第12話「宝瓶の間」

 戦場は一気に静まり返った。巻き上がった戦塵はやがて晴れていく。

 もうはっきりと、国王の首は確認できた。

「……は?」

「……アステイル様……?」

「どういう……え?……なんで……?」

 門前の『水装士アーバーン』達は愕然とし、武器を落とした。

 誰もが信じられないという表情だった。彼らがここで敵を食い止めて居るから、王と女王は無事な筈だからだ。

「武器を下ろせ!この戦争は終わりだ!」

 『ネヴァン商会』と甲冑兵の指揮官、カハは高らかに叫ぶ。

「双方武器を収めろ!甲冑の兵達よ!この戦争は……我々の勝利だ!」

「ウオオオオオオオ!!」

 続いて戦場の甲冑兵達も鬨の声を上げる。

 戦争は終結した。



「急げっ!!」

 『水装士アーバーン』も甲冑兵も動きを止めた。だがそこで走り出した者達が居る。

「どこへ行くんだよ!ユミト!」

 ユミトとアルファである。アルファはステラを抱きながら走っている。

「……お父、様……?」

 ステラは放心状態だった。立て続けにこれだけの事が起きたのだ。とうに彼女の許容量を越えている。

「戦争は敗けだ!この瞬間王族の末路は決まった!エストレーリャはもう間に合わない。今最善の行動はこれしかない!」

「な、何を言ってるんだ!?」

「付いてこい!『宝瓶の間』は外からでも入れる!」

「え、『宝瓶の間』?」

 ユミトは振り返らず、ぐんぐんと進む。『水装アープ』の推進力は強力である。途中、『水装士アーバーン』達が倒れているのが横目に映る。

「……やけに静かだと思えば、中の『水装士アーバーン』は暗殺されてたのか……!『音の鳴らない火器アームズ』。奴等の隠し玉ってか。『ステラ姫』は最終手段だったが、もうこれしか無い!」



