。今度のタイトル戦で勝てば挑戦者になれるんだよ」

「はぁ? タイトル戦だ? お前が……? 嫌だね。何時間付き合わされるか知れたもんじゃない。大体なあ……」

 善政の勢いに俺は面倒に回避しながら適当に答えるが、その度に次から次へとその上を行く。誰か、どうにかしてくれと助け船を冬月達に合図するが、気づかないふりをする。

 ふざけるなよ‼

 こんなに俺が困っているのにああ、誰か本当にこの状況をどうにかしろよ。

「まあ、落ち着け。まずは深呼吸でもしろ。そして、座れ。以上だ」

 俺は無理やりソファーに座らせた。そして、「最悪だ」と小さく呟きながら先生の椅子に勝手に座った。

「この人は誰なの?」

 と、冬月に聞かれて俺は溜息をつきながら渋々と答えた。

「こいつは吉井義正。将棋のプロ棋士、段位は五段。この県の出身であり、俺の古いなじみのある奴だ。つまり、幼馴染おさななじみと言うわけだ」

 そう言うと、吉井は楽しそうに出されたお茶を丁寧に飲んでいた。

「あなたにそんな友達がいたのね」

「ねぇ、聞いてた? 幼馴染みって言っただろ」

 俺は冬月に言い返す。

 話の話題の本人はゆったりと休んでいた。よく見れば、ポケットには扇子せんすを忍ばせており、風格ふうかくあるなあと思った。

「俺は吉井善政。将棋のプロだ。まあ、よろしく頼むな」

 と、大声で挨拶をして、また、面倒な奴と出会ってしまったなと、俺はつくづくそう思いながら目を閉じた。

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