第2話「水装士」

「マルガ!」

「!」

 泉の畔に、また別の声が木霊した。その声はアルファと向き合う大男へと近寄ってくる。

「なんだ。今やっとアルファのガキを……」

「そんなことはどうでもいい!撤収だ!ラガーはどうした!早く来い、引き上げるぞ!」

 やってきた男も軍服を着ている。その表情はとても焦っていた。

「どうしたんだベイグ。そんなに焦って」

「いいから屯所へ戻るぞ!ラガーはどこだ?一緒じゃないのか!」

「ラガーはそこで伸びてる。って、アルファを見逃すのかよ?」

「そんなことはどうでもいいと言っただろ!とにかく急げ!……ってステラ姫ェェ!!?」

 焦る男はステラを視界に認めさらに動揺する。

「……!!おいアルファ!お前姫になにもしてないだろうな!」

「…………」

 アルファは頭を掻きながら、男とステラを交互に見る。ステラも現状を把握できていないようだ。

「え、姫?まじで?誰が?」

「ええええ!! あー!もう、時間がない!お前に割く暇なんてない!急げマルガ、ラガーを担ぐぞ!」

「……お、おう。しかし、本当にいいのか?それに姫様がこんな所に」

「それを今、上にのんびり報告している場合じゃないんだ!」

「いや、姫様だぞ?それより優先する事なんかあるのか?」

「~~~!! あーくそ!」

 焦る男は頭を掻きむしる。そしてアルファを指差した。

「その『アープ』は預けておく!いいか、必ず姫様を護れ!お前の水と命に代えてもだ!分かったな!」

「……はぁ……?」

「おい、どういうことだよベイグ、説明を」

「いいから!早く!」

 男達は慌ただしく、その場から去っていった。



 泉の畔に、ぽつりと残されたふたり。まるで嵐が去ったかのように静かだった。

「…………」

 アルファとステラは眼を合わせる。

「えっと……お前姫様だったのか……でしたか」

「……うん」

 ややあって、アルファは歩き出した。

「まあ……じゃあな、姫様。水ありがとうな」

「うん。じゃあね」

 姫様を護れ。そう言われたが、ピンとこない。別に自分が居なくても、王女には護衛が沢山付いているだろう。アルファは自分には関係無いと、帰り始める。

 ステラも、何がなんだか分からなかったが、そろそろお腹が空いてきた。屋敷へ帰ろうと思い、来た道を引き返す。

「……」

 来た道を……。

「…………」

 眼前に広がる森。鋪装された道など無い。僅か10歳のステラに見分けが付く筈が無い。



「待って!」

「ん?」

 アルファは後ろを振り向いた。ステラはやや焦った表情で、アルファの元へ駆け寄る。

「どうした姫様……です?」

「ねえ、お屋敷がどっちか分かる?」

「……何のお屋敷?」

「私の」

「…………」

 アルファはしゃがんでステラと目線を合わせた。

「あのな、普通王族は都に住むモンだ」

「うん」

「で、ここは都からうんと離れた街だ」

「うん」

 こくこくと頷くステラ。

「王女の屋敷なんて、都の宮殿以外俺は知らない。お前……じゃないあんたが王女だってのもさっき知った俺が、あんたの今日帰る家の場所を知ってる筈が無い」

「……うん」

 しょんぼりと俯くステラ。アルファは溜め息を吐いた。

「帰り道分からなくなったのか」

「……うん」

「屋敷は森に近かったか?」

「……多分」

「そうか」

 アルファは立ち上がってステラの頭に手を乗せた。

「街までは案内してやるよ。そこからは人に訊いたら帰れるだろ」

「……うん」

 ステラはその手を取った。



 森を出る頃には、陽は昇っていた。ステラが途中で足が痛いと言い出したので、アルファが背負う事になった。そしてその内、ステラはアルファの背で眠ってしまっていた。

「……!!」

 それはまさに惨劇だった。ステラは眠っていて良かったかもしれない。

「ぎゃぁぁぁああ!」

「うわぁぁぁぁ!」

 阿鼻叫喚。

