025  時には夢を見たいと思うことがあるⅨ

 汗が服にしみついて体の至る所に密着みっちゃくしている。出るところが出てなんとなく目のやり場がない。

天道てんどう君。冬月さん、少し準備するらしいから私の相手になってよ」

「はい?」

 なるほどね。こういうことだったのね。アップは済んだと言っておきながら実は自分は少し休んでおきたいと……。だから、準備をするって夏目に嘘をついて、こっちに来たっていうわけね。

「体、まだ作ってないよ……ね」

「別に温まっていようがいないがいつでも打つことは出来るし、それにここに来るまで自転車を漕いで来たから運動してきたもんだからな」

「そう、でも練習する前に感触を確かめておかないといざと言う時に打てないから……」

 夏目は少し恥ずかしそうにもじもじしながら言う。

「はぁ——、分かった。少しだけだぞ」

「うん。ありがとう」

 それを聞いた夏目はうれしそうに微笑んで礼を言った。

 ラケットを握って、ボールを地面に落としてからラケットを振る。ボールはゆっくりと相手のコートに飛んでいき、それをワンバウンドしてから打ち返す。それを何回も繰り返しながらフォームを確認していく。

 ラケットのグリップをセミウエスタンで握りながら俺はシングルハンドで打ち返す。夏目なつめはプロの多くが使用しているウエスタン握りでフォアハンドと両手バックハンドで打ち返してくる。返すところも性格で練習相手にとってはいい気分である。

 次に少しサーブを打ちながら試合形式にドンドン進めていく。

 この最初のサーブが入らなければ試合が始まらない。夏目は高くトスを上げながら、ラケットを振りぬく。

 高校上がりの女子大学生にしてはコントロールがあり、威力がある。

 夏目の動きを確認しながらリターンし相手コートにボールを返す。左隅のギリギリを狙いながら打つ。

 夏目はすぐに足を軸に体を右にひねりながら対応していく。服がひらひらと動くたびに少しドキドキしてしまう。

 俺はその姿に見とれながら立ちすくんでいた。夏目はガッツポーズをしながら嬉しそうに笑う。

「よし、ナイスラリー」

 自分で自分をほめながら夏目はホッとしていた。

「いや、これは練習だからな。決まっていても当然だからな、あまり喜ぶなよ」

「分かっているって、こういうのってモチベーションが大切じゃん。どんな時でもポジティブにやらないと……。だから、やるの」

 夏目はラケットを振り回しながらこちらに歩み寄ってくる。冬月の方を見ると何かしら黙々と準備を着々と進めていた。ボールを手渡しすると微笑んだ。

「ちょっと、私。冬月さんの手伝いをしてくるからこのボールサーブ用に使っていていいよ」

「い、あ、ちょっ……。待て……」

 そして、冬月の方へ走っていってしまった。俺は一人取り残されたままサーブの姿勢をしながらゆっくりとボールを打った。

 本当にこれで大丈夫かよ。夏目はまあ、テニスの実力はあるがそれのどこに自信のなさが無いのだろうか。その問題点がこのアップではわからなかった。

 冬月と夏目は二人でシングルススティックをネットにつけて、センターストラップを調節しながら最終調整に入る。

「冬月、今から何を始めるんだ」

 俺は黙々と作業を進める冬月を見つめながら聞いた。

「ええ、この作業が済んだら早速だけど天道君と夏目さんで試合をワンセットマッチでやってもらうわ」

 冬月は手を進めながら口を開く。センターストラップを取り付けるのに戸惑っており、フックにかけるのに何回も失敗していた。

 俺はネットに少し体重を乗っけてネットの位置を下げた。

「ありがとう」

「どういたしまして、ちゃんとつけられたか?」

「ええ、後は高さを調節すればいいだけよ。そのラケット貸してもらえるかしら」

「ああ、ほらよ。大事に扱えよ」

「それくらい当然でしょ。道具は大切にしないと道具ではないからね」

 冬月はラケットで高さを調節しながら標準地ひょうじゅんちの高さにぴったりと合わせる。「意外ときれいに合わせられたわ」と小さくつぶやいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る