第11話「戦場」

 アクアリウス王は、民に、世界に。こう唱えていた。


『私達星海の民は世界の水を管理するために生まれてきた』


 だが周辺国からは、独占と見なされている。それは長い歴史の中で、皆が忘れてしまったからだ。

 『星海の民』というものの存在と実績を。死の海に囲まれたこの大陸で、彼らの働きでどれだけの人々が救われたか。

 『水』という存在の大きさを、再確認させる言葉である。



「姫様、もう大丈夫だ」

「うわあぁぁん!アルファ!」

 アルファの呼び掛けでステラは柱の陰から出てくる。

 雨と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、アルファへ飛び込んだ。

「……っ!」

 アルファの顔が苦痛に歪んだ。

「! アルファ!腕が!」

「……!だ、大丈夫。こんなの……!」

「駄目!えっと、そうだ!水!」

 ステラは覚えていた。自分が怪我を治す水を作り出せる事を。幸い、雨が降っているので水には困らなかった。

「腕を出して!」

 口一杯に雨水を含み、アルファの腕へ吹き掛ける。

 だが傷は深く、アニータが自分でやった時の様には治癒しなかった。

「……!!」

「いいよ、大丈夫。ありがとう姫様」

 アルファが怪我のしていない左手でステラの頭を撫でる。

「……ぅ……!」

 アルファはステラと目を合わせる。ステラの顔はまだぐしゃぐしゃだった。

「……アニータが……!」

「……ああ……」

「死んじゃった……!」

「だけど、その仇は取った」

「ぅん……うん……!」

 ステラは号泣した。それを片腕で抱くアルファの目にも、零れ落ちるものがあった。

「……(ま、今回は見なかった事にするか)」

 ユミトは振り返り、正門の方を見た。

「……しかし、ここまで敵の侵入を許すとは、フォーマルハウトは何をやってんだ」



 王宮の正門。戦場となったそこでは、どちらが優勢かと言えば……この局面だけを見れば、アクアリウス側だった。

「……!!」

「ぐはぁ!」

「ぎゃあ!」

 次々と吹き飛ばされる甲冑兵。その渦中に、ひとりの『水装士アーバーン』が居た。

「……何人たりとも、ここを通さんっ!」

 一際大きな身体、身の丈程の槍、『水装アープ』とは思えないほど分厚い鎧。

 彼こそが『水将』フォーマルハウト・グラディウスである。

「……くそっ!鉄の甲冑がこれじゃ意味無いぞ!」

「指示をくれ!協力者殿はどこへ行った!?」

 甲冑兵達は混乱していた。指揮を執る者がこの場に居ないのだ。

「覚悟っ!」

「うわわっ!」

 フォーマルハウトが甲冑兵へ槍を振るう。

「!」

 しかしそれは、爆音と共に防がれた。

「なんだ……!?槍が弾かれた!?」

「……! 協力者殿!」

 フォーマルハウトは前方へ注意を向ける。

 そこには子供が居た。

「……は?」

 黒いローブを引き摺る少女だった。

「助かりました!ムニン殿!」

 それを見るや甲冑兵は這い這いの体でフォーマルハウトから離れる。

「……フギンは?」

「……先程、王宮へ侵入する、とここを離れられました」

「……うるさい」

「えぇ!」

 ムニンはフードを脱ぎ、ローブの中から弾丸を取り出して『火器アームズ』に装填する。

「甲冑がある分普通の『水装アープ』使いには負けない。あのおっきい人は私がやるから、さっさと正門を突破して」

「……は……はっ!了解であります!」

 甲冑兵達はフォーマルハウトから離れた。

 正門からやや離れた位置に、ふたりは向き合う。

「……子供なぞ相手にならん。さっさと避難しろ」

「うるさい」

「!」

 次の瞬間。フォーマルハウトの手から大槍が吹き飛んだ。

「!! ……!?なに……!」

 大槍は遠くまで飛ばされ、フォーマルハウトの手に穴が空いた。

「ぐぅっ!貴様……!」

「私はコルヴォやフギンみたいに撃つのに躊躇いは無い。殺しを楽しみも。……撃てば、どんなうるさい奴も静かになるから」

