第3話の4
4
業者専用駐車場のセキュリティの厳しさは先刻承知だ。警備の目を盗んで正面から忍び込もうとしても困難だろう。遠回りして広いモールの裏口にまわった。店の内部はまだ賑わっている。わたしたち倉庫の裏口を探した。冷えびえとしたコンクリートの外壁が月光を浴びていた。わたしたちの侵入を拒むようにそびえていた。
「玲加。猫に変形するのよ」
わたしのあしもとから黒猫がさっと壁の基底部に走りこんだ。ぼっかりと空いた穴に潜りこんだ。カミサンもその穴の前でかがむと吸いこまれるように消えた。やがてうらぐちの鉄の扉が内部から開かれた。
「どうぞお入りください」
おどけた調子で玲加がいう。
「あれ、黒猫は……」
返事はもどってこない。
ガラス窓で囲われた事務所がある。携帯でゲームに興じている若者がいた。わたしが堂々とドアから入っていくと、あわてて机の上から足をおろした。この倉庫には部外者が入りこめない。そんなことは絶対におきない。そうした思いこみがあるのだろう。わたしを不審者として認識していない。
「武はどこにいる」
ハッタリをかましてみた。
「あれ、屋上の小屋にいるはずですよ」
「連れてきた娘もいなかった」
さらにブラフ。うまうまとのってきて「それなら地下室でしょう」という返事がもどってきた。これ以上ここにいるとボロがでる。
「うまくいつわね」
玲加よってきた。
「美麻ならもうその地下室にむかっているわ。洋子の臭いを追っていったの」
わたしと玲加は地下室への階段を下りた。ひとの? 気配はない。そのほうがありがたいのだが、あまり静かだとかえって不安になる。声をかけようとした。玲加はきえていた。ともかく消えたり化けたりするのは得意技だ。九尾族なのだから。バンパイアなのだから、なにが起きても不思議はない。ナンデモありの女性と行動をともにしているのだ。通路の奥からひとがくる。その気配で玲加は姿をかくしたのだ。わたしはかまわず早足で男にちかよった。
「武はこなかったか」
「会ってはいません」
作業用のカーキ色のキャップの男は疑うような目をむけてくる。
シマッタ。おなじ誤魔化しはきかなかったのか。
「犬飼のオババでもいい」
「オババならあとから来ますよ」
テキパキとした返事がもどってきた。よく教育されている。
疑念を抱きながらも男はあるいていった。いちどだけふりかえった。廊下の右手をゆびさした。そこからヒョイとオババがあらわれた。隠れる場所はない。わたしはオババを真っ直ぐみながら進んだ。オババが立ち止まった。どうする。わたしの正体が見破られたようだ。
鼓動がたかなる。こちらから攻撃をしかけるか。わたしは内ふところの銀の針をにぎった。胸がどきどきともりあがる。まだまだ修行がたりないな。針をとりだそうとすると。オババの唇がほころびた。
「わたしよ」
愛する美麻の声だった。やっと聞きとれる声だった。ふたたび、ふりかえっていた男は、こんどこそ足早に遠ざかっていった。
「洋子は見つからなかったの」
玲加がどこからかあらわれた。不安で声がふるえている。応えはもどってこない。
帰りは無事。なにごともなくモールの駐車場からでられた。乗ってきたくるまはそのままにした。
夜風がふいている。JR日光線の土手にわたしたち三人は腰をおろしていた。モールの全景が見下ろせる。見下ろせるといっても土手の高さはモールの屋上くらいだ。武がいた小屋には明かりはついていない。
「結局また空振りよ。でもたいへんなことがわかった」
「なにがあつたの美魔? じらさないで、早く教えて」
「ここに来た時、狼の遠吠えを聞いたでしょう」
玲加は耳をすます。
「いまでも聞こえるわ」
「落ち着いて……聞き耳をたててごらん」
「あら……なにかおかしい」
「そうよこの遠吠えは時空を超えうたもの。この土地に凝り固まった地霊の叫びみたいなもの。わたしたちの祖先が滅びていったまさにその箇所にモールが建てられているの」
「じゃこれは雄叫びね。九尾族を滅ぼした凱旋の雄叫びね。ヒドイ」
「九尾族のなかの武闘派、敵のマインドすら操ることのできるわたしたちが駆けつけるのが遅すぎたのよ。その理由もなんとなくわかってきたの……」
「なにがあったのだ」
「玲加。わたしの体、変わったにおいがするでしょう」
「ほんとだ。シビレそう……」
「なんの臭いだか……わかるわよね」
玲加がうっとりとした顔になる。とろんとしてまぶたが閉じそうだ。
「猫にまたたび。きつねに大麻草」
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