第6話の3

3

「美麻、たすけて」

「絶望的になったときほど冷静になるのよ」

 PCの液晶画面で美麻が憂いを含んだ顔でいう。玲加を励ます声は厳しい。

「わたしの代では太古からの敵は現れなかった。わたしはいつもおそれていた。太古からの敵、蝿の王ベルゼブブがあらわれるのではないかと……。ベルゼブブが現れ安い場所というものがあるの。那須野が原のあたりはその場所なの。世界中に似た地名はあるの。インドのオリッサ地方のアスカ。アメリカのアラスカ。ナサ。地上絵のあるナスカもちろん、日本の飛鳥。全部、空を飛ぶものとかかわりあいがある遺跡や伝説がのこっている」

「そうか……。那須は玉藻さまの伝説が残っている。三浦介義明の矢でうたれた九尾の狐が空をとび那須に落ちた」

「さすがね。歴女玲加だわ」

「ありがとう」

 美麻に褒められたのがよほどうれしいのだろう。ほほえみながら言葉を紡ぐ。

「三浦介義明と上総介広常が追討射止めたが死体は石になり、触れるもの上を飛ぶ虫や鳥まで殺す毒気を放った。と読んだことがある」

「だから……上を飛ぶ虫まで殺す毒気を放つ硫黄をもやしたのね」

「そうなの。でも街中でたえず硫黄をもやすわけにはいかないでしょう」

「そうね。わたしの念波でコウモリを呼ぶのは……」

「そんなことたびたびしたら玲加からだがもたないわよ」


「こまったな。解決策が、アイツに敵対する方法はないのかな」

「わたしたちの祖先が天国で働いていた薔薇園にはミツバチが群れていて、蝿はちかよらなかったときいている。蝿は汚いものに集る。だから糞の王なんてかわいそうな名前をベルゼブブはつけられている」

「おばさま、わたしこの街にきて驚いたことがあったの。プランタンに造花の花を植えてジョウロで水をやっているひとがいる。あれってどうかんがえてもおかしいょ」

「そのへんに、ベルゼブブの復活をうながすなにかがあるのよ」

「バラの花で街をおおうなんでできないそうだんだしな……」

 美麻と玲加のやりとりに学わりこんだ。

「緊急事態だからな。いますぐになんとかしないと蝿の大流行だ。パンデミックだ」

「蝿は疫病も媒介する」

 武も会話に参加する。

「なにかないかしら」

 みんなが沈思する。

 悩んで、悩んで、悩みぬけ。それでもだめならパソコンだ。どこかできいたことのある。星野監督のでていたコマーシャルだったかな? 

 学はじぶんのパソコンに向かった。玲加たちは美麻とまだ話中だ。おどろいたことにパソコンには蝿で検索したところその駆除法でていた。

 出ていました。パソコンはやはりありがたい味方だ。

 誘引剤でひきよせて退治する方法をはじめ、おどろいた。かずかずの方法がのっている。硫黄を燻したことなど、恥ずかしくなるほどだ。薬品会社のCMのオンパレード。

「え、そんなことあるのですか」

 となりのパソコンでは美麻と話していた玲加が絶句した。

「大量発生しているのは事実でしょうが……学校に現れたほどの規模で人をおそうというのは納得できないわね。イルージョンをみたのかもしれないわ」

「そんなことがあるのか」

 おどろいて学ききかえす。

「わたしの遡行記憶にないということは、みんなでマスヒステリーにかったのかも」

 美麻にカメラで校庭の様子をみてもらったら。

「それより……ぼくみてきます」

 ワンボックスカーから武がとびだした。学も、美麻との会話は玲加に任せて武のあとを追った。

 なんたることだ。あれほどの、蝿の大群をおとしたのに、まばらにしか蝿の死骸は落ちていない。むしろ硫黄の燃えカスのほうが現実味を帯びて残っている。

 喉にくるこの臭い、涙をさそうこの臭いが確実に現存しているというのに。蝿の死骸があまりみあたらない。

 こんなことって、あるのだろうか。

 それこそ狐につままれたみたいだ。とおもって学はあわてた。幻影かもしれないといったのは、ほかならぬ九尾族のカミサンだ。

 狐の化身と信じられている美麻だ。

 マインドバンパイァの妻だ。

 わが愛する奥様だ!!!

 これって古い言葉でいえば「目くらまし」だ。

 今風には「イルージョン」をみせられた。

 美麻の推理はあたっていた。やはり、イル―ジョンだった。

 学は最近わからなくなることがある。美麻とのこの10年はなんだったろうか。どんな過ごし方をしてきたのだろう。記憶があいまいになって、夢の中のできごとのような気がしてならない。

 ぼんやりと校庭に立っていると、美麻と通話をすませて玲加が車からでてきた。

一陣の烈風がふきよせた。玲加の姿が霞む。

「玲加!! 伏せろ!!!」

 武だけが風の正体をみきわめていた。叫びながら玲加に向かって走る。

 学にもかすかにみえた。あれは犬飼のオババだ。

 美麻と戦ったことのある人狼部落の老婆だ。

「なぜだ? なぜなんだよ? オババ、なぜこんなことするのだ?」

 武がきびしくオババを問い詰める。

「武。目くらましの技はオババの裏の技だってことに美麻が気づいた。わたしそれを武にしらせようとして……」

 玲加が武に声をとばす。

 玲加の言葉をきいたオババはにたにた笑っている。

「そうかい。そうかい。覚えていてくれていたんだね。玉藻の前の危機を救えなかったのはわたしの目くらましで麻畑で遊び呆けていたからだと……」

「でも、こんなに規模のおおきなイルージョンをわたしたちにみせられるのは、犬飼のオババだけでは無理よ」

「それでなにもかもいままでのことが理解できる。オババ?! あんたベルゼブブと手をくんだな。いや悪魔に憑依されたな」

 オババに鋭い声を武がとばす。

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