第3話の3
3
武がどう動いたのかわからなかった。「美智子」とわたしには警告を発するのがようやくだった。部屋の隅に移動した美麻の前に武がのっそりと立っていた。美麻は平然としてそこに微笑んでいた。わたしには、彼女がとうとつに時間を遡行したように見えた。知りあったころの若やいだ姿で彼女はそこに存在していた。彼女には年をとるということはないのかもしれない。
美麻は両手の平を真っ直ぐに武に向けていた。武の精気をスウッと鼻腔で吸収して体に溜めいっきに「気」として伸ばした腕から掌から武にたたきつけた。
「発勁よ」美麻が解説するようにわたしにいった。いまの美麻の技におどろいているわたしをいちはやく感知していたのだ。
「わたしたちの一族は唐をへて日本にたどりつく過程でそのルートにある闘技を学んできたの」
「いままでは戦う必要がなかったから……。ダーリンには初披露ね」
とおどける。この余裕はどこからくるのか。武は壁までふっとばされた。どんという響きが粗末な小屋を揺るがした。
美麻は部屋の隅に置いてあった段ボールの空き箱を払いのけた。みよ、床に取っ手がはめこんであった。
「無防備ね。もっとも人狼のアジトを襲うものがいるとは、想定外だったのね」
美麻と玲加がダッと階段をおりていくのを見下ろした。わたしは部屋に残った。この隠し収納庫の扉を閉められでもしたら危険だ。武はおのれの凶悪な害意を美魔に、そのままたたきつけられたショックから立ち直れないでいる。
武の顔が屈辱に歪んでいる。カミサンと玲加はまだ戻ってこない。二分は経過している。武からは瘴気をふくんだ凶念がふきつける。くやしいのだ。手も触れずに「気」だけではじきとばされたのがショックだった。そして、わたしが銀の弾丸で彼の仲間を倒したことは伝わっている。無暗に手出しはできない。わたしたちが三人そろって武のまえに現れるとは思っていなかったのだろう。
いや、ここまでわたしたちがたどり着くとは予想もしていなかつたはずだ。
「どうして……いまになって争わなければならないのだ。むだな争いはやめよう」
「むだかどうかは、上できめることだ。だが、みんな奈良にもどることをねがっているのだ。それには、あの時代の争いを再現する必要がある」
笛のような呼吸音が武の口から洩れた。そして変化がはじまった。顎がぐぐっと突き出した。顔に毛が密生する。襲ってきた。わたしは横に走ることで身をかわした。投げた。針を。銃をつかって抹殺するにはしのびなかった。仮にも玲加のクラスメートだ。だが投擲したのは銀の針だった。武の太股で肉の焦げる匂いがしている。
「だめ。洋子いなかったよ」
背後で玲加の声がした。武はドアからそとに逃げた。醜い姿を玲加にみられたくはなかったのだろう。
「あの業者専用の駐車場か倉庫ね。あの警備は異常だったもの。穏形して忍び込みましょう」
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