3-1 再現都市<東京>
人類歴二九八年七月一四日 〇九時一七分
再現都市<東京>
鈴音が泥酔していた如月を揺り起こし、前橋駅で降ろしてから約三〇分後――。
彼女は東京の上野に到着した。
駅から出ると直ぐさま上野公園中央にある展望台へと向かった。
五〇メートルを超える高さの展望台は電波塔の役目もあるためか、頑丈な作りのものでそこそこの広さの展望室もある。地形的にも海抜五〇メートル以上の場所にあるので海面から測れば高さ約一〇〇メートル。
東京を手軽に一望出来る身近な場所になるはずと、鈴音は仙台にいた時から目星を付けていた。
「本当に、写真集通りの都市なんだ……」
一人しかいない展望室の中で、彼女は感嘆の声を零した。
雲一つ無い快晴の空と、強い夏の日差しを浴びて輝くビルと森のコントラストが、彼女の眼前に拡がっていた。
南には摩天楼と呼ぶに相応しい高層ビル群。
南西には復元された皇居とそれを囲む深緑の森が見え、目を凝らせば東京湾の赤い海も見えた。
あの赤い海では、今日も回収業者が命懸けで仕事をしているのだろう。
そして人が月にも火星にも、高額とはいえ個人の旅行で行ける時代。インテリジェント化と呼ばれた各種情報端末を素材レベルで組み込みことなど、とうの昔に終わっている。
人間が住むために必要な建築物の機能は普遍だが、それを形作る素材やデザインは時代によって大きく変わる。
それらが寄り集まっているのが街や都市である以上、街並みは時代と共に変化せざるを得ない。
林立する高層ビルが大都会を印象づけるのは今も昔も変わらないが、近年のビル等の屋上は公園化するのが義務付けられているし、大規模建築物にはハニカム構造による強靭化が図られ、それに伴い一〇〇メートルを超えるような高層ビルは、特殊な用途がない限り制限されている。
付け加えれば、どの都市でも大体一つはある重装要塞もない。
しかし、ここの――少女が今展望台から見る眺めには、そんなものはない。
一〇〇メートルなど優に超えるビルが立ち並び、緑地化もなされていない。ビルはただの四角い建物で、街並みにはコンクリートと木造の建築物が無秩序に組み合わさっている。
三〇〇年ほど前に瓦礫と化した都市とは思えないほど、無秩序な街並み。
それは元号で言えば平成、西暦に直せば二〇三〇年代から六〇年代の街並みそのもの。
不規則な上に統一性など無い、コンクリートで作られた高層ビルと木造の家屋が混在する都市。交通は信号機により統制され、道路には操縦者が自らハンドルを握る必要のあるレプリカの自動車が走る。
その中で、鈴音は赤い回転灯を回しながら走る白と黒の警察車を見つけた。
「なにもそこまで徹底しなくてもいいのにね……」
わざわざ地上を走る緊急車両に、驚きを通り越して呆れてしまう。
仙台ですら一般的な警察のエアロバイクさえも、ここでは使用禁止。
「早めに、秋葉原に行こう」
独り言を呟くと、不意に思い出したことがあった。
「――東京を復元した際、この時代で復元したのには意味がある、か」
この言葉を教えてくれたのは祖母の凜だ。
祖母は事実だけを教えてくれたが、その理由までは教えてくれなかった。
ただ、訳知り顔で「自分で探し出したとき、初めて鈴音だけの真実を掴むのよ」と謎かけのような言葉だけ残した。
一体何のことを言っているのか全く分からなくて、極々自然とオルトリンデに訊ねたときは「鈴音様が大人になったら分かりますよ」とだけ答えられた。
数年前、今と同じ夏に、実家で交わした三人の何気ない会話の一部。
心の奥底に眠っていた言葉に、微妙に意識が引っ張られている気がする。
とはいえ、新しい土地に対する好奇心がそれに勝り、少女は再び駅へと歩き出した。
改札を通り、電車に乗り、二〇分も掛からないだろう。
越境には多少時間が掛かるかもしれないが、そう長くはないはずだ。
人類滅亡の危機であった生存戦争以降、世界で唯一独立を果した国家<秋葉原>。
少女は上野駅に戻る途中、上野動物園の方角に顔を向けた。
大昔、世界各地の動物が集められていたという動物園には、今では一匹の野生動物もいなかった。
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