022  時には夢を見たいと思うことがあるⅥ

「いや、なんでみんな忘れているの。ショックなんですけど……」

 少し落ち込んだ表情で夏目なつめは言う。俺は落ち込んでいる夏目に問いかけた。

「それでどんなスランプなんだ。具体的に言ってもらわないと俺たちもどうすることもできないからな。それにテニスでスランプと言ったら精神面が多いからな。その点に関してはあの先生に相談をしたのが正解だっただろうな」

 テニスは紳士しんしのスポーツだし、怪我けがも多いから精神を強化しないと挫折ざせつする。

 これはどこのスポーツ界でも共通する話で、スポーツマンは紳士的に行動しないといけない。試合中、故障することも多い。でも、何歳までプロで居続けられるかは、自分の体力次第でここだけは個人差にある。例を言えば、イチロー選手なんかいつまでたっても衰えないだろ。あれは化け物だろ。ああ言う人ほどしっかりと私生活から厳しくしているからあの年までプレーをし続けられるんだろうな。

「その……サーブの入れる時とリターンをリードする確率がこの頃低くて……」

 と言いながら、あははと照れ笑いで誤魔化ごまかしながら俺たちを見る。

 いや、そんな軽い口で言うことじゃないだろ。それにそんなに恥ずかしいことではないだろ。ね、それは自分にとっての今の実力です。

「と、言うわけだ。二人とも彼女の悩みを解消かいしょうすることが出来るか?」

 藤原先生はそう言って、色々な種類のお菓子を皿にのせて俺たちの目の前に出す。

 そんなものいつ持ってきたんだと疑問を投げかけようと思った。俺はクッキーを手に取り、冬月はチョコレートを手に取る。夏目は食べようとしない。

「夏目、お前も少し食べたらどうだ。遠慮えんりょすることはないぞ」

 先生はそう言って、夏目に遠慮するなと勧める。

「あ、ありがとうございます。それでは……」

 そう言いながら、夏目は手を伸ばして小さな筒紙に包まれている四角形のチョコレートを手に取った。

「これって……」

 手に取ったチョコレートの筒紙の表面の文字を見ると何故か驚いていた。そのままじっくりと数秒間見つめて、筒紙を丁寧に開いた。夏目はうわぁと、小さく声を出した。

「先生、これって京都の有名菓子店の……」

 口に入れ食べながら、嬉しそうに言ってくる。そうなの。このチョコレートそんなの高いものだったの。

 俺も気になって同じものを手にする。表には見たことのないロゴが書いてある。

 すると、藤原ふじわら先生はニヤッと満足そうに笑みを浮かべながら言う。

「ああ、その通りだ。この前、出張で京都に行ったときにそっちの医療センターの先生からそれとまんじゅうを貰ったんだ」

 まんじゅう? まさか……。

 俺の頭の中をよぎったのはまんじゅうと言ったら絶対にセットで付いてくるアレを一番先に思い付いた。

「まさか先生。これ、貰ったんじゃないんですか」

 と、冬月は右手の親指と人差し指で輪を作り、強調してくる。

「お前も思っていたのかよ。まあ、まさかとは思っていたけど……」

 俺たちはコップを持ったままの先生の方を見る。先生は余裕な表情でニコニコと笑顔で俺たちを見る。

「そんなわけないだろ。それはドラマの中だけの話だ。先生だってそりゃあ、まんじゅうやメロンを貰いたいし、一千万円額の請求書を要求したいな」

 先生は次第にどこか遠い目をしていく。

 あんた、あの「私、失敗しないので」のドラマ見ているのかよ。あの所長、凄く儲かっているからいいよな。俺も就職するなら「くわらばくわらば」と言ってみたい。

「そうですか。俺はてっきり貰っているのかと思っていました」

「ああ、あたしも思った。あのドラマ、凄くお金の話出てくるよね」

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