今宵は浮世を離れて

大山 十四英

第1話 湧き上がるもの

−−−−−昨日、11月6日に海洋生物保護団体が海へ返したウミガメが、また陸地へ上がったとのニュースが入りました。団体はウミガメが産卵目的の上陸でないと判断し、今後の動向を見守る方針−−−−


「お父さん!今日Mコレにあゆむくんが出るからテレビ変えるよ!」

「あっ!勝手に変えないでよレミちゃん!Mコレ8時からだし、たまにはニュース見なよ」

「うるさいなー!ニュースなんて見てもつまんないもん!Mコレは番組始まる前に今日の出演者がチラッと出るの!そこも見たいの!」

私は強引にパパのわきにあるリモコンを取り上げ、チャンネルを変えた。

「もー強引なとこ本当にママそっくり」

「ムカつくこと言わないでよ!ママになんて一個も似たくない!あんなヒステリックババア!」

「おいおいどこで覚えてくんのそんな言葉。ママが聞いたらまたコップ投げて破るよ」

「どこでもいーじゃん!あ、ちょっと黙ってパパ!」

「おかしいなー。僕の娘、もっと天使だったのに」


どこかで入れ替わっちゃったのかな?というパパに

きもぉ…とつぶやきながらスマホでテレビ画面を撮影する。

Mコレの出演者が大勢映る。私の推しのあゆむくんが列の最後に映った!

周りのメンバーと競うようにカメラに寄って行き、私の大好きな笑顔をはじけさせてピースしている。あああああ可愛すぎる!!かっこよすぎる!!!!

至福だ。この1秒を撮るためだけに、5分前から待機していたのだ。

即座にツイッターに今の動画を上げると、同じあゆむ君ガチ勢からリツイートの嵐。楽しい。同じ人が好きな日本中の人と、四六時中盛り上がれる世界。

こんなに楽しい世界は生まれて初めてだ。あゆむ君に感謝しかない。


膝を抱えて小さくなり、スマホ片手にニヤニヤしている私にパパが話しかける。

「本当さー前から思ってたんだけどさー、このあゆむ君って子、かっこいいの?」

「え、なに言ってんの馬鹿じゃん。見たらわかるでしょ、めちゃくちゃカッコいいでしょ!」

「いやー、前髪長すぎて女の子みたいだしヒョロヒョロだし、パパから見ると全然魅力を感じないからさー。この子坊主頭にしたら絶対かっこよくないよ」

「ちょっとパパ。あゆむ君のことディスったら、明日からパパと口きかないからね」

私は顔の全ての筋肉を使い、全力でパパを睨んだ。今の言葉は聞き捨てならないぞ。

「おお〜こわっ!ママの怒った顔にそっくり!」

「もーーーーー!本当にイラつく!!ママのこと引っ張らないでよ!」

「おお、大声出す顔も一緒!!いやいや、もう黙っとこー」

僕まで無視されたくないからね〜と笑いながらパパは冷蔵庫に向かって行った。


もう嫌だ。この家族。私を小さい女の子だと思って、未だに溺愛しているパパが嫌いだ。パパは本当に優しいし、怒られたことなんて多分1度もないけれど

優しいふりして、ひたすら子供扱いしていることくらい分かっているのだ。

何も知らない子供として相対されると、お腹の中から頭にかけて、ぐぐぐっと熱いものが湧き上がってきて、叫びたくなる。

私はスマホを握りしめて、じっと我慢していた。だってもうすぐあゆむ君の出番だから。


「そういえば、明日の誕生日どこかご飯食べに行かない?何食べたい?」

冷蔵庫からビールを取り出し、プシュッと缶を開けながらパパが言った。

「なんでもいい。でも学校の子に見られたくないから、遠いお店がいい」

私はテレビを見ながら答える。3人組のロックバンドがサラリーマンの歌を歌っている。早くあゆむ君出てこないかな。

「遠くか、あんまり遠くは行けないな。明日ママが夜勤だから7時には帰ってこなくちゃ」

「ママの都合!?そんなのどうでもいいじゃん!!私の誕生日なのに!!ママのせいで私の行きたいところへ行けないなんて許せない!!それならもうママ来なくていいし!!パパと二人で行こうよ!!」

「でもレミ、ママとそろそろ仲直りしたら?もう1ヶ月も口きいてないでしょ。そもそも、喧嘩の理由なんてないでしょ。レミが一方的に機嫌悪くなっちゃって。ママ悲しんでるし、心配してるんだよ?謝るチャンスじゃん。話したいことがあるって言ってたし」

「もう本当にうざい!!うざい!!うざい!!どうして私が謝らなきゃいけないの!!??なんで私が悪いわけ!?子供だから!?うんっざり、そういうの!!」

「レミ「もういい!!明日のご飯ももういい!!」

勢いに任せてドアを開け、階段を乱暴に駆け上がっていく。

テレビからはあゆむ君のいるグループの新曲が流れてきた。

「あゆむ君出てるよー」パパが呼んだ。

「うるさい!ほっといてよ!!」


私はベットに突っ伏して、枕で顔を押さえ、絶対に聞こえないように泣きわめいた。止められない。何もかも。パパといると出てきてしまう暴言も、ママに対する湧き上がる苛立ちも。この家にいると未熟者だって言われてるみたいで、そうじゃない!って叫び出したくなる。ママとの喧嘩だって本当はママが悪いのに、なぜか私のせいにされたんだ。誰も味方してくれないこの場所から、誰か連れ出して。パパもママもいないところで、幸せに暮らしましたとさ、って終わらせてよ。

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