第13話「星海」

「水の性質を変化させる。詰まるところこれが、『星海の民』の体質であり、『星海の姫』の能力です」

 何故、ステラが王都へ向かっているのか。敵が居る場所へわざわざ。さっさと国外へ逃げてしまったら良いものを。

 それは、アニータの考える『逆転策』だった。彼女の知るエストレーリャは決して、敵には屈しない。よって殺されるだろう。そうなれば、どこへ逃げようとも結局はステラが狙われる。敵が『星海の姫』の能力を使って『宝瓶』を操ろうとしていることは明白である。水自体が目的であれば『森の泉』を占拠すればそれで良いのだから。

「『宝瓶』の水は国中に繋がっています。『水』は『星海の民と水の民の傷を癒す』。ステラ様、これを良く覚えておいてくださいまし」

 アニータは、何を伝えたかったのか。



「時間が無い。いいか、よく聞け。これからの事を話す」

「分かった」

 ユミトはアルファに『水装アープ』を着るように促し、自らも着る。

 その間ステラは静かにしていた。

「お前達はここから抜け道を使って、国外へ逃げろ」

「……どうやって?」

「それから、国を出て『レオ』を目指せ」

「……何それ?」

「いいな、『レオ王国』だ。そこに行けば、『シン』って俺の弟子が居る。そいつを頼れ」

「な、何を言ってるんだよ、ユミト?」

 話している間にも、上から降りてくる音が大きくなる。

「それに、抜け道なんてどこにあるんだ?」

「それは、ここだよ!」

「!」

 ユミトはアルファを担ぎ、『宝瓶』へ投げ入れた。


「ぷはっ!……おいバカユミト!ふざけてる場合じゃ……」

「『宝瓶』は深いだろ?」

「!」

 アルファは、投げ入れられた後顔を出すために立ち泳ぎをしている。

 下を見る。どこまでも澄んでいる透明な『宝水』は、本当にどこまでも続いている様に見えた。

「出た先は森。息はギリギリ持つ位だ。死ぬ気で行け。勿論、ステラ姫を抱いてな」

「!!」

 これはアルファに限らず、この世界の人々に当てはまるのだが……。

 『水泳』が出来る人口は、1割も居ない。

 そもそも、生きていくだけでギリギリな水を、娯楽目的で貯水している者など一部の大金持ちか、アクエリアスに住む貴族くらいだ。オアシスや泉、川で水浴びくらいはするが、泳げる人間は居ない。どころか、泳ぐ、潜るという考えに至らないのが、この世界の一般的な思考である。

