第10話「再会」
「姫様っ!」
「!」
走りながら、背に負ったステラへ叫びかける。
「俺は誰にも負けない!知ってるだろ!」
「! ……ぅ……うん……」
「ハァ……。何も、怖がる事は無い!俺だけじゃない、ここには沢山の『
「……うん……!」
「それに、女王様と姫様、『宝瓶』がある限り、アクアリウスは落ちはしない!」
「……うん!」
徐々に、ステラは泣き止んでいく。落ち着いて、ひとつひとつこちらの分を数える。
「安心して、再会の言葉でも考えてるんだ!」
「うんっ!」
「おふたり共!『宝瓶宮』です!」
「よし、突っ込め!!」
戦場のど真ん中を駆け抜け、正門から王宮へ入る。
土煙の舞う中、3人は正門を抜けた。後を追う甲冑兵は『水装士』に阻まれる。
今回のステラの還御は『
全員が望んでいた。「『星海の姫』を『宝瓶』の場所へ」と。アクアリウスがアクアリウスたる象徴を。
☆
「……泉の水を、作れる能力……?」
アルファとステラは驚愕していた。アニータの腕の傷が治った事ではなく、それをした水に。
『泉の水』の効果はふたりは身を以て味わっている。
『星海の民』とは、まさかそれを作ってしまうのか。
「とは言っても、そこまで万能な薬にはなりません。精々今の様に小さな傷を塞ぐ程度。水の本質は自然回復能力を高める作用です」
「……!」
「では、逆に『森の泉』は何故『星海の民』と同じ様な水を生み出しているのか。分かりますか?」
「……分かりません」
「よろしい。……『泉の街』は、国の法律により『星海の姫』が幼少期に過ごす街です。これは公表はしていないので知る人物は限られますが」
「……王宮にも、同じ泉がある……?」
ステラが恐る恐る呟いた。
「その通り」
「……!」
「正確には、『泉の水』や私達『星海の民』が作る水よりも何倍も効果の高い水。それを王宮では――」
「『宝瓶』」
「ええそうです。アルファ殿も察しが良いようで」
「でも、それと私が王都へ行かなきゃいけない理由は……」
「地下から涌き出る泉と違い、『宝瓶』を満たす事の出来るのは大地ではなく『星海の姫』だけなのです」
「えっ?」
「王宮の地下には『泉』があります。それに加え、王宮には外から水が流れてくる様になっています。それらを『宝水』に変え、『宝瓶』を満たすのは『星海の姫』にしか出来ない事。それが、ステラ様が国の一大事に王宮へ行かなければならない理由です」
「……お母様じゃなくて?」
「『宝瓶』に満たされた水は王宮を巡り、都の街へ流れ……その水は商人に汲まれ浄水され、国中に行き届きます。アクアリウスの豊かで清らかな『水』の源は、何を隠そう『宝瓶』なのです」
「…………つまり……国中の川の水や雨が地形により一度王宮へ集まり、それを『宝水』にして、再び国中へ流している……?」
「その通り。私たちの最古の『女王』の亡骸を『宝瓶』へ捧げた為、それ以来この国と世界には清らかな『水』が保たれているという伝説もあります」
理解したアルファに、アニータは満足げに微笑んだ。
「まあ、浄水の過程で自然回復能力は殆ど無くなりますが、身体に良い事は変わりません。……ステラ様、分かりましたか?」
「……うーん……別の質問が出てきたんだけど」
「何でしょう」
「浄水しないで『宝水』のまま皆に飲んでもらったら良いんじゃないの?」
「……それについては、また今度にしましょう」
☆
アニータはその日以降も、ふたりに国と水、『星海』について教鞭を振るった。
アニータにとってふたりは良い生徒だった。興味津々で授業を聴き、解らないことは何でも質問し、それらを全て吸収していった。
ふたりにとってアニータは良い先生だった。
常に口調もゆっくりと優しく、解らないことは解るまで熱心に教えてくれた。
ふたりはアニータを慕っていた。何より、頼れる大人が身近に居る事が旅の安心に繋がった。
「…………」
「………………!!」
「……………………ぁ……」
要因があるとすれば、3人の中で比較すれば一番背が高い事だろうか。それとも、王宮へ入った少しばかりの安堵感から一瞬気が弛んでしまったからだろうか。
門の内側で爆音が響いた。
「……ぁ……?」
「アニータ!!」
アニータの胸に、大きな風穴が空いた。
☆
「アニ―……!!」
「姫様っ!」
爆音と共に、アルファはここが戦場であることを再認識した。
彼は冷静になった。冷静に、地に伏せるアニータを置いて、最優先であるステラを担ぎ身を隠した。
王宮には四方に広い庭がある庭には、石の柱がいくつも建っている。
柱のひとつにアルファは隠れた。
「アニータ!アニータぁ!!」
「……!!」
ステラは今にも柱から飛び出そうとしている。アルファがそれを止めているが、ステラは暴れている。
アルファ自身も、気が変になりそうになる。だが、ステラを護るというフレーズだけを頭の中でリピートさせた。それだけを考える様にした。
「!!」
再び爆音が轟き、ふたりの居る柱の端を削った。
「……ぅ!!」
さすがのステラも固まった。
「……へぇ。その反応、『
「…………」
柱の陰からは見えないが、声が聞こえた。
