第4章  幼馴染と言うのはそれ以上、それ以下でもない

036  幼馴染と言うのはそれ以上、それ以下でもないⅠ

 大学の授業は一科目九十分と指定されており、教授の感覚かんかくで授業の終わりに少し差がある。昼食前だと、早ければ三十分前に終わる教授もいれば、時間よりも十分遅れで終わる教授もいる。

 今日は大学には来たが急に一限目が休講きゅうこうになり、一日中暇となった。今まで少し気になっていた裏山うらやまに登ってみようと駐車場まで行き、階段が結構急斜面きゅうしゃめんだということに驚いた。

 裏山にはちょっとした展望台があり、そのまま西の方へ進んでいくと植物園に繋がっている。北の斜面にはミカン畑が広がっており、近くには遊具や遊び場がある。

 試しに展望台てんぼうだいまで登ってみると大体十分はかかった。

 見下ろしてみると、市内を一望できるかと思いきや、周りは山や田んぼばかりで思えば、田舎に住んでいたな。と、つくづく思わされる。

 そこでベンチに寝そべりながら一時間ほど心地よい風を浴びながら昼寝をした。

 周りは静かで俺にとってはベストマッチな場所ではあるが少し遠いのが欠点である。

 そんな素敵な時間も時が経つことによって短くなる。

 そして、時間になると来た道を戻ろうとするがそれが少し怖い。なぜなら、この道はほぼ自全で作られたような道で手入れは危なくならない程度にされている。

 学内に戻ると、先に昼食を取るためにカフェテリアで食券を買い、席がたくさん空いており、どうせ、すぐに食べ終わるだろうと真ん中の席で料理を受け取って食事をとった。

 午後はいつも通り研究室で暇を持て余す。

 今日は俺よりも先に冬月、夏目、藤原先生、そして、なぜかもう一人増えていた。

「お前、なんでいんの?それにそこ、俺の席だし……」

 普通に将棋しょうぎの本を片手に持ちながら、スマホをいじっていた。たぶん、AIと対戦しているのだろう。

 本当に何しに来たの? それで、お前らはなんでいつも通りに平然と座っているの? あ、でも、夏目はテニスがあるだろ。こっちに来ても大丈夫なのか?

「何って、この前言っただろタイトル戦だって……」

「だから、なんの……」

「竜王戦だけど……」

「はぁ? 嘘言ってないよな。おま、竜王戦りゅうおうせんと言ったら賞金が高いあれだろ」

「だから、その竜王戦だってば……」

 俺と善政の会話に三人は声に出ないくらいびっくりしている。『竜王戦』と言った言葉に反応したのだろう。無理もない。有名だしな……。

「だからって、遊びで指してた俺に頼むことか? 関西行け。もしくは研究会でも行ってろ」

「天道君、あなたって本当は高スペックの人間じゃないかしら。それにあなたの幼馴染の人。相当な頑固者がんこものね」

「確かに、将棋界にはその一点を貫く奴が多いからな」

 冬月がこの世の終わりかのような表情で俺を見てくる。

「ちなみに俺の戦法はオールラウンダーだから、何処からでも攻められるぞ」

「聞いてない。聞いてない」

「まじか、てっきり聞かれたと……。俺の噂が流れていたからてっきりそう思って」

「はい、はい。そうですね。なら、お年寄りや子供たちと将棋しとけよ」

「それじゃあ、将棋教室になるだろうが……」

「うるせぇ⁉」

 つい、俺は珍しく大声をあげた。善政よしまさは簡易式の将棋をテーブルの上に置き、駒を一つ一つ並べていく。

 本の内容をよく見たら、あの永世七冠を成し遂げた羽柴はしば先生の幼き詰将棋の本だった。

 本当にこいつは将棋脳だ。いい意味なのかは分からないが、好きこそものの上手なれの方がしっくりくるような気がする。

「天道君。吉井君が準備をしているようだけれど……」

 冬月がそでを引っ張りながら小声で言う。

「吉井君。ヨッシーって呼んでいい」

「おうよ。どんな呼び方でもいいぜ。じゃあ、夏目の事もミッチーって呼んでいいか」

「合点」

 二人は天才なのか、アホなのか意気投合いきとうごうしていた。

「この二人、案外息が合うかもね」

「俺は知りたくねえ……」

 俺は飽きれて、大きな溜息をついた。冬月も同じく溜息をついていた。こちらはこちらで違った意味の同類かもしれない。

「さあ、信司。始めようか。持ち時間三十分の一分切れで……」

「分かった。差がありすぎて威張いばるなよ」

「手加減はしないし。本気で指すから俺が勝つ」

「はいはい」

 俺は冬月に「席を譲ってくれ」と頼み、善政の向かい側に座る。バックの中から計測器を取り出し設置する。

 お前、大学に何をしに来ているんだよ……。

 歩の駒を五つ振って、テーブルに落とし、歩が二枚、とが三枚で俺の先手番となる。

 まず、☗2六歩、☖8四歩と指す。『相掛かり』だ。それも俺が居飛車いびしゃで来ると思っている。

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