第14話「魔法」

「姫様っ」

 水瓶の水を全て被り、放り投げて叩き割った。ガシャンと乾いた音が雨の中に鳴り響いた。

「……」

 その先に。歩いてくる影がある。ゆっくりと、雨音に紛れて。

「……ネヴァン商会っ!」

 アルファは咄嗟に剣を構えた。ステラを庇うようにして立つ。今彼女は無防備にも裸だ。

「先客か」

「!?」

 女の声だった。背の高い、すらりとした女。黒衣は雨を弾くように乱反射している。

「少年。ここが何なのか知っているのか?」

 女はアルファへ話し掛けた。戦意は感じられない。異様に思えたが、ここで戦ってステラを巻き込むことはできない。

「知らない」

「どうやって辿り着いた?」

「……『宝瓶の間』から」

「なるほどな。エストレーリャの良く知る『抜け道』を、レイピアに教えていたという訳か。ならば君達は『星海の姫』と『随伴騎士』で、カハはしくじったのだな」

 アルファのひと言から全てを推察し言い当てた。アルファもその口振りから、この女の正体を見極める。

「……『アネゴ』って奴か」

「察しが良いな。そうだ。私が『ネヴァン商会』を創った。各国を唆し、『水装アープ』を与え、兵を動かさせたのも私。部下達もそれらも、全て『今、この瞬間』の為にあったんだ」

