第3話 海からの使者
目覚ましがなる。
ぼんやりスマホを見つめると、画面には7:30と表示されている。
あのまま泣き疲れて眠ってしまったようだ。私はスマホを振って目覚ましを止め(20回振らないと止まらない。とても面倒だが寝起きの悪い私が確実に起きれるのがこのアプリだけだった)軽くなった足をベットから取り出し、床に足をつけた。
「ひっ!」
思わず声が出た。氷のようだ。冬の朝だ。
ついこの前まで温かい日もあったのに。寒くなるのは一瞬だなぁ。地球の温暖化もなかなか進まないもんだなあ。心地い暖かさの布団の中に足を戻し、どうしたらこのまま優しい温度に包まれていられるかと考えたが、いい案は思いつかなかった。1日じゅうここにいれたらいいのになぁ。
そしてぼんやりしているうちに今日は自分の誕生日である事を思い出した。
スマホをよくよく確認すると、来てる来てる。たくさんのおめでとうメッセージが。学校の友達からも、ツイッターのあゆむ君繋がりのフォロワーからも。
動くスタンプやたくさんの絵文字。キラキラしている文面に顔がほころぶ。
あ、顔で思い出した。
昨日あれだけ泣いたから、今朝の自分の顔、絶対やばい。
早く支度しないと、ただでさえ、私の身支度には時間がかかるのだ。
フワフワのボアで出来ているピンクのスリッパに、温度を取り戻した足を突っ込む。白いカーディガンを羽織る。窓には今にも凍りそうな水滴がたっぷり。
あの光る城は消えてなくなっていた。
自室を出て、階段を下るとパパが玄関で靴を履いていた。
「あ、レミおはようさん」
「おはようさんとかおっさん臭いからやめて」
「もうパパもさ〜おっさんカテゴリーから逃げ切れなくなってきたんだよね〜。諦めて受け入れることにしたよ。ほな、いってきマンモス〜」
「やめて、めっちゃ寒いから」
「あー今朝は冷えるからねぇ」
「意味が違うし、おっさん」
「…ストレートにおっさんて言われるとちょっと傷つくな…そうだレミ、お母さんとちゃんと話すんだよ。さりげなく謝ってさ。大事な話らしいからね」
「…朝から気分悪くなった」
「はあ〜一晩寝たら水に流しなさいよ」
「嫌だ、まだ会いたくない。私、根にもつ重い女だから」
「ははは、全くどこで覚えてくるんだか。レミ。お誕生日おめでとう。いいお店予約したから、楽しみにしててね。今日パパ早上がりしてくるから、17時に家集合だよ!その前にお母さんと話す事!」
じゃあ行ってきます!とパパはいつも通り家を出て行った。
なんで昨日あんなに暴れた私にこうも優しくできるのかな。
あまりにいつも通りすぎて、謝るタイミングを失ってしまった。
バタン、と閉まったドアを、私はしばらく見つめていた。
パパは仕事の帰りがすごく遅い日もあって、しばらく顔を合わせない時があった。まだ幼かった私は寂しがって、ママに泣きついていた記憶がある。ある日突然、朝起きるとパパが玄関にいるようになり、私とこの朝の一言をかわすために電車を1本遅らせていることを後々ママから聞いた。仕事が早く終わる日も、忙しい日も、遅い日も、毎朝だ。
スマホがブブッと震えた。メッセージの通知だ。
誕生日おめでとう、とポップアップが表示されている。
画面の右上にある時計は7:45分を示していた。
そうだ、時間あんまないや。お腹が減って胃が痛む。
朝ごはん…食べたいけど、ママに会いたくない。
というより、昨日の今日ではまだ会わせる顔がない。
私はリビングを素通りして玄関から反対側にある洗面所へ向かった。
だから外で、パパが悲鳴をあげたことには気がつかなかった。
「うっわ、やっば!!」
鏡に映ったパンパンの目を見て、可愛くもない低い声が出た。
もともと奥二重なのだが、二重が消滅してひとえになってしまっている。
どうしよう、とりあえず冷やしたらいいのかな。それともいっそ熱いお風呂で汗をかいたほうがいいのだろうか。鏡に映った一重がうろたえた目をしている。
「ママー、むくみってどうやって取ったらいいのー」
あ、違う違う。喧嘩してるんだった。
「……」返事はない。やっぱりママ怒ってるかな。当たり前か。
スマホで“むくみ 取り方”で検索してみる。
ふむふむ、たくさん出てくるな。
“まぶたが腫れてしまった朝には、冷たいタオルと、レンジで温めた温かいタオルを用意しましょう。その2つのタオルを30秒ずつ交互にまぶたにあてます。目元の血行が良くなり、むくみを解消します”
うーん、面倒くさ。キッチンに行かなくちゃいけないし。いやでも今そんなこと言ってる場合じゃないか。タオルを棚から2枚取り出し、重い足取りでキッチンへ向かった。そっとドアを開けたが、ママはいなかった。ほっ。シンクでタオルを濡らして、1枚をレンジにかける。
ダイニングテーブルには、私の席におにぎりと味噌汁が用意されている。
…私の分も用意されてるなぁ。胸がじんわり暖かくなったが、すぐにかき消した。うん、タオルを温めている間に食べてしまおう。おにぎりを頬張っていたらレンジが温め完了のメロディを歌った。今日のおにぎり、あんまり美味しくないな。なんか、生臭い気がする。お米が古かったのかな?まあいいや。
タオルを取り出し、目の上に乗せる。熱すぎる。取り出したてを乗せるのは失敗だったか。しかしこれぐらいの温度の方が確実にまぶたの血を巡らせてくれる気がして、なんとも効果があるように思えた。30秒経過。次は冷たいタオルで冷やすんだったかな。
熱いタオルを外すと、太陽が差し込む明るいいつものリビングが見えた。
リビングから見える庭の芝生も、ママが水やりでもしたのか、今日は太陽の光でキラキラ輝いている。冷たいタオルを乗せてまた30秒が経つのを待った。
ピンポーンとインターホンが鳴った。
ママが出るだろうと思ったから、そのままタオルを乗せ、上を向いていた。
あと10秒だ。
ピンポーン。もう一度鳴る。
4.3.2.1…タオルを外す。
ピンポーン。
「ママ、出てよ!」
叫んでみたが返事はない。家の中は静かなままだ。
ママ、出かけたの?それならそうと言ってよ。
ピンポーンピンポーン。
ああそうか、じゃあ私が出なくちゃ。
「はい…」
玄関のドアを開けてから、大きく開いた私の目は、閉じるのを忘れられてしまった。
そこにいたのは大きなウミガメだった。
ウミガメが、直立に立っていて、前足(ヒレというべきだろうか?)でインターホンを押していた。
背丈は家の塀を軽々超え、体の半分以上が見えるほど大きかった。
ウミガメはシワくちゃの見た目とは裏腹に若々しい男の声で、ジジ臭く喋った。
「どうもどうも、いや全く待ちましたよ。
なかなか鈍臭いお子さんのようですなあ。
あなたが原田レミさんでよろしかったですかな?
お届け物に上がりましたよ。サインを血判でお願いしますよ。
肉片なら尚よろしい。ふふふふふ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます