026  時には夢を見たいと思うことがあるⅩ

 設営の準備が終わると俺は荷物の置いてある場所に行き、予備のラケットとスポーツドリンク、タオルを持てコートの後ろに置いてあるベンチに座った。

 夏目なつめも向かい側に置いてあるベンチに座って靴ひもを結んだりしていた。

「じゃあ、始めましょうか。両者とも前に出て」

 と、冬月ふゆつきはレフリーが座る椅子に座っていた。俺たち二人は言われた通り前に出て握手を交わし先攻後攻を決めた。

「じゃあ、リターンで……」

「私はサーブで……」

 冬月に報告するとサーブ開始に位置について、試合開始の合図を待った。

「これより天道君対夏目さんの試合を始めます。夏目サービスプレイ」

 冬月のいつもより少し大きめの声と同時に夏目はサーブをする体勢に入った。

 本当だったら女子との試合は何年ぶりだろう。正式な試合では男子を相手に色々と疲れたし。あれは確か……そう、約一年前の事だ。

 最後の高校総体前の合宿で偶々女子と試合する破目になったんだ。当時の相手の女子の名前は、鈴木だったっけ?あれは本当にきつかったな。特に女子の視線が……。


 女子A『あんた、もう少し手加減しなさいよ。相手は女子なのよ』

 俺『……』

 女子B『黙ってないで謝れよ。この子、今年最後なのよ。自信なくしたらどうするの』

 いや、俺だって最後の年なんですけど……。

 俺『だって、いくら練習試合だったとしても手を抜くのは……』

 女子C『このクズ野郎』


 あれは痛い思い出だったな。あれ以来、テニス部の女子からは今まで以上に嫌われたし、話すときにすっげー避けられたからな。男子部員にも女子部員を泣かせたって広まったし、挙句の果てにはクラス中まで広がったもんだな。

 夏目はトスを上げ、ファーストサーブを全力でフラットサーブを打ってくる。俺はそれをシングルハンドで返し右隅を狙う。夏目はそれに追いついてストレートにバックハンドで打ち返した。

 おい、おい、マジかよ。練習の時より遥か上の力を出しているんじゃねーか。これは手加減するということを忘れて、こっちもマジでやらないと大変だな。

15—0フィフティーンラブ

 と、冬月はポイント数を言う。

 そして、第一ゲームは夏目のペースのまま進み、1—0とリードされたままチェンジコートになる。

 ん——、どこにも問題点がないような気がするが……。

「……何か、分かったことあった?」

「俺が知りてーよ。この第一ゲーム、様子を見ていたけど変わったことはなかったぞ」

 そう言いながら夏目に聞こえないように小さな声で話す。夏目はきょとんと首を傾げながらこちらを見ている。

「じゃあ、お前も見ている時に気が付いたらチェンジコートの時に教えてくれよ」

「ええ、分かったわ」

 汗をタオルで拭きながら、首元や腕を重点的にやっている。冬月は「はぁ——」と息を吐きながら水を飲んだ。

 このじめじめした天気の中でずっと座って審判するのはプレーしている側よりも疲れるだろう。

「第二ゲームを始めるから二人ともすぐにコートチェンジをしてもらえるかしら」

 さらりとすぐにコールを呼びかける。

 俺と夏目はそれぞれコートをチェンジして第二ゲーム、俺のサーブからゲームが始まる。ボールを受け取り、ベースラインの位置に付いた。

 そして、ボールと高くトスして腕をむちのようにしなやかにラケットの中心に合わせてサービスコートに向かってスピンサーブを打った。

 ライン上に落ちる時にちらりと冬月の方を見た。手の動きはインの表示をしており、プレーが続行可能になる。夏目はふわりと威力のあるサーブをラケットに当てるだけで返す。その動きと同時に前に出てボレーで確実に決めた。

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