「アステイル様!」

 国王アステイルの亡骸は、広場から少し離れた位置からも確認出来た。

 フォーマルハウトはボロボロになった身体と穴だらけの鎧を引き摺り、王宮へ引き返す。

「早くエストレーリャ様の元へ行かねば!……『ネヴァン商会』!許さんぞ……!」

 その後ろで倒れていた少女は、フォーマルハウトが去るとむくりと起き上がった。

「……けほっ。……止めを刺さない。……むかつく」

 黒衣の少女ムニンもボロボロで、頭から血を流していたが、なんとか立ち上がり、ローブを引き摺りながら王宮へ向かった。



「そこの角から地下へ繋がる道に出る!」

「了解!」

 ユミトとアルファは王宮を駆ける。

 しかし、地下への入り口には甲冑兵が構えていた。

「貴様ら、止まれ!」

「もう戦争は終わった!武器を捨てろ!」

 甲冑兵は槍を構え入り口を塞ぐ。だがユミトは止まらなかった。

「アルファ止まるな」

「えっ」

「いいな、『宝瓶の間』に着いたらまずステラ姫に傷を治して貰え。それから俺を待て」

「ユミト?」

「行けっ!」

 ユミトは甲冑兵達へ突っ込み、剣を抜き吹き飛ばした。

「……!」

 アルファはその隙に地下へ駆け込んだ。



「貴様!くそっ。子供が貯水庫へ行ったぞ!」

 甲冑兵が叫ぶ。が次の瞬間ユミトに斬り捨てられた。

「……お前らがあれを『貯水庫』と呼ぶ限り……俺らより『水』を有効活用出来るとは思えねえな」

「まずこの男を始末しろ!どうせ出口はここだけだ!子供は後で良い!」

「……やれやれ。顔が割れてねえのは幸か不幸か」

 ユミトは逆に、地下の入り口に陣取った。

「立ち去れ。この先へ進むにゃ……お前らじゃ『器』が足りねえ」



「ハァ……ハァ……!」

 右腕から血を滴らせながら、階段を駆け下りるアルファ。

 大きな扉に着くまで数分かかった。

「……ここか」

「ねえアルファ……」

「姫様?」

 扉は分厚く、重かった。だが鍵は無かったので、アルファは『水装アープ』を使って抉じ開ける。

 アルファに背負われるステラが呟いた。

「お父様は……?」

「……」

 ステラは泣いては居なかった。だが正常な精神状態ではないことはアルファは見て判った。

「……姫様」

「……?」

 アルファはステラを降ろして、左手で肩を掴んで向き合った。

「今から『宝瓶の間』へ入る。そうしたら俺の傷を治して欲しいんだ」

「…………うん。分かった。いいよ」

 だがここで、ステラの心をさらに痛める訳にはいかなかった。現実を突き付けるのは、全てが終わって落ち着いてからでも良い。

 ふたりは扉の中へ足を踏み入れた。



 『宝瓶の間』と呼ばれる場所は、洞窟だった。

 『宝瓶宮アクエリアス』とは、洞窟の上に建てられた宮殿なのだ。

 そこは人が1000人入っても埋まらないほど広く、天井も高い。

 光は外から入っていないのに、何故か部屋は明るかった。

 ……その中心にある湖。そこへ向かって、四方八方から水路が伸びている。

「…………」

 湖は蒼白く光っていた。流れ入る水の波紋で湖面が揺れ、光は互いに反射しきらきらと煌めいている。

 水の透明度は見たこと無いほど高く、容易に湖底が見えた。深さは、奥の方は数十メートルになるだろうか。

「……『宝瓶』」

 アルファは呆然と、その圧倒的な景色に立ち止まり息を飲んだ。

「……」

 その脇から、ステラが『宝瓶』へ歩き出した。そして湖岸まで行って、アルファへ振り返った。

「……姫、様」

「アルファ。来て」

 ステラは靴を脱ぎ、服も脱ぎ、まるでいつもこの場に居て、ここが自分の居場所だと言わんばかりに、堂々と『宝瓶』へ入った。

「ちょっ……」

 一目でここが神聖な場所だと解る。だがステラは、アルファの目には間違いなく、『神聖』な景色の一部に映った。彼女が裸になったことに、不思議と違和感を覚えなかった。

 湖面の光に当てられ、ステラも輝いていた。

 アルファは固唾を呑み、手招きするステラの元へ向かった。



「……こんなもんか」

 地上では、ユミトが宮中に入った甲冑兵を片付けていた。

 その数、20人余り。残りは上階で指揮官に付いているか、エストレーリャの確保に向かっているだろう。

「……すまんね姫。アステイル様、フォーマルハウト。……誰がこの場に居てもきっとこうしたろ?」

 ユミトも地下へ入っていった。



 ドアがノックされた。

「……どうぞ」

 彼女は応えた。するとドアはゆっくりと開かれ、ひとりの男が入ってくる。

「お初にお目にかかります。エストレーリャ女王」

 男は黒衣を纏っていた。彼が入ってくると、部屋に少しばかり血の匂いが拡がった。

「…………」

 窓の外では、勝利を叫ぶ敵の声がする。見ると、こちらの兵は絶望の表情を浮かべている。

「まず我が身の紹介を。出身は恥ずかしながら貧民街アステロイドベルト。父は不明。名はカハ、歳は26。『ネヴァン商会』会計長を務めております」

 カハはエストレーリャの前に跪き、わざとらしく手を胸に当て名乗った。

