第3話の2

2


「ふたてにわかれよう」

 わたしはエスカレーターで二階にむかった。

 この階も子供づれの客がおおかった。共稼ぎで夜しか子供と連れだって買い物にでられない家庭がふえているのだろう。

「あのお姉ちゃん、どうしたの? 気持ちわるくなったのかな」

 小学4生くらいの男児が母親を見上げてたずねていた。

「どんなようすだった。いくつくらいだった」

「高校生くらい」

 おしゃべりな男の子に感謝のことばをのこしてわたしは……迷わず屋上へ。こんどはエレベーターにのった。

「屋上へきてくれ」

「携帯はゴミ箱にすててあった。すぐいくから。ムリしないで」

 屋上の隅に後から建てたのだろう物置みたいな部屋があった。明かりがついている。

 わたしは忍びよる。部屋に気配はないようだ。フラッシュドアはカギがかかっていなかった。カミサンと玲加がくるのを待っていられなかった。もし洋子が倒れていたら、一刻も早くたすけださなくては。わたしはドアに手を伸ばした。

「ストップ。ダーリン」

 カミサンにうしろから腕をつかまれた。

「ブービートラップがあるかも」

 玲加が腹ばいになってドアの下に手をやって、開く。

 目前を白い光がキラメキ通過した。

「ボウガンね」

「危ないとこだった」

 どうしてわかったのだ。わたしは部屋から流れる害意を感じられなかった。洋子が床に倒れているビジョンを見られたので自己陶酔にひたっていた。わたしにもおくればせながら能力が現れた。そんなことを不遜にも思っていたのだ。あぶなかった。カミサンの警告がなかったらボウガンの餌食になっていた。矢のはなつ光とビュという音に怯えた。玲加とカミサンが部屋にとびこんだ。

 ぼんやりと薄汚れた裸電球の光のなかに人狼がいた。

「今晩は……」

 犬飼武がニャニャ笑いながら立っていた。

「洋子はどこ? なぜなの。なぜ、クラスメートばかり襲うのよ」

「なぜなの? わたしも聞きたいわ。教えてくださる」

「人間と生活していると勘が鈍るのかな。洋子はあんたら九尾族につながる家系のものだ」

 やっぱりそうだったのだ。洋子は妖狐だと思ったことは、まちがいではなかった。

「吸美族とよんでもらいたいわね」

「なにをそんな言葉遊びにこだわるのですか、オバサマ」

「あら、ババアと呼ぶのはやめてくれたのね」

 部屋には武だけがいた。でもたしかにこの部屋に洋子の気配があったのだ。

「武、どうして洋子にこだわるのよ。彼女を誘拐してどんなメリットがあるというの」

 玲加の全身が怒りに震えた。顔が紅潮しているのがわかる。ボウっと火照っている。

「だからいってるだろう」

 武がたのしそうに顔をほころばせている。

「九尾族の娘なら、おれたちの子どもを産めるんだよね。なんだったらあんただっていいよ。見園玲加」

「だれが、あんたと……」

 こんどこそ、玲加がマジギレ。武におそいかかった。

「オオコワイ」

 武が後ろに逃げる。

「玲加。やめなさい」

 玲加と武。クラスメートが言い争っている。洋子の家族はこの事態をどう把握しているのだ。わたしは疑念を抱いた。武をみているとさほど凶悪にはみえない。ぼんやりと黄色い裸電球のもとで玲加と友だちの噂でもしているような態度だ。獣化変身する人狼とは想像もつかない。

「洋子は妖狐だということを、いとしの玲加ちゃんはしらないのかな」

 ふん、そんなこと先刻承知よ。

「なに言葉遊びしているのよ。洋子をかえして」

 カミサンが鼻をひくひくさせている。彼女には人には嗅ぎ取れないような匂いでも感じられる。なにか感知したのだ。薄暗い部屋の隅に走る。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る