JINROH武とMV玲加のFIRST LOVE

麻屋与志夫

第1話 JINROH武とMV玲加のFIRST LOVE


PART 1 人狼吸血鬼(black-vampire)現れる



 初春。

 日差しは強い。

 紫外線は――。

 お肌の敵。

 と。

 美麻 (ミイマ)はいやがっていないのだろうか。

 心配になった。わたし――この物語の紡いでいく麻生学は妻の美智子をふりかえった。語り手がわたしだから、学になったり、わたしになったりするが、ごめんね。ゴメンネ。とオドケルのは化沼はU字工事や『グーグーだって猫である』で有名な大島弓子さんの出身地『大田原』のある栃木県の田舎町にあるからだ。

 美智子とはあまり呼びかけない。ニックネームで呼ぶ。

 わたしも美麻も美形だ。ふたりしてパリコレのモデルのような容姿だ。それもスーパーモデル。もし……いますこし若ければ――でも美麻はagelessだからいまでも現役でとおるだろう。なぜなら――この物語を読んでいくにしたがってわかってくるはずだ。

 美麻は上げ底のブーツを履いている。背を高くみせる。必要はないのに。180センチある学にくらべても、それほど低くはない。

「忙しいのにつきあわせちゃってごめん」

 栃木新聞の化沼(あだしぬま)支局に☎を寄をよこしたのはカミサンだった。春の陽光にしては光がまぶしい。まるで夏のようだ。紫外線は射すように美麻に降り注いでいる。それを承知で学を誘ったのだ。なにか、緊急の話でもあるのだろう。

「そんなことないさ。昼までフリ―だ」

 さりげなく応えておく。

「今日も、一緒に歩けて、うれしい」

「どうも……それだけではないな」

 なにか企んでいるだろう? と学はカミサンの耳元で息を潜めてささやく。

「あらぁ、わかってるじゃん」

 カミサンは若やいだ声で応えを返してよこす。

 化沼高校前。

 マロニエ並木。

 地方紙『栃木新聞』の化沼支局の記者にして超伝記作家の麻生学は、カミサンといつものように連れだって歩いていた。

 評判のオシドリ夫婦だ。新婚二年目になるのに、いつも新婚気分で一緒に歩いている。通例の朝のニュースを本社に送ったあとだった。

 あまりハデナ事件は起きない街だ。午後まで、時間が空いていた。

「日曜大工の店カンセキの園芸品売り場で、バラの新苗を見たいわ」

 美麻にねだられた。お供することにした。

 学校の前のマロニエ並木を歩いていると――。

 ふいに暗雲が垂れこめて暗くなった。

 雷雨でもくるのか。春なのに暑すぎた。

 時ならぬ、どす黒い積乱雲が日光連山の上空にわいてでた。北関東の北端に位置するこの化沼の雷様は有名である。

 誰も正確にはこの地名を読めない。カヌマ。酷い場合はバケヌマ。

 雷はこの地方では、サマと敬称をつけて敬われている。いや、あまりにその雷鳴がはげしいので、恐れおののき、あげくのはてに敬って遠ざけたい。――という昔からの庶民の知恵がそう呼ばせているのだろう。

