第6話の4
4
「オババ。どうしてこんなことをするんだ。オババは犬飼部落の古老じゃないか。いろいろな人狼の伝説を話してくれたじゃないか」
「武がこの狐の小娘に誑かされているからだ」
オババの両目は嫉妬の焔で青白くもえていた。
「オババ、気づいてくれよ。オババは悪魔に憑かれている。オババはぼくらの誇りだった。人狼の歴史に明るく、ぼくらの教育係だったじゃないか」
「いつになっても年をとらない九尾族の女たちが憎いんだよ。どうして元は同じ天国の園丁だったのに、九尾の女たちだけが美しく若いんだよ」
「オババだって綺麗だ。ヒトはみかけだけじゃない。オババのこころは、ぼくらの未来をいつも心配してくれたおばばのこころはみんながしっている。人狼部落の若者のあこがれだったじゃないか」
「うるさい。武!! どきな。こんな小娘、喰らってやる」
「やめてくれ」
「だめだ!!!」
オババの体が青白い嫉妬のフレアでつつまれた。
「犬飼のオババ」
「あっ!? おまえは、九尾の美麻」
「もうやめましょう。わたしは恨みのラセンはたちきった。いつまでも過去の怨念をもちつづける。その恨みを晴らすことを生涯の目的とする。そういうことはやめたほうがいいと、そこにいる武さんと玲加に教わった」
パソコンから映写される3D画像。美麻は神代薔薇園にいるはずなのに、この争いの場に参加している。
「またわたしをダマス気だね」
オババはカシオ電気のデジタル映写の3D映画を見たこともないのだ。
まして、パソコンから美麻の映像がとびだす。そして臨場感をともなって話しかけられる。そんなこと信じられるわけがない。
「わたしゃ、イヤダネ。武がお狐様の娘とつきあうなんざぁ、許せないね」
「オババ。意地をはらないでくれよ」
「だめ」
「わたしからも、おねがいします。わたしオババ様のためにつくしますから」
「だめ。ダメ」
「人狼部落の嫁にしてください」
「駄目。だめ。ダメ」
「武とつきあうことを、まずは……許してください」
「ダァーメだよ。なんといわれてもダメ」
「オババ! 駄目といういがいのことば知らないのかよ」
「反抗するの、武」
「あぶない」
それまでだまって成り行きを見守っていた学が叫んだ。オババが杖で武を打ちすえようとした。オババの瞳が真紅に光る。
玲加が武の前にとびこんだ。
オババの杖が玲加を打ちすえた。
「玲加!! オババなんてことする」
「武。これでいいの。オババに逆らわないで。わたしの本気をみてもらいたかった。これくらいのこと。痛くないから」
玲加は逆らう気ならオババと対等に戦えた。
美麻のガードに駆けつけた九尾族の精鋭だ。
体技だってオババには負けないだろう。
あえてそれをしなかった。
人狼と九尾族の長い抗争にピリオドをうつ。
そのためならこれくらいの犠牲は覚悟していた。
始めは目線があった。
ピリッときた。
始めは「すきだ」。
ほんの一言。
武のその言葉だけで……。
それで十分だった。
恋のはじまる気配なんてなかった。
ふいに頭がボァとして武がまぶしくなった。
武のそばにいるだけで胸がくるしくなった。
玲加をかかえて武が車に逃げこむ。
オババはさすがに追ってはこなかった。
「武。ゴメンね。午後のレッスンでられないね」
玲加はそこまでいうと、後部座席に倒れこんだ。
「玲加‼ がんばて」
パソコンのなかから美麻が励ます。
「しっかりしなさい。玲加はもっと強いはずだ。打たれ強いはずだ」
「あなた、そんなこといっても玲加がかわいそうよ」
美麻が学をタシナメル。
血こそ出なかった。
うたれた肩のあたりが赤くはれあがった。
「ぼく保健室で湿布をもらってきます」
「いいから……家にもどろう」
「すぐですから。二三分でもどります」
武が車のドアをスライドさせてとびだしていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます