第5話の4

4


 わたしたちはもともとは仲の良い種族だったのだ。それを妬むものがわたしたちを切り裂いた。

 いままでのことが、ウソのようだ。

 わたしたちが戦うべき相手は、悪魔だったのだ。嫉妬深い醜いきらわれもののベルゼブブ、うるさい蝿のようなやつだった。

 それにどうしていままで気づかなかったのよ。

 わたしたちの周りにはいつでも悪魔がいる。嫉妬ぶかく、愛する者たちの、かならず邪魔をする。その姿がなかなか見えない。見えないから、わたしたちは身近なものを敵と思いこんでしまう。気おつけなければ。悲しい誤解だ。

 そしてこの悪魔は、わたしたちが遠くユダヤの地で原始キリスト教を信じていたころから存在していた。

 そしてシルクロードの終点の地、この日本にわたしたちが連れてきてしまった。歴女の玲加はそう推察した。

 空には満月。玲加と武、猛夫たちが夜の警備をいっそう厳重にする。敵は、暴走族サンタマリアの軍団とそのペアレントのフトッチョたちは、悪態をつきながら引きあげていく気配だ。

「玲加にあんな裏技があるとわね」

「そうですよ。武さん。おれたちだつてコウモリに血をすわれたら……。仲良くしてよかったですね」

 猛夫が冷やかす。

「猛夫。おまえ妬いている……」

「そんなのないすよ。嫉妬は人を悪魔にする。嫉妬する狼は蝿になる」

「なにかいってることがわからないわ」

 三人の笑い声は、人狼みんなの笑い声となって薔薇園の上空にひろがった。

 グシャっと玲加が武にたおれかかってきた。

「玲加。どうした? しつかりしろ」

 外では包囲網がくずれた。エキゾーストノイズをあげて走り去るもの。アイドリングを威嚇するように周囲にひびかせ、前の車輪を高く上げて道路に向かうヤツ。 薔薇園の駐車場は騒音のあとでにわかに静かになっていく。

「つけてみろ。ヤッラのアジトがしりたい」

「武さん。おれもおなじス。おなじことかんがえていたス」

 猛夫の脇にいたノボルが裏口にはしりでる。あいつらどこから湧いてでたのだ。過激派がいたときには、章夫兄さんのパーテイがこの化沼に支配していたときはぜんぜんめだたなかったのに。

 どこから湧いてでたのだ。

 このまま玲加ひとりを広い屋敷においておくわけにはいかない。

 猛夫たちが5人ほどのこることになった。

 それに……うまくいけば敵のアジトをノボルが探り当てて連絡が入る。ここを事後承諾ということで人狼軍団の前線基地としょう。そう武は覚悟した。

 玲加ははじめての能力を全開したので消耗がはげしかったのだ。

 すやすやとあどけない顔で寝入っている。

「バラの香りか。イイ匂いですね」

 猛夫が鼻をひくひくさせている。

 武は神代寺の学に連絡をいれた。

 電話はすぐに美麻にかわった。

「玲加をヘルプしてくれてありがとう。心配だから学だけで、化沼に帰るようにする。わたしたちが、BATを召喚する技はすごいエネルギーを消耗するの。武がそばについていてくれてたすかったわ。これからもよろしくね」

 それからまた学としばらく話をした。

 人狼と九尾の両種族が長い間の争いに終止符をうった。そのことをよく思わないものがいた。いよいよその姿を現そうとしているのだ。注意するように。学からのアドバイス。

 確かにいままでは九尾族と戦うために、周囲を威嚇するために人狼がむしろ吸血鬼のようにふるまっていた。

 人の血もすった。肉食系としての悪役は全部ひきうけてきた。

 これからは敵の姿をあきらかにしていく。仲良く天国のバラ園でgardenerとして働いていたおれたちをひき裂いた、神にいらぬことを讒言したベルゼブブは許せない。

 でもその実態がみえない。名前があっても、その使い魔である蝿の群れは見たが、その真にの姿がわからない。

 携帯を開く。ノボルの声がとびこんできた。

「おかしいですよ。あいつらどこをアジトにしているとおもいますか」

「……どこだ? どこなんだ」

「フアクトリーですよ。おれたちが乾燥大麻をつくっていたモールの地下室です」 

「そんなバカな」

「この不況ですから、すばやくテナントを探したってことですよ。おれたちの工場があんなことがあつてダメになったから、かわりの店子をみつけたんですよ」

「それがたまたま暴走族「サタンマリア」だった。そういうことか。ても、おかしいぞ。族にそんな大金、家賃を払えるわけがないだろうが」

「たいへんだ。玲加がふるえている」

 ベットの横になって寝ていた玲加がなにかうなされている。

 顔のまえになにかいるのか。

 夢中で手をふっておいはらっている。

「猛夫、冷蔵庫から氷取ってきてくれ」

「いいすよ。武さん。これって知恵熱じゃないすか。あんなすごい能力に目覚めたんだから」

 猛夫のいうことはあたらずとも遠からず。

 玲加は戦慄していた。

 心がふるえていた。

 おののいていた。

 はじめての能力――遺伝子のなかに刷り込まれていたパワーを全開してしまった。サイキックパワーを具象化する。イメージしていたものに形をあたえた。コウモリ、きらわれものの吸血コウモリはわたしたちには守護霊だ。たのもしい味方なのだ。蠅を追い払った。あんな形で表れてくれるとは、ありがとう。アリガトウ。

 

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