第七話の5

5


 まだまだ敵の正体がはっきりしない。

 美麻は、なにか感じている。

 でなかったら、Aモールに寄ろう、なんていいだすわけがない。

 まさか、帰りがけにお惣菜でも買うつもりではあるまい。

 まだ宵の口だ。Aモールの横に狭いがそそり立つ建物が見えてきた。

 二階建くらいなのに、なぜか高くみえる。空間が歪んでいるのか。

「上に聳えている。屋上にビルがたっている」

「あなたにも、見える。見えるようになったのね」

 いままでも、カミサンにはわたしに見えないものが見えていたらしい。彼女の言葉の端々にそれを感じてきた。

 例えば、飼い猫のブラッキーが虚空をジッと見つめている。前足でなにもない、いない、その虚空でなにかとらえようとする。

 わたしにはなんの気配も察知できない。ブラッキーはうなりだす。爪をだしている。わたしにはなにも認識できないでいた。

「見えてるのね」

「ああ、岩山のようなビルがそそりたっている」

「あなたにも見えてうれしいわ。それなら話が早い。あれはベルゼブブの牙城だと思う。まちがいない。あんなところに隠れ家を隠しておいたのよ」

 悪魔、ベルゼブブは岩窟の城に住むという伝説があったのを美麻は思い出したのだ。

「いくわよ。あなた!!」

「美麻こそいいのか?!」

「いざという時は、わたしもいっしょに死ぬ」

 若い時、誓いあったことがあった。

 生まれた時代も場所もちがうが、死ぬ時は一緒だ。

 カミサンはあの言葉を思い出していたのだ。

 学は、「美麻の生まれた時代はいつなのですか」といった。

 ながいこと、そう知りあったころ、疑問に思ってきたことだ。

「ハンドルしっかりにぎって。前方注意」 

 カミサンは不可解な笑いを浮かべた。

「死ぬ時は、same time same place だ」

「死ぬ時は一緒」

 カミサンに言葉に学が英語で応えた。

「帰ってこないほうがよかったのではないのか」

「長老会でわたしは一年間ここでの生活を延期されたのよ」

「おれに義理だてしなくていい」

「あら、わたしがいちゃいやなの」

「そんなことはない。美麻こそ……まだまだ生きられるのに……」

「死ぬ時は一緒に。そういう約束したわ」

「それほどの……敵なのか」

 カミサンはだまってしまった。

 唇をきゅっとひきしめる。

 前方をぐっと凝視する。

 彼女のみつめるさきに。

 Aモールの地下への階段が。

 黒々と洞窟の入り口みたいに開いていた。

「ぼくらが大麻ファクトリーとして使用していた時と感じがちがう」

 武と玲加が寄ってきた。

 ふたりともバイクのオイルと排気ガスのにおいをみにつけていた。

「わかるのね?  武。これってものの腐ったにおいだわ」

 玲加と武を見ていると、学はむかし美麻と会ったころのことを思い出していた。

 田舎街での陰鬱な日々の中に白いバラが咲いた。

 彼女に会ったとき学はそう感じた。

 決戦の時きがそこに迫っている。

 だからパノラマ現象のようにいままでのことが浮かんでくるのだ。

「いくわよ」

 玲加が武の後ろのノボルに気合いをいれる。

「オス」

 ノボルのうしろからも雄叫びのような声がもどってきた。

 地下室には妖気が満ちていた。

 悪意ある妖気が渦をまいていた。

 大麻ファクトリーとして稼働していた器械類はすべて運び出されていた。

 だがまだ立ち入り禁止の黄色いテープが張られていた。

「なんだこの臭いは? ヤッラを追いかけてきてここにもぐりこんだ時にはこんな臭

いはしていなかった」

「ものの腐る臭いよ。今どこの家にも冷蔵庫があるから、若いひとには馴染みのな

い臭いなのね」

 そして地下室には妖気が満ちていた。

 ここは隣の岩のような建造物と通底しているのだ。地下でつながつている。

 悪意ある妖気が渦を巻いていた。

 妖気の中から、巨体の男や女の群れが浮かび上がった。

 地下室にいま侵入したものたち、美麻と学。

 玲加と武。

 そしてノボルの背後の人狼の若者たちも、特殊な能力を備えている。

