第6話の5
5
「学。外みて。あれなんなの?……」
玲加が窓の外を指さす。
武がとびこんでいった校舎の出入り口から。
女子生徒が耳を押さえてぞろぞろと出てくる。
両手が頬のあたりにある。
みみを押さえた顔。
ムンクの叫びの顔。
恐怖にゆがんだ顔だ。
アメリカの学園恐怖映画、題名忘れたわ。
あのときのラバーマスク。叫びの顔。
怖かった。
玲加を肩の痛みをこらえる。
窓に顔をよせる。
「学、おかしいよ。みんな校庭をでていく」
彼女たちのめざしているのはどうやら那賀耳鼻科医院。
はやらなかった喫茶店のあとに開業したばかりの医院。
日曜大工の店Kの隣にある。
大通りを列になって横断している。
車が進めない。
じれて警笛をブワンブワン鳴らす。
耳をおさえた女子生徒の長い列。
あわてふためいて医院に駆けこんでいく。
何に怯えているの。
どうしたの。
肩の損傷、痛みがなかったら車からとびだしたい。
彼女たちのところへ駆けつけたい。
ようすがわからないだけに不安はふくらむ。
顔に傷のあるようすはない。
頬に傷の痕跡はない。
彼女たちの不可解な行動の原因がわからない。
「どうなってるの学……? 」
「たぶん……」
学がいいかけたとき――窓にふいに武の顔が映った。
「たいへんだ。耳に蝿がはいった」
武がではなかった。武はぶじだ。
彼女たちは耳の奥で蠅の羽音がする。
と恐怖の叫びをあげていた、というのだ。
「教室でも苦しんでいる。おおぜいいた」
「冷たーい」
玲加が声を上げる。
話をつづけながら武が湿布をはる。
玲加は武の手が肌にふれたので顔を赤らめている。
武はそんな微妙な玲加の心のときめきなどわからない。
なにせ、文字通り、なんといっても元祖肉食系の男の子だ。
人狼だ。
「MS温シップだよ。そんなに冷たいわけないと思うよ」
まともに玲加の言葉をとりあって、真剣に使用上の注意に目をとおしている。
打撲傷だから確かに湿布をはったからといって痛みはすぐに治らない。
玲加は武を見上げてほっと溜息をついた。
女子生徒の、耳に手をやった行列は途絶えている。
午後の静寂な校庭にもどった。
学は車をだした。
「ともかく、いちど家に戻ろう」
ありえないことがつづくのでさすがの学も疲れていた。
美麻がそばにいてくれれば、いつも心が高揚している。
10年も寝食を共にしたカミサンがいない。
そばにいてくれるだけで、いい。
話をきいているだけで、いい。
声だけでも、いいのだ。
心がはずみ元気になるのだ。
ひたすら小説を書きたいと思う。
絵を見たい。ジャズをききたい。クラシックだっていい。
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