第1話の2


 ばらの鉢をカミサンはまだ眺めている。

 花を咲かせているものもある。

 異様な風体の中年女が彼女に近寄っていく。

 醜く太っている。足が0脚に開いていてガマガエルでも歩いているようだ。

 よたよたと彼女のそばに寄りなにかいっている。

 女から悪意がながれでている。

 女から邪悪な想念が美麻に放射された。

 わたしは美麻のところに走る。

「バラなんかきらいだ。棘がある。棘がある。バラなんかきらいだ」

 呪うような、悪意のこもった音声でことばをくりかえしている。

 わたしをみて美麻が当惑したような顔をした。

 とりあわないようにという顔をした。

「美魔。逃げるんだ」

 女が鉤爪もあらわにカミサンの顔に手をのばした。

 まにあわない。どうしてもっとはやく気づかなかったのだ。

 わたしは女と美麻の間にジャンプした。

 美麻を守るためにジャンプした。

 一瞬、まだまだやれるとい感情がわきあがった。剣道で鍛え、傭兵で鍛えている。任務遂行。脳裏に浮かんだことばだ。だが、そのとばは尻の肉への激痛に消された。あたりはマロニエの幻のときのように暗くなった。すぐそばに人がいる。そのはずなのに、見えない。カミサンがバラの枝をかまえている。

「BV(ブラック・バンパイア)ね。あたしのダーリンに何の恨みがあるの」

「かっこつけるんじゃないよ。この千年ババァ」

 背丈が倍近くなり、脚もたくましくまっすぐにのびていた。

 老婆だったものは、両眼を赤くひからせている。

 獲物を狙う野獣の眼だ。

 そのために衣類がはじけた。露呈された青黒い爬虫類のようなごつごつし膚。

 顔はまさに吸血鬼のものだった。

 般若に似た顔。

 乱杭歯に長い犬歯。

 歯を剥いて襲いかかってきた。

 わたしは全身に若やいだエネルギーが満ちていた。さっきからおかしい。体が柔 軟に動く。尻の痛みも消えている。出血もとまった。

「お、おまえは」

 BVがたじろいだ。

「おまえは……わたしたちを見ることができるのか……そんなわけはない。人間のはずだ」

 わたしは吸血鬼をみてもさほど怖いとは感じなかった。

 想像を絶するほど醜悪な顔だ。でも恐怖は感じなかった。唇からは黄色く濁った涎をたらしていた。

「食らってやる」

 眉間には深い二本の縦皺が刻まれていた。目は白濁してぶよぶよながれだしそうだ。

 カミサンがバラの枝―鞭でうちかかった。顔面から青い液体がふきだした。いやな臭いがする。まるで膿だ。

「バラの棘は美しいものを守るためにある。あんたは消えなさい」

「そのことばはそつくりあんたら二人にお返しするぜ。ジャマなんだよ。あんたらが」

 おう、痛いぜよ。とバラの枝でたたかれた傷跡をなめている。

 爪をぐいっとひくと剣のようにのびる。ざっと剣風をともなって切りこんでくる。学と美麻は後ろへ跳びのいた。


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