「……何が目的なんだ。水か?」

「そうだが、違う。馬鹿な各国王のようにただ生活用水を求めている訳じゃない」

「じゃあ、何だ?」

 話している内に、女はアルファの目の前まで迫ってきていた。

「『還して貰おう』。私の『水』を」

「!」



「『起動フリューエント』!」

「間に合うか。流石だな」

 咄嗟に、アルファは全身に力を込めた。黒衣の女の一撃を防ぎ、距離を取る。

「……!」

 体勢を立て直し、すぐさま見やる。女は『水装アープ』の力で勢い良く、アルファを蹴り飛ばしたのだ。

「『火器アームズ』は使わないのか」

「火薬が濡れると駄目なんだ。君達は知らないだろうが」

 ならば同じ『水装アープ』。剣を持つアルファが有利だ。

「私の武器はこれだけだよ」

 そう言って、女は黒衣から小さな棒のようなものを取り出した。剣の柄ほどの白い棒。とても武器には見えない。

「それは何だ?」

「水が出る棒さ」

「……武器とは思えないな」

「だろうな」

「はっ!」

 バシュンとアルファの『水装アープ』から水蒸気が出る。その動きは風のように速くなり、黒衣の女へ切り掛かる。

「姫様離れてろっ!」

「……少年」

 女は、それを動かず受けて立った。迫り来るアルファを避けようともしない。白い謎の棒を握り、アルファへ向けた。

「『水装アープ』はもう古い」



「……?」

 アルファは、何が起きたか分からなかった。突如体勢を崩し、どしゃりと転けた。

「(あれ?立てない……)」

 足が動かない。否。動かせない。

 自分の足を見る。

「――!!」

「ははっ」

 女の笑い声がした。

 アルファの左足は太股から切断されていた。

「ああああああ!!」

 激痛。それに気付いても、何が起こったか分からない。『水装アープ』の切断面から、水が流れ出る。

 必死に耐え、女を睨む。

「『水』ってのは……鎧にも剣にもなる。『それだけの勢いで水が出る』と……言っておいた方が良かったか?」

 バチャバチャと足音がする。嫌に響く。アルファにとっては、死の音だ。いつの間にか、女はアルファの目の前に居た。

「ぐううう……!」

「絶体絶命だな。小さな騎士さん」

 うずくまるアルファ。左大腿から大量に血が流れている。どうにかしなければ、それだけで死ぬ。

「……ひめさ」

「ふむ」

 そこへ。

 パチャパチャと音をさせて。

 ステラがふたりの間に立ち塞がった。

「逃げろ姫様!!」

「ステラ姫。さっきはよくも、大事な『瓶』を割ってくれたな。アレが何か知らないだろう」

 黒衣の女が『水の剣』をステラへ向けた。ステラは女を睨み付ける。

「すぅっ!」

「?」

 そして。息を吸い。

「ぷぅっ!!」

「!」

 女の顔へ思いきり、『含んだ水を吹き掛けた』。



「ギャアアアアアア!!」

「……!?」

 アルファは目を見開いた。黒衣の女が、地に伏し顔を抑え悶えている。どうしたのか。

「くっ!この……!小娘がぁ!」

 ステラはアルファへ振り向き、彼の切断された左足を拾う。

「姫様逃げてろ。隠れるんだ」

「……」

 アルファの言葉に反応しない。『宝瓶の間』に入ってから、本当にどうしてしまったのか。

「……」

 ステラは雨水を口と両手に蓄え、アルファの足へ注ぐ。治そうとしてくれているのだ。だがいくら星海の姫とは言え、そこまでの力は無い。

「……このくそガキっ」

「!!」

 やがて黒衣の女も立ち上がる。顔を抑え、わなわなと震えている。

「殺してやるっ!」

 『水の剣』を振りかぶった。

 アルファは、気づいた。

「!」

 足の痛みが引いていると。

「う」

 剣を持ち。

「うおおお……っ」

 片足で立ち上がり。

「おおおおおおお!!」

 最後の水を振り絞り。

 怒れる女の首を切り払った。

「!!」



「……アルファ」

「!」

 ステラはようやく、彼の名を呼んだ。まるで気付いていないのかと思っていたアルファは、やや驚いて彼女を見る。

「…………!」

 向かい合うふたり。

「うおっと」

 アルファは体勢を崩し、落ちるようにその場に座る。ステラもしゃがみ、彼と向き合う。

 アルファは生唾を飲み込む。金の髪も蒼の瞳も白い肌も、艶やかに雨に濡れている。まるで絵画のように美しいと感じた。

「……抱き締めて」

「はっ?」

 ずっと真剣な表情を変えなかったステラは、ここで瞳を潤わせ、きゅっと唇を結んだ。

「…………!」

 答えを待たず、ステラはアルファへ抱き付いた。アルファは状況が飲み込めず、固まった。

「これから私は……多くの人を殺すから」

「……!?」



「がっ……!?」

 初めに、カハが血を吐いた。側で倒れるユミトの身体には無数の穴が開いている。

「なん……っ!ぐばぁっ!」

 血眼になり、原因を探した。彼は、最も『宝瓶』の近くに居たのだ。

「…………!! ……この……まさ、か……!」

 呪うように『宝瓶』を睨み付け、溺れるようにもがいて死んだ。

「!」

「ぐっ!」

「ばっ……!」

 続いてカハの部下達だ。同じように血を吐き、やがて死んだ。



「はぁ……はぁ……。フギン」

 ムニンは倒れていた。王宮に攻め入り、そして敗北した。

 そこで、兄の死体を見付けた。彼女は観念し、そこを自分の最期の場所と決めた。

「げほっ……。……喉、渇いたよ」

 雨に打たれながら、彼女は静かに息を引き取った。



「……どういうことだ?」

 黒衣の男の勝利宣言から、音沙汰が無い。どころか敵兵が全員、ひとり残らず、『勝手に死んだ』。フォーマルハウトは訳が分からなかった。

「取り合えず、敵は死んだ。勝ったようだ……」

「『水将』様っ」

 部下が駆け付ける。

「王都だけでなく、アクアリウス各地で敵兵の全滅の報告を確認!戦争は終わりです!」

「……なんだと……!」

 王は死んだ。皆が、この突然の勝利に戸惑っていた。



「『星海の民』の体質が、大陸を救いました。たった水ひとつでも、私達生命の源なのです」

 アニータの、最後の授業だ。アルファは、この時のアニータの言葉を思い出していた。

「『これ』を私達はこのように呼んでいます」



「はっ!」

 気が付くと、辺りは森だった。見覚えがある。王都を囲む山の中だ。

 アルファは、ステラの膝の上で気絶していた。

「……姫さ」

「アルファ」

「!」

 アルファはびっくりして、すぐに起き上がる。

 ステラの眼には大粒の涙が溢れていた。

「……気が付いたら、そこの池に居て、アルファが倒れてたの」

「……姫様……」

「……ぐすっ。……あんまり、覚えてないの」

 ステラはしゃくりあげながら、ポロポロと涙を流して話す。

「……お父様は……死んじゃったの、よね?」

「……うん……」

「ひっく……。……うわぁぁん……お父様ぁ……」

「…………」

「……アルファの、ぐすん……お父様は?」

「多分、死んだ」

「うえぇ……ん……」

 ステラは堪らず、アルファへ倒れ込んだ。

「アニータも……死んじゃったよね……」

「……うん」

「ぐすっ……うわぁぁぁぁああん」

「……!」

 今日1日で、起こった出来事が多すぎた。死んだ人が多すぎた。

 ふたりは泣いた。抱き合って泣き晴らした。

 そうして、やがてステラは心身共に疲れて眠ってしまった。

「……」

 アルファは泣き止むと、ステラを抱き上げて片足で立ち上がった。



「……魔法」

 ふと、夜空を見上げた。

 そこは、彼の心情とは裏腹に、とても綺麗な満天の星空だった。

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