 だがアルファは今、立ち泳ぎをしていた。

「何のために昔、泳ぎを教えたと思ってやがる」

「!!」

 ユミトはその貴族の地位に居たのだ。

「命を懸けろよ。お前も『水装士アーバーン』だろ」

「……」

 アルファの眼に決心の炎が灯った。

「姫様、こっちへ」

「うん」

「!」

 アルファはステラを『宝瓶』へ招く。が、その前にステラは既に『宝瓶』に飛び込んでいた。

「こっち」

「……!ちょ……!」

 そのままステラは潜りだした。

「ハッハッハ。置いてかれるぞ?」

「……ユミトはどうすんだよ?」

「俺?俺は……女王が心配だからな。助けてから、お前らを追うよ。けど待たなくて良い。『レオ』で会おう」

「…………」

 アルファは流石に、それは嘘だと見抜いた。

「……分かった。早く来いよ」

「ああ」

「ユミト」

「?」

 だが、アルファは従った。何故なら彼は『水装士』だから。

「さよなら」

「……ああ。アルファ、愛してるぜ」

 そしてユミトも、『水装士アーバーン』だったから。

 ユミトの涙を見なかった振りをして、アルファは潜り始めた。ステラはどんどん先へ進んでいた。



「やあやあ。どこぞの『水装アープ』使いさん」

 扉は開かれた。カハに続いて大量の甲冑兵が降りてくる。

 その数は50ではきかないだろう。

「……よぉ大将。アクアリウスの『国宝』に何の用だ?」

 ユミトは『宝瓶』の前に座っていた。

「ははは。またまた。ここに『星海の姫』が居る筈だ。だろ?」

「ホシウミノヒメ?なんだそりゃ。人の名前か?」

「とぼけちゃって。……捕らえろ」

 カハは甲冑兵に命じる。甲冑兵達は前に出て、ユミトの腕を掴もうとする。

「!!」

 だが、その腕は斬り落とされた。

「ぎゃぁぁぁぁああ!」

「!!」

 一気に甲冑兵達に緊張が走る。

「……抵抗するんだ」

 カハは黒衣から『火器アームズ』を取り出した。

 ユミトは立ち上がっていた。

「はっ。まあな」

「君は知らないようだから教えるけど、戦争は俺らの勝ちだ。ここで大人しく『星海の姫』の居場所を吐けば、死にはしないよ」

「……あー……?」

 ユミトは呆れたように剣を肩に乗せてから、切っ先をカハへ向けた。

「護るべきモノを護れなくて何が『水装士アーバーン』だ。……まずアステイル様の仇。それは取らせて貰う」

「仇討ちねぇ。……あ、そういえば女王様も自殺しちゃったよ」

「だろうよ」

「あれ、怒らないんだ」

「ふぅ……」

 ユミトは息を吐いた。溜め息ではなく、決意の息だ。

「もう、喋るな。俺達の怒りは、この剣と『水装アープ』で教えてやる」



「…………!!」

 泳ぐというのは、水平に進むよりも、下へ潜る方が遥かに力が要る。

 そして当然、長く潜っていれば体内の酸素が減っていき、非常に危険な状態となる。

「(……!やばい!し、死ぬ!)」

 『宝瓶』からの抜け道は本来は抜け道として作られた物ではなく、自然の物だ。

 アルファは潜る力と技術こそあれ、ここまで深く潜った事は無かった。

「(ま……まだ着かないのか!?)」

 だが、苦痛に悶えるアルファとは逆に、ステラはまるで鳥にでもなったかのように、優雅に進んでいた。

 一応言っておくと、ステラはずっと『泉の街』で暮らしてきた。水泳など、全くしたことが無い。

 『宝瓶の間』の扉を開けてから、明らかにステラは別人の様だった。

「――!!」

 アルファの息が限界に達した直後、光が差した。



「……ここは?」

 ぜいぜいと息を整え、陸へ上がる。辺りを見回すが、ユミトの言う通りの森では無く、まだどこかの洞窟内だった。水面が自然と光る為、周囲を確認できた。

「姫様……?」

 ステラは先に上がったようだ。小さな裸足の跡が真っ直ぐ続いている。その脇、洞窟の通路の真ん中に、跨げるほど細く小さな水の流れがあった。恐らく『宝瓶の間』へ続く川だ。ステラはこれを上流へ辿るように向かったらしい。

「…………」

 アルファは迷わず追い掛けた。



 柔らかく光る水の道に導かれるように進むと、洞窟を抜けた。雨が降っている。丘の上の草原に出たのだ。

「……あれ?」

 アルファはふと首を傾げる。ここは王都で、盆地の筈だ。王宮はど真ん中で、山からは最も遠い筈だ。こんな小高い丘は、山からは見えなかった。

 丘の上から景色を見下ろす。そこに街は無かった。火も煙も見当たらない。そんなに遠くまで泳ぎ、歩いたような気もしない。

「……姫様」

 水の道の先に、ステラが居た。綺麗な白い肌を惜し気無く晒している。近付くと、彼女の視線の先に小さな岩があった。

「……これは」

「『水瓶』だよ」

 ステラが答えた。

 アルファも見る。膝ほどの大きさの岩の上にはひとつの『瓶』に見える『モノ』があり、淵には水が張っていた。中心からコポコポと水が湧き出ているようだ。それが水の道に繋がっている。つまりこれは。

「宝水の源泉」

 ステラは、先程から独り言のように呟いている。アルファに目もくれない。だが決まって、彼が側に居る時に呟くのだ。

「『私は水の性質を変えることができる』」

「……姫――」

 また呟き、その『水瓶』を持ち上げた。

「……?」

 何をしようとしているのか。アルファは見ることしかできない。

「『私達の始まりの瓶』。『星海の民の役目』」

 そう言って、『源泉』の水を頭から被った。



 遥か昔。

 ヴェルトラオム大陸には3つの家族があった。全員で1万人も居ない、小さな村で暮らしていた。その頃から水は貴重であり、また浄水技術も今ほど発達していなかった為『死の水』の成分は殺しきれず、平均寿命は長くなかった。

 世代を重ねる内、人数は増えていった。そして水不足は休息に深刻な問題になっていった。3つの家族はそれぞれ対立し、少ない水を奪い合う戦争に発展した。


 ある時、『死の海』を渡ってきた者達が居た。彼らは高濃度の『海水』には手を出さなかったが、山の水や雨水などに悉く触れていった。

 すると、それらの水は全て、煌めくような『清水』へと変貌した。これでもう水を巡って争うことは無い。人々は満たされた。


 私達星海の民は世界の水を管理するために生まれてきた。


 彼らはそう言った。大陸で唯一、危険の少ない水が湧き出る場所に拠点を起き、それを浄化して皆に配布すると約束した。

 もうふたつ、彼らの言葉がある。


 『私達が触れていないと、水は忽ち毒へと戻るだろう』

 『その時被害を被るのは、星海の民や水の民では無い』


 彼らは彼らの女王の死後、女王を使って『瓶』を作った。骨を砕き、伸ばし、固め器とし、その中に水を張り、肉を入れた。

 これで、いつまでも水は清らかだと。



 雨音は、足音を隠す。

「!」

 ステラは今、正気ではない。放られた水瓶の行方を目で追ったアルファだけが、それに気付くことができた。

「…………」

 黒い衣を纏う者が立っていた。

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