第2話の4
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小説を書きたくなったので、三階の書斎にあがった。カミサンはまだ二階の玲加の部屋で話しこんでいるようだ。そのうち興奮して歩きながら話しはじまると、有蹄類のようにどんどんという響きをたてることになるだろうから、彼女は古い記憶をよみがえらせて話していると正坐できなくなる癖があるから、いつもそうなるのだが、下の部屋にいるわたしは落ち着きを失ってしまう。
重々しい足音をきいていると彼女の激情がわたしのものとなり、小説など書けなくなってしまう。
三階の窓から薔薇の庭を見下ろすのが好きだ。
わたしたちが薔薇に守られていることがうれしかった。そして、カミサンにもわたしは守られているのだろう。
いやそれは(それはってなんだ……美麻の足音がうるさくて文章をつづれなくなること)はちがう。美麻の昔からの膨大な記憶にたすけられて、わたしは伝奇小説を書きつづけることができたのだ。いままでもそうだった。これからもそうだろう。なんといっても、生の歴史体験をきいているのだから題材にはことかかない。
わたしがストーリの構築にマッタク才能がないから……このテイタラクで……隠者のような暮らしにあまんじているのだ。カミサンにすまないと思う。彼女だっていいかげんながいことこの化沼での日常がつづいているのだから、転地を望んでいたのではないだろうか。
庭の薔薇はすこし蕾んでいる。しずかに夜を過ごしているような風情がある。この薔薇への美麻の記憶はどのへんまで遡源するのだろうか。まさか、彼女の先祖が天国の薔薇園の園丁だった神話の世界まで遡るというのではないだろうな?
わたしはカミサンの記憶の記述者だ。じぶんの、わたしとカミサンのこの町での経験を書こうとするとますます筆が鈍ってしまう。
「そんなことはないわ。あなたはあまりひどい迫害をわたしと結ばれたので……この町の人からうけてきた。だからじぶんのこととなる記憶も混乱してくるのよ」
離れたところにいるカミサンの声が耳元で響いている。
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