第7話の3
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そして広い薔薇園をふたりはよりそってあるいていた。
「武のためなら、いつでもわたし戦うからね。美麻はいまそれをやろうとしているの。ただ戦うだけでないのよ。学のためにvampireであることを放棄しようとしている。わたしたちは結婚したら、その土地に10年しかいられないの。だってヒトとの間に出来た子供よりわかかったら周りの人が、おかしくおもうもの。いつになっても年をとらないでいる。なにか気づかれてしまう。だから……」
「美麻この土地から学を連れだせばいいのに」
「学がだめなの。生まれ故郷のこの化沼にこだわっている。こだわりすぎている。ここで化沼の土になる。薔薇園の隅におれが死んだらうめてくれって……。美麻に遺言しているの」
「どうして……薔薇園になぜこだわるのかな?」
「それはね。学の書いた、「星の砂」にほら載せた「初恋の白いバラ」を読めばわかるのよ」
「ああ、いまのところウイークリーランキングでトップの……」
「そう。学はあの小説をもっと年配のひとにも読んでもらいたいらしいの。学の世代の男の純情を思いだしながら書いた作品だから。モデルになっている美麻と、もし結婚できなかったらずっとずっと……一生待ち続ける気だったらしいの。武、わたしがいなくなったらどうする」
「じゃ、この薔薇園はあの主人公の少年が少女に約束した薔薇園なんだ。学から美麻に贈られたプレゼント。いいなぁ」
「武、わたしのこといつまでも待てる」
「人生は短すぎるが……ぼくらは亞人間だからな。どれだけ待てばいいの」
「ジョーク。ジョークだよ。武ったらマジで応えるんだから」
すっかり元気になった玲加は武とじゃれあっている。
こうなるとすっかり普通の女の子だ。化沼高校の生徒だ。
白いバラが咲いている。
「これが学と美麻のすきなアイスバーグ。そしてあのヘンス際に咲いているのがマチルダ。隣がドミニック・ロワゾ」
さすが神代薔薇園で育っただけのことはある。
そこへきて歴史大好き乙女の玲加だ。それぞれの薔薇の名前の由来を話しだした。武には玲加が白いバラの精のように見える。
ふたりのバラ園の散策を玲加の携帯がストップさせた。
携帯を開いて「美麻からよ」と武に告げる。
「宇都宮駅。駅のコンコース。餃子小町ね。すぐみんなで行きます」
東北新幹線で宇都宮まで帰ってきた美麻からだった。
夕飯の支度がたいへんだろうと美麻が宇都宮餃子館総本店にさそってくれた。駅中の餃子小町のお店はお客があふれていた。いつきても、宇都宮の餃子の人気はすごい。駅東口まであるいた。
餃子館は広い。空席があった。
玲加たちはコンガリト狐色に焼かれた餃子にむしゃぶりつく。
「さっきあんなに稲荷寿司たべてまだはいるのかよ」
「そだちざかりの乙女ですからね」
ニンニクのにおい嫌いじゃなかったのか。
「ああ。あの伝説ね。あれ……「まんじゅう怖い」の落語とおなじよ」
「じゃ、好きなんだ」
うんうんと肯きながら、三皿めに挑戦する玲加だった。
「玲加が楽しそうね」
「むかしの美麻を見るようだ」
学が目をほそめている。
「どうして……もどってきたのだ」
「人狼と和議が成立したのにね。千年ぶりで二つの種族、人狼と九尾族の争いごとがなくなったとよろこんでいたのに」
「悪魔がこの地にいたとは想像もしなかったからな」
「それも、蝿の王。ベルゼブブよ。とても若い者たちだけでは戦えない」
「どうして蝿の王が……? この地に呼び寄せられたのかな」
「わたしの推察では、この那須野が原に。わたしたち九尾族の野ざらしとなった死体がるいるいと重なっていたときよ。死体にウジがわき、蝿の大量発生。そしてよほどわたしたちの死体がおいしかったのでしょうね」
カミサンはさらりといってのけた。
だが学にはわかっていた。
彼女は吸血鬼としての命をこのたたかいに賭けている。
必死の覚悟がそのなにげない言葉にはかくれている。
「わたしは古いタイプだから、シソ餃子のほうが好きね」
学は美麻と少し離れて座っている玲加を楽しそうにみている。
みんなでそろって外食するなんて初めてのことだ。
「シソの葉って野州大麻の葉のにおいと似ているような気がするの。青々とした色からくる連想かもしれないけど。わたしたちって、麻畑がすきだったのよ」
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