 燃える家、血塗れの市民、壊される街。

「……なんだこれは……!?」

 甲冑を着込んだ数十人の兵が、街を滅茶苦茶にしている。アクアリウスの兵ではない。この国の兵士は甲冑を着る事は無い。

 甲冑を着込んだ敵は、槍を振り回して家の壁を壊している。殴り付けて市民を吹き飛ばしている。ひとっ跳びで何メートルもジャンプした。

 縦横無尽に暴れている。重い鉄の甲冑を身に付けているのに。

「はっ!……ジーさん!」

 しばらく呆気に取られていたアルファは、こんな事態にまず心配すべき身内を思い出した。そしてステラを抱えて、甲冑に見付からないように走り出す。

 目的地は街から少し外れた、とある研究所だ。



「! 研究所が!」

 研究所からは煙が立ち上っていた。アルファは焦燥感に駈られながら一目散に走る。

「ジーさん!無事か!」

 そして勢い良く研究所の扉を開けた。

「ジーさん!どこだ!返事しろ!」

 研究所の中は荒らされていて、明らかに敵が入ったと分かる。

 火も点けられたようだ。アルファは急いで探す。

「……アルファ、か」

「! ジーさん!」

 アルファはどこかから聞こえたか細い声を聞き逃さなかった。

 部屋はすぐ見付かった。いつもの研究室だった。そこまではまだ火は回っていなかった。

「大丈夫かジーさん!」

 そこには血だらけで倒れ込むひとりの老人がいた。白衣を着ている。

 アルファはステラを脇に寝かせ、老人を支える。

「……すぐに……逃げろアルファ。この国は…もう駄目じゃ」

「何言ってんだよ!あんたが大丈夫か!」

「……その、『アープ』……お前が取り戻してくれたのか」

「当たり前だろ!……まさか、これ軍(あいつら)が!?」

「がはっ!……いや、違う。やつらとて『水の民』。ここまではせんよ」

「だったら!」

「……ゴホッ!ゴホッ!」

「おい!しっかりしろ!」

 アルファの支えにより、なんとか壁を背に座る老人。

「…………その娘、もしや『星海の姫ステラ』か?」

「え? あ、ああ……そうだ。姫様だ」

「お前が救い出したのか」

「は? いや……これはたまたま泉で」

「ゴホッ!……いいか、よく聞けアルファよ」

「?」

 老人は息を整え、真剣な眼差しでアルファを見据えた。

「『星海の姫ステラ』を、都まで送り届けるんじゃ。一刻も早く」

「はあ?」

「最早この街に戦える者はお前しか居らぬ。必然的に、姫を護れる者もな」

「な、何言ってるかわかんないよジーさん!」

「良いな!必ずじゃ!!」

「……!」

 必死の形相の老人。その気迫に押され、アルファは頷いてしまった。



「――おや?まだ誰か居るのか?」

「!!」

 入口から声がした。振り向くと、甲冑を着込んだ兵士が槍を持って入ってきた。

 アルファは怒り立ち上がる。

「お前がジーさんをやったのか」

「殺った?まだ生きてるじゃないか、そのジジイは」

起動フリューエント

 アルファは弾丸の如く甲冑に突っ込んだ。比喩ではないスピードで。

「なんっ!?」

 突っ込まれた甲冑兵士は重々しく倒れ、壁を破壊して部屋の外へ出される。

 しかし、鉄の甲冑を着た兵士と、片やゴム質の服1枚のアルファ。

 この衝突によるダメージはアルファの方が遥かに大きい。

「ぐぅっ!」

「ハハハ、驚いたな。お前も『アープ』使いだったのか」

 笑いながら立ち上がる兵士。だが甲冑に物理攻撃が通らない事はアルファも分からない訳ではない。

「違うよ」

「?」

 兵士が倒れている間に、アルファは研究室に立て掛けてあった長剣を拾っていた。これはよくここへ出入りするアルファだからこそ知っていた剣だ。

 その剣を構えて兵士に突き付ける。

「アクアリウスじゃ『水装アープ使い』じゃない」

「は?」

「『水装士アーバーン』って言うんだ」



「アーバーン……?」

 甲冑を着込んだ兵士は槍を構え、アルファと間合いを取った。

 そしてアルファへ襲い掛かる。