恐らくアニータを撃った『
「……侍女か。まだ避難してなかったのか?いや……服の汚れを見るにさっきまで外に居たな。……それにお前、『
そしてまた、爆音と共に柱が削られる。頑丈な柱だが、そう何度も耐えられないだろう。
「あんなガキが王宮に居る筈がねえ。居るとすれば……そいつぁ王女だろ!」
もう一度『
「(姫様はここに隠れてろ。俺が一瞬で倒す)」
「(駄目!死んじゃう!やだ!)」
ふたりは声を細めて話す。ステラは今にも泣き出しそうな表情だ。
「(俺は誰にも負けない)」
「(や!やだ!)」
恐らく王宮へ侵入した『
アルファはステラへ最後に笑いかけ、柱から飛び出した。
「やだ!アルファぁぁあ!!」
☆
「出てきたなっ!オラァ!」
黒衣の男――フギンは飛び出したアルファへ向け、引き金を引く。
だが『
「チッ!意外と速えな!」
バシュンとアルファの『
その速度のまま長剣を構え斬りかかる。
「うおお!」
「……っ!」
だがフギンはそれを避けた。彼もまた、『
「体勢が崩れたなぁっ!」
フギンの『
「……!!ぐぅっ、あぁっ!」
『
「ははぁっ!この『
のたうち回るアルファ。フギンは彼に狙いをつけた。
「いやあぁぁぁぁああぁぁあああ!!!」
ステラの悲鳴が『宝瓶宮』に木霊した。
☆
「おい」
「!」
一瞬だった。
フギンが何者かに蹴り飛ばされ、地面に転がった。
ベチャベチャと音がした。いつの間にか、王都に雨が降り始めていたのだ。
「……!くそがっ!誰だ!」
フギンが立ち上がる。目の前には、月明かりに照らされた茶髪で蒼眼の男が立っていた。
「…………よぉーおアルファ。元気か?」
男はフギンに見向きもせず、横で転がるアルファへ声を掛けた。
「……!!」
アルファは男に気付き、痛みを強引に抑え立ち上がった。
「これが元気に見えるかよ。バカユミト」
その表情は、先程より柔和になっていた。
☆
清水を讃える『宝瓶宮アクエリアス』。その、正門を潜ってすぐの西庭に揃った役者は4人。
ステラ・ガニュメーデス。彼女は柱の陰に隠れ、ただただアルファの無事を祈っている。
その、ステラの騎士アルファ・レイピア。右腕を弾丸が貫通するも、強靭な精神力により立ち上がる。
彼の隣に、ユミト・レイピア。アルファの養父であり『宮廷技師』。
そして彼らの敵、『ネヴァン商会』メンバーである黒衣の男フギン。
現場は本格的に雨が強くなってきた。
☆
「……お前も『
フギンが泥から立ち上がり、『
「おっと」
「ぐあっ!」
『
ユミトがアルファを蹴り飛ばしたお陰で、当たらずに済んだのだ。
「このバカユミト!蹴んなよ!」
アルファが飛び上がりユミトを糾弾する。
「蹴らなきゃ死んでたじゃねえか」
「……!!」
「動けるか?」
ユミトは少し優しい口調になり、アルファに訊ねた。
「……問題ない」
アルファはぶっきらぼうに答えた。
「よし。じゃあちゃっちゃとあいつ倒して、王女殿下を姫……じゃなくて女王の所へ連れていくとしよう」
「……あいつは俺がやる」
「シカトしてんじゃねえーよ!!」
「!」
フギンが『
「あいつはアニータ……姫様の侍女を殺した。姫様の目の前で。……1ヶ月一緒に旅して来たんだ。俺が仇を取る」
「へぇ……」
ユミトは柱の陰から広場を見る。フギンの近くに、女性が倒れているのが確認できた。
「…………」
「ふぅー!」
アルファは剣を左手で持ち直して柱から飛び出し、再びフギンへ斬り込む。
「何度やっても無駄だぁ!」
「!!」
同じ様に『
「チッ!」
狙いを知ってフギンは腕を引く。またアルファは空振りし、今度は雨のせいで足元が弛み転けてしまう。
「くそっ!」
「ははぁ!バカめ!死ね!」
そこへ容赦無く『
「!!」
爆音が響いた。が、アルファには当たって居なかった。
「……お前……!!」
ユミトだった。ユミトはアルファとフギンの間に立ち、フギンの『
軌道を逸らしたのだ。
「アニータ・オレイエット」
「あぁ!?離せよ!」
ユミトが呟き、フギンの顔が歪む。
「さっさと離せ!……このっ……!くそっ!」
フギンは必死に振りほどこうとする。が、ユミトの手は離れない。これでは『火器』は意味をなさない。
「……
「この野郎!離……!!!」
ユミトは『
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁああ!!!」
暴れ狂うフギン。だがまだユミトは離さない。
「あぁぁぁああ!」
「……!!」
痛みに歪むフギンの背後に、立ち上がったアルファが現れた。
「……『
「……!!」
ユミトの台詞と同時、アルファは左手に持った長剣で、フギンの心臓を貫いた。
「…………」
☆
フギンが動かなくなり、ようやく手を離したユミト。
彼はフギンへ向けて口を開いた。
「お前が殺したのは『姫』の親友だ。……俺の息子も懐いていたらしい」
「……ユミト」
随分と辺りは暗くなっていた。雨雲により月が隠れた事によるだろう。
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