第5話の5
5
からだが燃えるように熱い。ふるえがとまらない。音がする。ブーンと羽音がする。耳の奥からわいてでるようなぶきみな振動が体にひろがっていく。
わたしふるえている。そうだ。これは蝿の羽音だ。醜悪で不潔なヤツ。それが無数の群れとなっておそってきたのだ。コウモリがきてくれなかったら、たいへんなことになっていた。
わかってきた。わかってきたわ。
わたしたちを長いこといがみ合わせてきたのは、人狼と争わせてきたのはコイツだ。悪魔だ。
わたしたちはまたバラ園の庭師として仲良く働きたい。天国のバラ園の園丁にはもどれなくても、この化沼でバラ園をつくりたい。
ここの庭をもっともっと広くしたい。おおぜいのひとが訪れてバラを愛でることのできるような世界をつくりたい。
美しいバラの芳香、花弁。美しいバラと生きれば、わたしのパワーはもっと強くなる。悪魔と戦っても、負けない力がつく。
ああ、美麻、薔薇と生きるってこんなにすばらしいことなのね。
美麻あなたはもう化沼にはもどってこないのですか。
ああ、あの狂ったように空でうずまき、黒雲のようになっておそってきた蝿の群れ。わたしは逃げなかった。
必死になって助けをよんだ。そしてコウモリが、batが具象化した。泣くほどうれしかった。
これで武たちを守れる。人狼を守る能力があるなんておもってもみなかった。愛する武を守れる。わたしたちは命がけで互いを守りあってこれからこの化沼で生きていくのだ。
それにしても……このふるえ、熱なんとかならないの……。
そして高熱にうなされるなかで玲加はビジョンをみた。敵の逃走経路。そしてアジトを確かめるために追尾していったノボルが苦しんでいる。
誰もいない広いコンクリートの床に投げ捨てられている。
「たちなさい。ノボル。あなたは人狼よ。あなたは強い。だれにやられたの。ここはあなたたちの大麻ファクトリーのあったところ。建物の隅々までよくしっているはずでしょう。さあ……わたしとこんな陰気くさいところ……脱出しましょう……」
まだ入り口には立ち入り禁止の黄色いテープがはられていた。大麻のイイ匂いがする。それは乾燥させて吸う乾燥大麻のざらざらしたいやな臭いではない。
野生の植物としての大麻の甘ったるい芳香だ。
皮を剥いで麻の綱をつくるために存在している植物としての匂いだ。
だれがタバコにして吸うことを教えたのだ。
近くは終戦後に日光に来たGIだ。かれらが、日光街道の両側に大麻畑が広がっているのを見て無断でその葉を基地にもちかえり吸ったのがはじめだ。
古くは悪魔だろう。
アダムとイブにリンゴを教えたように、わたしたちに血を吸うことを教えたように、人に麻薬を教えた。ここまで、瞬時に玲加の脳にフラッシュバックがおきた。
「さあ……たてる。ノボル」
「玲加さんか。どこにいるのだ。姿をみせてくれ」
「あなたはわたしたちのたいせつな仲間。たすけてあげる」
「声きり……きこえない」
「わたしの体はまだ家でねているの。幽体離脱したつもりなのに……ダメージがつよすぎて声だけしかとばせないの。そう……動けるじゃない」
「不意をつかれて、脳震盪をおこしただけらしいや」
「そう。さあ、この廊下だわ。わたしにも見おぼえがある。さきに階段がある」
このとき、どかどかと階段を巨体男がおりてきた。
玲加はノボルをみて大声を上げようとする男のこころをすいこんだ。
なんていやらしい。不味い。
男はポカンとしている。
「さあ。いまのうちよ!!!」
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