「『水装アープ』を使ってる事に変わりはないだろ!一体何が違うんだ!?」

「ふぅ――っ!」

 槍と剣では、圧倒的にリーチの差がある。アルファの剣がいくら長剣とは言え、槍に敵う筈が無い。

 だが、一度槍の間合いの、その内側に入れば、槍は小回りの効かない不便な武器と化す。

「!」

 アルファは甲冑兵のひと突きをひらりとかわし、長剣を甲冑のどてっ腹に打ち付ける。

 しかし、細い長剣で分厚い甲冑を斬れる筈は無い。

「ハッ!その程度か!」

「……!!」

 アルファの肩甲骨辺りから、バシュンと水蒸気のようなものが噴き出された。

「うおおおおおおお!!」

 すると甲冑に打ち付けられた長剣は、次第に甲冑へめり込んでいく。

 ビキビキ、メキメキと音を立てながら、甲冑を砕いていく。

「な……なんだ……!」

「ああああああああああ!!」

 ついに剣は振り抜かれた。甲冑を粉砕しながら、兵士を一刀両断した。

「……!!ごふっ!……か! ……鉄の甲冑を……剣で……?」

「はぁー!はぁー!」

「非常識な奴だ……」

 兵士は倒れて動かなくなった。アルファはその場に座り込み、血濡れた剣を翳した。

「……何が違うんだろう」



 遠くの方で爆発音が聞こえた。ここももう危ない。アルファはなんとか立ち上がり、老人の方へ向かう。

「…………」

「……姫様?」

 ステラは起きていた。そして、涙を流していた。

「……おじいちゃん、寝ちゃったの。起こしても、眼を覚まさないの……」

「! ジーさん!」

 アルファは老人の肩を揺らす。だがその声に反応する事は無かった。

「ジーさん……!」

「……私のおじいちゃんもね、この前寝ちゃったの。おじいちゃんおばあちゃんは夜じゃないのに寝ちゃったら、もう起きられないんだって」

「……!!」

 ステラの説明と、老人の現実に。しばらく、アルファの頭は停止していた。



「行こう」

「おじいちゃん置いていくの?」

「ああ。ジーさんは研究所と一緒に燃える。火事の後は雨が降る。灰になったジーさんは雨で水に還る。それでいい」

「……でも私のおじいちゃんは『すいそうしき』っていうのをやったよ」

「良いんだよ。ジーさんは『星海の民』じゃないから」

「そうなの?」

 部屋の入口にはもう火が迫っていた。それにそこには甲冑兵も倒れている。アルファは長剣と一緒に部屋の物を老人の鞄に積め、入口と反対側に向かった。

「裏口から出よう。歩けるか?」

「……うん。大丈夫」

 ふたりは研究所を後にした。



 アルファの心中は穏やかではなかった。

 街が襲われ、育ての親を喪い、残ったのは自分と王女。

 今日この日、アルファは軍の屯所に忍び込み、あるものをくすねた。それは研究所で作られた最先端のものだった。

 軍はそれを完成と同時に、半ば強奪と同じに搾取したのだ。あの老人はそれに怒り、話を聞いたアルファが行動した。

 別になんてことのない、普通の日だった。アルファの悪戯など、街の軍関係者にしたら茶飯事である。

 それがどうだ。今日この日、アルファは日常を失ったのだ。

「……お腹空いてないか」

「……ちょっと空いてる」

 だが、アルファはステラに弱味を見せなかった。無理矢理、そう振る舞った。

 アルファの中には、彼の理想の『水装士アーバーン』像があった。立派な水装士は、弱い所を他人に見せない。

 アルファの夢は水装士だった。だからこそ、老人が自分の為に開発した最新鋭の『水装アープ』を誰にも渡したくなかったのだ。

「……大丈夫?」

 ステラがアルファの手を握り、心配そうに訊いてきた。無意識に震えていたのかもしれない。

 アルファは深呼吸した。自分の中で、自分自身に活を入れた。

「大丈夫だ。さあまずはあんたの屋敷へ行こう。きっちり送り届けるよ」

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