第4話の4

4


「わたしたちだけで化沼にもどってくるとは思わなかったね」

「しょうがないだろう。新学期は始まったばかりだし。美麻の薔薇園は誰か世話しなければならないのだから」

「そうよね。ふたりでいられれば、どこに住んでもいいよ」

 武を眩しいような眼差しでながめている。

 胸をどきどきさせながら武によりそっている。

 なんでこんなせつない気持ちになるのだろう。

 玲加はじぶんのことがわからなくなっていた。あんなに敵対していたのに。いまそこにある、現実の敵として戦いぬいてきた、いや過去の時代から争ってきた由緒ある敵対関係にあるふたつの部族の出なのに……こんなに仲良くなっていいのかしら。

「これって、ロメオとジュリエットみたいね」

「なんだょ……きゅう。なに考えている???……の」

「うれしいよ。こうしてふたりで歩けて」

「なに考えてのかね」

 ふいにぎざぎざした棘のある声がきこえてきた。ここは化沼の黒川岸にあるスーパー『ヨークシャ』のフロントだ。買い物客が一休みできるようにプラスチックのテーブルや椅子が並べられている。玲加があわててみまわす。とても誰かにかかえてもらわないと椅子からたちあがれそうにない巨女がこちらをみている。立ちあがる前に、椅子がよよみそうだ。それでもふたつ並べているのだから驚きだ。ひとつだつたら党に椅子はつぶされていたろう。醜悪な中年女たちがフロントを出入りする若者に悪口をあびせているのだった。

「まったくね。でれでれ手なんかつないで。よくはずかしげもなく歩けるね」

 なんかスーパーの野菜売り場みたい。カボチャ、ジャガイモ、黄色いピーマン、玉ねぎ。みていなごろごろしたオバサンたちがじろじろ武と玲加を棘ある視線でなめまわし悪口雑言。

「いわしておけよ。玲加があまりきれいなのでjealousyさ」

 なにかとんできた。武が手をあげてとらえた。玲加の顔にあたらないですんだ。武の手が真っ赤に染まった。熟れたトマトだった。

「なんだかんだと、バカにするのはいいよ。でもぼくの彼女を傷つけるとあんたらのあたまがこうなるからね」

 ううつと武が吠えた。なにせ人狼だから咆哮は真に迫っている。ホンバモノノ唸り声をきいて肥満女たちが椅子ごとうしろにデングリ返った。


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