 フォーマルハウトは腰に差してある剣を抜いた。ムニンも、今度はフォーマルハウトの身体に『火器アームズ』を向ける。

「容赦せんぞ……!」

「こっちの台詞」



 アクアリウスは女性君主で、女系王政である。

 『星海の姫』が女王となる時、姫は夫を『星海の民』から選ぶ。

 夫は国王となり、国政の内軍事を担当する。よって歴代国王の多くは『水装士アーバーン』である。

 ステラとアルファが『泉の街』を旅立つ際に『水将候補』を迎える儀式をした様に、『星海の姫』が王を迎える時にも儀式を行う。

 『水将』は姫に忠誠を誓い、王は女王に愛を誓うのだ。

 アステイル・ガニュメーデスも、女王エストレーリャに愛を誓った。彼はエストレーリャの姉が『星海の姫』であった時の『水将候補』であった。

「…………」

 その儀式が行われる、王宮の地下、『宝瓶の間』。

 アステイルはそこで、ひとり祈りを捧げていた。神にではない。

 『水』にである。

「陛下!ご避難を!」

 地下から出たアステイルに、『水装士アーバーン』のひとりが駆け付ける。

 王宮内からは雨が見え、正門から怒号も聞こえる。

「私は王である前に『水装士』。護るべき妻が逃げぬ以上、どうして私だけ避難できようか」

「……!」

「私は武人だ。いざとなれば私も出て、フォーマルハウトと共に戦おう。『水装アープ』の用意をしておけ」

「……!ならばもう何も言いません。戦況は逐一お伝えします」

「それで良い」

「それでは陛下――――」

 『水装士アーバーン』が何かを言いかけたが、その言葉は続かなかった。

「――――!!」

 そのまま彼は地に伏せた。

「なっ……!」

「はいチェックメイト」

「!!」

 アステイルの背後から、こめかみに鉄の塊が突き付けられた。

「……!!」

「うん。やっぱ先制攻撃は有効だね。『火器アームズ』の正しい使い方だ」

「……『ネヴァン商会』……!どうやってここへ……!」

「表の甲冑兵を相手にするには、王都の兵だけじゃ足りなかったろ?そりゃ王宮内は手薄になるよな」

「!!」

「1ヶ月じゃ地方の兵も集まり切らない。だろ?」

「……何が望みだ……。水か?」

「いやぁ……はっはっは」

 苦しそうに睨み付けるアステイルに、その黒衣の男は嬉しそうに笑った。

「あんたには実は用は無いんだ」

 無慈悲な爆音が王宮に鳴り響いた。



「ステラ王女」

「……ひっく……ん……」

 王宮の西庭。

 未だ泣き止まないステラの前に、ユミトが跪く。

「誰?」

「ユミト・レイピア。『宮廷技師』です。愚息がお世話になっております」

「……アルファのお父様?」

「ああ」

 ステラはアルファから離れ、ユミトへ向き直った。

 涙を袖で拭こうとしたが、雨に打たれているのであまり変わらなかった。

「……ぐすっ。えっと……ごご苦労様……じゃなくて、あれ……」

「いいよ姫様。今はそんなのはいい。早く『宝瓶』に行かないと。それとも女王様が先?」

 アルファは服を千切り、応急処置として右腕に巻いた。

「そうだな。戦況的にはこっちが押してると思う。まずは姫……違う女王の元へステラ姫をお連れしよう」

 そんな時だった。



――

「静まれ!戦士達よ!静まれ!」

—―


「!なんだ?」

 何処からか声が聞こえた。大きな声だ。拡声器を使っている。


――

「武器を下ろせ!アクアリウスの『水装士アーバーン』よ!」

――


 その声は、戦場に居て何処からでも聞こえる位置。何処からでも見える位置からしていた。

「……上か!」

 それはアルファ達からも見えていた。


――

「これを見ろ!」

――


「……あれは……!!」

 その人物は、王宮の屋根の上に居た。その人物は、手にあるものを掲げていた。その人物は……。

 黒衣を身に纏っていた。

「アクアリウスの『水装士アーバーン』達よ!お前達の王は死んだ!」

 その手には、アステイルの首が掲げられていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る