「……はぁ」

「?」

 エストレーリャは溜め息を吐いた。

「こういう時腹を括れる分、女に生まれて良かったと思うわ」

 そして立ち上がって、ナイフを取り出した。

「!? 女王、何を!?」

「『森の泉』に興味を持たなかった時点で貴方達の目的は割れました。問答無用で陛下を殺め、私にはこのような態度を取る理由も」

 エストレーリャの手に、もう震えは無かった。

「おいやめろ!お前ら、女王を抑えろ!女王が居ないと水を奪った意味が無い!」

 慌ててカハは甲冑兵に指示を出す。しかし。

「『人に、水を』。ステラ、愛しているわ」

 エストレーリャは最期まで、ひと粒の涙も流す事は無かった。



「……」

「…………」

 言葉は無かった。ただ無言で、アルファは座っていた。ステラも、無言でアルファの右腕に水をかけていた。


「……は……っ……」

 『宝瓶』から水を掬い、まず口に含む。それから、アルファの腕を取り、舐めた。

 舐める度、ステラの小さな息遣いが聞こえた。

「……」

 アルファはステラを見ていると少し、気が変になりそうだった。地上は戦場の筈だが、ここだけ異様な空間なのだ。

 アルファは治療の間、ずっとステラを眺めていた。



「……塞がった?」

「えっ!」

 ステラがアルファの顔を覗いて呟いた。アルファは慌てて我に戻り、自分の腕を見た。

「……ああ……治った。ありがとう姫様」

 傷は塞がっていた。治療の間、痛みは殆ど感じなかった。むしろ心地よさすら感じた。

 アルファの右腕は、腹の傷と同じ様に痕が残ったが、とにかくもう満足に動かせる。

 アルファはそれで充分だった。



「アルファ!待たせたな!」

 しばらくして、扉が開かれた。ユミトが降りてきたのだ。

「ゆっ……ユミト」

「おう。……なんかお前顔赤くね?」

「……気のせいだろ」

 ユミトは自分の衣服を脱ぎ、『水装アープ』も脱いだ。

 そして『水装アープ』を『宝瓶』へ持っていき、燃料となる水を補給し始めた。

「アルファ。お前の『水装アープ』は?」

「とっくに補給したよ」

「右腕の穴は?」

「しぼって結んだけど……」

「渡せ。すぐ直す。他に破損は?」

 ユミトはアルファから『水装アープ』を奪い、脱ぎ捨てた衣服から工具を取り出した。その手際は抜群だった。今までの旅で度々その街の技師に頼み『水装アープ』のメンテナンスをしてきたアルファ。

 彼が見ても、ユミトの作業はその誰より速く正確だった。

「……お前これ、アセロのやつか」

「うん。最新鋭だってジーさんが」

「良いな。さっきの戦闘でも見たが、水を大量に消費する代わりに瞬間的に爆発力を高められる。この機構は俺も考えてたが……先越されたか」

「……ジーさんは殺された」

「あー。知ってるよ。『泉の街』は全滅なんだろ。って!お前これ腹に大穴空いてんじゃねえか!」

「あ……それは、前に槍で」

「よく死ななかったなお前。塞いだのは誰だ? …………」

「それはジャアの街で――」

「シャムシールのジジイだな」

「判るのか?」

「いや……修復材にジジイの家名が彫ってあった。……俺への当て付けか。あのジジイめ。……いや、この名前はジジイじゃないな。リリー・シャムシール?」

「あ、それは……」

 ユミトは楽しそうだった。アルファも、久々に義父とふたりで話せて、心が安らいだ。

 そんな時。扉の向こうから声がした。

「!」



 数十分前。

「畜生!あのクソ女め!」

 カハは激怒しながら、王宮の階段を降りていた。

 これからどうするか……もしかしたらアネゴに叱られるかもしれない。そんな事を考えながら、ひとまず他の『商会』の者と集まる為に、王宮を出ようとしていた。

「協力者殿!」

 そこへ、ひとりの甲冑兵がカハの元へやってくる。

「……何?」

「西庭にて、フギン殿を発見しました!」

「……分かった。じゃあこっちに来るように――」

「いえ……。もう、息をお引き取りに」

「……は?」

 カハは立ち止まった。

「……我々が発見した時には既に虫の息で、手は尽くしたのですが……。背後から刺された様で…」

「…………そうか。じゃあムニンも死んだか?」

「ムニン殿はまだ報告はございません。……あの、もうひとつ報告が」

「何よ」

「……亡くなられる寸前に、フギン殿がカハ殿へ言伝てを残されました」

「……言ってみろ」

「は。……一言、『ステラ』と」

「……!」



 そして現在。カハは甲冑兵を引き連れて地下への階段を降っていた。

「王女が、『星海の姫』がこの王宮に居るだと……?今まで散々探して影も形も見付からなかった王女が」

 カハは他にも甲冑兵から、戦闘の最中妙な子供連れが王宮の正門を抜けたのを見たという報告も受けた。

「なんにせよラッキーだ。女王が死のうが、『姫』さえ居るなら女王の代わりにアネゴの目的は果たせる。いいなお前ら、絶対に逃がすなよ。傷も付けるな」

「はっ!」

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