 舗道にバスストップがある。木製のベンチをしつらえてある。屋根もついている。二人はそこで、雨宿りをすることにした。まもなく、雷雨となった。

 一点の光もない高密度の闇。高密度の闇なんて表現が成り立つのだろうかとぼんやりと学は考えていた。雨は降りだした時と同じように不意に止む。でもまだ暗い。

「助けて。助けてください。このマロニエの木もうすぐ切り倒されてしまうの」

 闇のなかから少女が走りだした。闇の中なのに少女の姿が見えるのはおかしい。とは……おもわなかった。

 マロニエの根元に少女がはりついていた。

 マロニエの木をかかえるようにして少女が走りだした。無数の微細な少女の姿がまるで毛根のようにその幹には付着している。そんな感じだった。

「ゆっくりわかるように話して」 

 美魔は少女に応えていた。

「あなた、だまされないで。幻覚よ。吸血鬼の目くらましよ」

 そういう美麻自身がmind vampireなのだからまちがいないだろう。

「ついていかないで」

 わたしは立ち止まった。バラの苗を買うことに決めていたカンセキ前は通り越して黒川の土手縁にいた。あと一歩で川に落ちていた。危ないところだった。

「なんだぁ。つまらない」

 どこかで少女の声だけがしていた。

 わたしが川に転落しなかったのがよほど悔しかったのだ。

「あなた、しっかりしてよ。わたしがいなくなったら……いまみたいなときどうするのよ。やすやすと、アイツラのさそいにのってしまって……心もとないわ」

 美麻は先日、神代薔薇園を訪れた折に、父親からまたなにかいわれてきたのだろう。五年とくぎられたわたしたちのこの化沼での暮らしについてなにかいやみでもいわれたのではないか。

 もっと早く帰ってこい。などと……。あれからまた一段と、わたしに優しくしてくれる。

「助けて」

 と呼びかけられた声は現実のものとしか思えない。

 吸血鬼がまた悪さをはじめたのか。この町では不可解な事件や残酷な事件が多発している。

 消えていった少女の声に意識を今更のように集中してみた。川の流れる音だけが聞こえている。

 やはり幻聴だったのか。あの震えるような慄く声はほんものだった。そうとしか思えない。

 雷雨はいつしか止んでいた。

 あたりは白昼の光が復活している。

 美麻はUVカットの美白ハット。

 UVカット日傘。(日傘……といえばパラソルだ。『パラソル』という吸血鬼を扱った短編小説がある。井上雅彦の傑作だ。学の脳裏をパラソルを差した吸血鬼の群れがよぎった)

 UVカット美白クリームの重装備。

 そんな配慮は彼女にとっては必要のないことだ。

 心理的な安心感に依存しているのだろう。

「先がおもいやられるわ。しつかりしてよ」

 学は吸血鬼に幻影を見せられて、危うく川にはまりそうになった。

 美麻は眩しそうに太陽を見上げている。

「あいつらはこの町の人を苦しめるのが楽しいのよ。ひとの恐怖心や苦しみ、悩みを吸って生きているのだから。それにできれば――血を吸うわよ」

 そういう吸血鬼の生態に明るい美麻がこの町からいなくなったら、わたしたちはどうして災害の根を認識すればいいのだ。

 おぞましい吸血鬼のイメージが脳裏に浮かんだ。

 たしかにこの瞬間にも彼らはわたしたちの弱点を衝こうと伺っているのだ。

 虚実の狭間でわたしは迷っていた。

 どうすればいいのだ。

 襲ってくるものがあれば本能的に戦うしかない。

 マロニエ並木はもののみごとに、すでに切り倒されていた。

 すくなくと、あの少女の悲鳴には現実味があったのだ。

 美麻はいつものようにばらの苗木を選んでいる。

 街路樹――マロニエが切り倒されたくらいで、どうしておおげさに騒ぎ立てるのだろうか。だれもサワガナイ。せめて、わたしくらいはマロニエの切り株に腰を下ろして、涙をこぼしてあげなければ……。と学は思い悩んでいる。

 朱の涙をこぼそう。そう思ったのだ。

 校庭の桜はむぞうさに切る。

 神社のイチョウの枝は切りまくる。

 あげくのはてに神社そのものを壊してしまう。

 樹木が町から消える。

 黒川べりにマンションが建った。

 桜並木が何本か消えた。

 山の木が伐採される。黒川の水量は減るばかり。林が消えて団地となる。そうしたことに、腹を立てていたからだ。

 樹木の精霊が泣いている。そうおもっていたから、ブラック・バンパイア(BV)の目くらましに容易にひっかかったのだ。

 おはずかしい。

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