024  時には夢を見たいと思うことがあるⅧ

「まぁ、大体は……」

「そうか。よろしい。では、この案件については明日、西運動公園のテニスコートを手配しよう。それで冬月ふゆつき、何時間あれば十分か?」

 先生が眼鏡を人差し指で整え直す。

「そうですね。では大体、三時間ほどでよろしくお願いします。先生の自で……」

 冬月は平然へいぜんと微笑んだまま、さらりとおごらせる気でいた。普通の男だったら一発で何でもおごっていそうだ。だって、こんな美少女がおごってくれと頼まれたらおごらない奴はいないだろう。

「分かった。三時間な。大人四名で千二百六十円か。ま、安い方だな」

 どうやら、先生が支払いをしているようだ。元々、その気でいるようだった。

 ……千円越え、たった三時間で高そうな値段だな。



 土曜日の朝は、雲がかかっていた。今日は一日中曇りだと天気予報てんきよほうで言っていた。

 テニスコートには、冬月、夏目なつめ藤原ふじわら先生が集まっていた。女子二人は半袖はんそでの運動服に短い半ズボンを履いて、帽子をかぶっていた。先生はいつもの服に上から白衣はくいを着たまま荷物を持たされていた。

 ラケットを取り出し、ボールを持って軽く二人で、ショートラリーを始めた。

 俺の事は待っててはくれないようだ。さぞかし楽しそうで……。

 すぐにバックを肩から降ろして、準備を始める。テニスウェアを脱いでラケットを取り出し、靴を履き替える。

 先生が俺の方に近づいてスポーツドリンクを渡した。

「夏目の相談、どうにかなりそうか」

「今のところは分かりませんがベストな回答ですね」

「そうか。ま、お前の事だ。何か策があるんだろう。存分にやってこい」

「そんなに期待しないでくださいよ。それに何の策もありませんがね……」

「お前はそういう奴だよ。天道。何を考えているのかさとらせない。まさしく、テニス向きのプレイヤーだよ」

「また、冗談を……」

 俺は貰ったスポーツドリンクを飲みながら、テニスコートでアップを開始している二人を眺めていた。

 向こうでは楽しそうにラリーをしているのが少し聞こえる。冬月がまあまあ打つことが出来るとは思っていなかった。どこかでひっそりと練習していたのだろうか。

 すると、アップを中断して冬月が俺を呼び出す。

「ねぇ、いつまで待たせるの?早くこっちに来なさい。始めるわよ」

 むすーとしながら、冬月はイラつきながら俺の方を読んでくる。

「ああ、分かった」

 俺は手を膝に置いてゆっくりと立ち上がり、冬月と夏目を交互に見た。先生はポケットに手を入れたまま缶コーヒーを飲んでいる。

「早く、行って来い」

 と、後押しする。

「いつまで待たせるの?」

 フェンス越しにイライラ感の増した冬月が睨みつけてくる。その冷たい視線しせんで俺を見てくるの、すごく怖いんですけど……。

「ひっ!」

 思わず声が出てしまった。自分でも驚いている。睨みつけられたくらいでこれだけの迫力があるものだと……。

「もう、アップはいいのか?」

「ええ、体は温まって来たからもうすぐ練習を始めようかと思っているところよ」

 帽子ぼうしを取ってベンチに置き、少し息を切らせながらタオルで汗を拭く。

 大丈夫かよ。少しアップしたくらいで普通、息が切れるか? それを平然とした表情で立っていやがるし……。

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