第4話の2
2
気がついたときには、玲加は戦いの渦から遠ざかっていた。これほど多数の人狼との実戦は経験したことがなかった。夢中でバラの鞭を振るって応戦しているうちに、美麻から離れてしまった。いやそう誘導されたのだ。
「おいしそうだ」
「うまそうだ」
「ジューシィだ」
人狼の目がそういっている。牙のあいだからヨダレをたらしている。
ゴクッと唾を飲み込む音がする。人狼の欲望の口の中では玲加はおいしい肉となっている。
咀嚼されている。ジューシィな生肉となっている。玲加はなんとしてもこの囲みを破って美麻のもとにもどりたい。学のところへいきたい。
逃げ出したい。でも後ろをみせたら終わりだ。あいつらのほうが走るのは速いのだ。そのうえ、バイクできている。とてもかなわない。
林の奥まった箇所まできていた。もう鞭が振るえない。腕がしびれていた。人狼を打ちすえても、かすり傷ひとつつけられない。
人狼が声を発した。おそらくヒトのものとは思えなかった。かん高いヒトとは異質な狼の咆哮だ。体に震えが来るような音だった。獲物にありつけそうだと、仲間に呼び集めている吠え声だ。
そのエモノとは玲加だ。人狼は狂っていた。怒りのあまり狂っていた。
大麻ファクトリをつぶされた。生きる糧をたたれた。都会からアウトレット形式のモールや大型のスーパーが進出してきた。その土地に密着して細々とだが営んできた八百屋、魚屋、衣料品屋,日常雑貨屋。床屋。屋のつく商売はなりたたなくなった。それで大麻や、合成麻薬を作ることで活路をみいだしていたのに。
生きる糧を断たれた。長年住み慣れた犬飼villageを捨てて先祖の土地奈良に戻らなければならないほど追いつめられた。
「この娘の部族のものはおれたちの敵だ」
大麻ファクトリを潰された。この恨みわすれないぞ。おれたちは原始の昔にもどる。肉食獣として生きてやる。狂った怒りの餓狼は吠え声をあげて玲加に襲いかかってくる。
人狼の本能の叫び。
こわい。こわい。こいつらの食欲はまさに飢えた狼のものだ。
わたしたちは、肉食や吸血といった物質的な欲望行為をスピリチャルな欲望へと転化させた。美しいものを生みだそうとする、人間を励まし、高揚させてそのエネルギーのほんの一部を糧として生きていける。なのに、こいつらは昔のままだ。恐ろしいことだ。
鋭い牙のならんだ獰猛なアギト。
琥珀色に輝く目が迫ってくる。
喉を狙ってきた牙を玲加はかわした。
かわしたつもりだった。
右の肩の肉を食いちぎられた。
激痛に玲加は動けない。
その場にへたりこみたいような恐怖。
そんなことをしたら、いっきに食い殺される。
無力感。美麻タスケテ。だれかタスケテ。
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