 だからこそ、妖気の渦のなかに肥満した男女の兇暴な顔を看破できたのだ。

 肥満した体を同じように揺すりながら迫ってくる。

 倉庫にでも使うつもりだったのだろう。コンクリートのうちっぱなしの灰色のスペースだ。異臭とかれらの靴音がひびく。

 ドドドと迫ってくる。かなりの迫力がある。関取とまではいかないが、いずれも150キロはある肥満体だ。

 その肉のかたまりがダッダダとしこ踏む。前進してくる。

「ゴーストバスターズみたいだね」

 小型の火炎放射器を背負った学に玲加が声をかける。

「学は傭兵として海外で戦ったことがあるの」

 美麻が追想する。目を細めて、学のりりしい姿でも思い浮かべているのだ。

 そして、学が厚木のウエポンショップにコネのある理由を玲加に説明しているのだ。

「でもそれはまだ使わないで」

「わかっている。でもどう攻める」

「このひとたちは、化沼に仇なすもの。許してはおけない」

 言葉とともに美麻が思念をとばす。

 コーンというような、狐の叫び、普通の人の可聴領域を超えた音波攻撃だ。肥満体の腹がベルト振動の運動器にかかったようにふるえる。

 お腹や、バケツのような乳房が肉のこすれあう、叩きあう音ともに激動する。その運動量に耐えきれずばたっばたっと倒れ肉の山が形成された。

 そして、なんたることか!!!!!  その肉の山塊は白い蛆となって床一面に広がる。

「おそってくるわよ」

 すでに蛆の波頭は人狼の若者たちの足元にたっしていた。

 学が放射器のノズルを怒濤のようにおしよせる蛆にける。

「まだ待って!」

 そして美麻は玲加とうなずき合う。

「修復!!」

 ふたりの気合い。

 ひとりの口から発せられたようだ。

 息が合っている。

 妖蛆のうねりが止まる。そして時間が逆に流れたようにうねりが遠のく。肥満したひとがたとなり、減量に成功したようにみるまに痩せていく。

「あら、戻りすぎたようね」

「でも、うれしいでしょう」

 その背後にはまだ肥満したままの男女がいる。

「あんたら。貪欲の罪を犯している」

「グルメだなどとおだてあげられて、食いまくった」

 人狼の武とノボル。

 肉食系のものが発言している。

 だから、妙に説得力がある。

「そうよ。食べ過ぎよ。そして……ふとったものほど早く死ぬ。fat man fast die」

「あなたたちは……かわいそうに餌なのよ。仲間か消えることがあるでしょう。ベルゼブブの餌にされているのよ」

 こちらは草食系。でも玲加が過激なことをいう。

 でも、これはかれらを憐れんでの言葉だ。

 四人は目配せをすると包囲網のホコロビをついてとなりの部屋に駆け込む。

 学ものこりのメンバーとともに後を追いかける。

 部屋とおもったのは長い廊下だった。

 遠近法でみるような先細りの廊下だった。

 ずっと先のほうを美麻もと玲加が武とノボルが走っていく。

「学はやく。こんなところに、エレベーダがあった」

 この地下の構造はよくしっている。

 ここで働いていたのだから。

 そう思っていた。

 武が驚いているようすだ。

「学はやくぅ!」

 玲加も呼んでいる。

 学の背後でブアンと蝿の羽音が起きる。

 懲りないヤッラだ。

 美麻と玲加の温情が理解できていない。

 せっかく元に戻してもらったのに。

 病んでいるのは体だけではない。

 貪欲に食べ物をたべつづけるということは。こころが病んでいるのだ。

もうこれまでだ。遠慮することはない。

 ブアンとノズルから炎が蝿の群れに向かって放射された。

 学は飛び込む。エレベーターが上がりだした。二階までしかないはずなのに。ドアが開くまでに数分かかった。

 階位表示パネルがない。何階で止まったのかからない。

 武はまだモールの、店内にいる仲間に携帯で連絡をとっている。

 ついたところは岩でできた洞窟みたいな空間だった。

 そして壁には那須野が原が映っている。


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