020  時には夢を見たいと思うことがあるⅣ

「あ、あの。ここは藤原ふじわら先生の研究室で合っていますよね」

「ええ、合っているけど……。あなた、もしかして、先生が言っていた迷える子羊かしら」

「あ、はい。そうだと思います……。藤原先生に相談したら今度来てくれと言われましたので……。それで、あなた達は?」

 冬月とは違い、腰まで伸びた茶髪ちゃぱつを髪留めでポニーテールにしており、首を振るたびに結ばれた髪が宙に浮きながらひらひらと揺れる。俺より身長が低く百五十五センチくらいだと思う。

 あ、これは冬月に任せた方がいいな。俺、同級生の女子とあまり話したことないんだよな。冬月は一つ上だからあまりためらいなしに話せるんだけどな……。

「その話は中に入ってからでもいいんじゃないか?」

「そうね。あなたもそれでいいかしら」

「え、あ、でも、鍵がないから中に入れないんじゃ……」

 彼女はよそよそしながら俺たちに聞いて来る。冬月がそれを見て、鞄の中から鍵を取り出すとドアを開けた。

「あいつ、ああゆう性格だから気にするな。それより、入れよ」

 先に入り、いつものソファーに座ると冬月は目の前に座る。彼女は冬月の隣に座って鞄を置いてからそのまま黙った状態になる。

 意外と気まずいな。当の本人は、未だ帰ってこないし。この研究室の本棚がずらりと並んでいて狭いんだよな。

「俺は天道信司てんどうしんじ。そして、そっちで本を読み始めているのが冬月梓ふゆつきあずさ

「私は夏目未帆なつめみほ。医学部保健体育科の一年です。スポーツ推薦でこの大学に来ました」

 彼女は姿勢を正しくしながら俺に自己紹介をしてくる。その割には手の方が震えているように見えた。

 てか、この大学。スポーツ推薦ってあったのね。流石にスポーツで行くとしたら関東の大学に進学するのが普通な気がするが……。

「一応、言っておくけどこの大学はプロのスポーツ選手を輩出している事でも有名で九州内では意外と人気よ」

「マジかよ」

 それより、なんで関東出身のお前が知っているんだ? 地元の俺ですら知らなかったぞ。絶対、ネットで徹底的てっていてきにこの大学の事を調べているんじゃないか? それに他の事を聞いたら絶対に答えてくれるぞ。だって、自慢げに態度が威張っているように見えるもん。

 冬月は夏目の方を向き、じっと目を見ながら口を開く。

「夏目さんは、それでどのような件で藤原先生に用事を?」

「ええっと、その近々、全国大会へ向けての大会を控えていてそれでスランプに陥っているのでそれで相談を……」

「ああ、高校総体みたいなものか。大学ではインカレって言うんだっけ」

「はい。それで心理学を研究にしている藤原先生に相談したら今現在に至ります」

 そういやインカレってほとんど関東ばかりだよな。ニュースで結構見るけど、関東の強豪大学の名前が載っているよな。

 すると、ドアの方がいきなり開いて、元凶げんきょうの藤原先生が研究室に入って来た。右手にはノートパソコン、左手には紙袋をぶら下げて、ぜー、ぜーと息を切らせながら膝をつき、眼鏡は体温で上昇した湯気で曇っていた。

「いやー、すまなかったな。彼女は俺が言っていた迷える子羊だ。自己紹介は……もう、終わっているようだな。彼女はテニス部で全国のベスト16までの経験がある選手なんだよ。それで、この頃、スランプが続いて俺が相談に乗ったんだ」

 そう言うと、自分の荷物を机の上に置き、水筒すいとうを取り出してコップに注ぎお茶をごくごくと飲みだす。

「夏目はそんなに凄い奴なんですね。でも、東京に行けば自分を磨けるのに行かなかったんだ?」

「あー、それは私、全国大会に出たいし、それにその先を見据えてと言うか……」

 夏目が色々と悩みながら目をそらしながら俺と冬月に言う。

 ……ああ、これはあのパターンだ。

「お前、あれだろ。自分には自信がないから自分より弱い所へ行って上を目指す奴だろ」

「え、そんなわけないでしょ」

「……じゃあ、なんで目を俺からそらして冬月の方を見ているんだ?」

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