第2話 なんだろう?

「ただいまー」「あ、ママおかえり」

「あれ、あゆむ君出てるのに、レミは?」

「いやー僕怒らせちゃってさー2階だよ」

「あららーパパにも矛先が向かっちゃった!?最近あの子すっごい激しいからね」

「反抗期真っ只中!!って感じだねえ」


ママが帰ってきた。我が家は玄関から階段まで吹き抜けになっているため会話が筒抜けなのだ。


いやこれも子育ての醍醐味なのかもなあー

ふふパパがのん気で助かったわ〜私もビール頂戴!

おおーっ久しぶりじゃん!お疲れさーん!−−−パタン


話しながら動いていくのがわかった。

リビングのドアが閉まって、よく聞こえなくなってしまった。


何で!!??私こんなに怒ってるのに、どうして二人とも焦らないの!!??

何平和にビール開けて乾杯してるの!!??私の怒りなんてどうでもいいの!!??


はははは!と笑う声が聞こえて来る。

私はますます頭が熱くなり、目の前がにじむ。

二人が下で楽しげに笑いあっていると思うと、一人自室で泣いている自分が惨めに思えてきた。もう前が何も見えない。私は目をこすり、涙をぬぐって

鼻を噛もうと顔を上げた。窓の外を見ると、もう少しで満月だった。


ん?









−−−−おかしい

月ではない。もっと下。山の中に何か薄い光が見える。何だあれ。

私の家は高台の上にあって、私の部屋からは近くの山の麓まで見渡せる。

10年近く眺めてきた景色だが、今日は変だ。

お城のような、病院のような、あの建物は何だろう?

山の中腹にある謎の建物がうっすら緑色に光っている。


「...........」

混乱したまま私はその奇妙な光に釘付けになっていて、ママが階段を上る足音に気付かなかった。

「レミ、入るよ。起きてるでしょ」

部屋のドアが開いた。しまった。気づいていれば寝たふりでもしたのに。

私はベットからばっちり顔を上げていて、しかもママと目が合ってしまった。


「ねえ、最近ちょっと落ち着きなさすぎじゃない?パパから聞いたよ、その口の悪さ一体どうしたの?明日パパにちゃんと謝りなさい」

「うるさい!もう!わざわざ説教しに来たの!?パパと下で私の悪口言ってればいいじゃん!ほっといてよ!!」

「ほっとくわけないでしょ!パパがどれだけレミのこと大事にしてるかわかってるくせに!ひどいこと言ったら謝らなきゃダメでしょ!!??」

「また謝れ。謝れ謝れ謝れ。いっつもいっつも私が謝らなきゃいけないね!全部私が悪いんだね!生まれてきてすいませんでしたね!!」

「本っっっ当憎たらしくなったね!!自分が悪かったら謝るのは当然のことなんだよ!!それを屁理屈で許されようと逃げるのが、ママは許せない!」

「何言ってるかわかんない!許されなくてもいいもん!!ママなんて大嫌い!!」

「あーそー!!じゃあもういい!!」

ママはドアを乱暴に開けた。

もう止められなかった。私は大声をあげて泣き叫んだ。

ああ、言ってしまった、と私は思った。


こういう言い合いの後はいつも、ママは怒りながら下へ降りて行って、パパに愚痴を言ってから、庭に出て行く。しかし今夜のママは違った。

ドアノブを握ったまま、こちらを振り返り、考えられないくらい穏やかな声でもう一度話しかけてきた。

「レミ、明日、13歳の誕生日だよね。」

「それが何?ママ明日も仕事なんでしょ!?私の誕生日も仕事なんでしょ!?」

「それはそうなんだけど…あのね、レミちゃん、ママね話さなきゃいけないことが「ほっといて!あっち行って!!今ママの話なんて聞きたくない!!」


ああ、どうしてこうも次から次へと口から出てくるんだろう。

でも頭が熱くて、耳からは何も聞こえてこないんだ。自分の中で燃えたぎる何かで血管が破裂しそうになっているのがわかる。ママの話が聞こえない、というのは事実だ。


ママはハァ〜とため息をついてうんざりしたような顔をした。そして言った。

「わかった。今はやめとく。じゃあ、明日ご飯に行く前に少しママと話そう。伝えたいことがあるから、ちゃんと逃げずに帰ってきてね。あ、あと今パパがネットで美味しいお店調べてるから、ご飯行かないなんてのはナシだからね。じゃあ、おやすみ」


ドアがパタンと閉まる。いつもよりずっと優しく。

私は引き続き混乱と怒りの中で泣き叫んでいた。


もどかしい。どうにかしたいのに、どうにも出来ない。

自分が自分じゃないみたいとはよく言ったものだ。

頭の隅では、パパに明日どうやって謝ろうと考えていた。

でも私の気持ちをどうやって説明していいのかわからない。

ママもパパも大嫌い。それを口に出したくなくて、パパには暴言を吐いたし、

ずっとママを無視していた。口に出したら、本当に嫌いになってしまいそうな気がしていたから。そして、嫌われてしまうんじゃないかと思っていたから。

ついに言っちゃったな…今頃二人で私の悪口言ってるのかな。

悲しいな。でも私もひどい事たくさん言ったし仕方ないのかな。


…本当に嫌いじゃないのにな。

謝らなくちゃいけないかな。


ママの言う事は正しい事だって本当は分かっているのに、

どうしてふてくされた気持ちになるんだろう?


どうして頭が熱く燃え上がるんだろう?


どうして止められないんだろう?


この湧き上がる衝動のようなものはなんだろう?


ママの話したいことってなんだろう?


そして、あの山の中で光る建物はなんだろう?






カラカラとリビングの窓を開ける音がする。

きっとママが庭に出たのだ。


一体いつも何をしているんだろう?

頭の片隅で考えていたが、止められない涙で流れてしまった。


ただ一つ分かっているのは、

明日は人生で最悪の誕生日になりそうという事だ。

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