26話 時は遡り幼馴染と

 月夜野の一次オーディションが終わった翌日、俺は、放課後の屋上にいた。喧嘩してからまだお互い謝る機会がなかったので、みどりを呼び出したのだ。

「きたよ……」

「おう、悪かったな。この一週間、月夜野のことがあって、二人でいる時間無かったろ?だからオーディションも一旦落ち着いたし、こうやって呼んだわけだが……」

前と違い、そこまで気まずい雰囲気はなく、晴れた今日の天気の様に気分はいい筈だったのだが、みどりは、どうやらそうでもなく、少し機嫌が悪そうだった。

「あの……みどりさん?もしかして怒っています?一応、今回は、相談したし、みどりだってちょくちょく手伝いに来てくれていたから、今日は、謝ろうと思った……のですが……」

「ふん……英二の馬鹿……」

「すみません!本当にごめんなさい!いや、相談はしっかりさせてもらいましたが伝達不足でした!本当にごめんなさい!」

あれ?俺、また気が付かないうちにみどりを傷つけていたか……少し、みどりは、頬を膨らませていた。うぐぐ……俺の幼馴染は、機嫌が悪うござんす。

「まあ、別に英二は、悪くないよ……けど、やっぱり、私は、機嫌が悪いです」

「あ……あの、すみません機嫌悪いのか教えてくれませんか?」

前の俺じゃない。分からないことは、しっかり聞きますよ?そりゃ……今日は、みどりに謝りに来たんだし、この際しっかり聞かないといけない。

「いいけれど……とりあえず、私が先に謝るからね……ごめんなさい」

「えと……うん。俺も、怒らせてごめん」

反射的に謝る俺だが、正直に言おう。俺は、何故怒らせたか、多分、俺の独善的な行為なのだったが、みどりは、そっぽを向く。納得してないのか、ぼそぼそと語りだした。

「英二の馬鹿……日和ちゃんばっかり優先してさ……私は、ほったらかしだもん」

「すみませんでした!もうしません!て……え?」

あれ、なぜ月夜野が出てくるんだ?俺の話じゃなかったっけ!

「本当に……私より日和ちゃんの方が大切なんですか?もしかして好きだったりします?そうですよね、アイドルと私みたいなちんちくりん比べちゃったら、そりゃ、アイドルを取りますよね?私だってそうしますもん」

いやいや、何をおっしゃって!なんということだ……盛大な誤解をされている。別に俺は、月夜野に恩は、感じているし、今後も一緒にいてやりたいとは思うが……ムスッとしているみどり、なんとなく分かったが……これ聞いていいの?

「む、何か言いたそうな顔。いいんじゃない?聞くわよ」

「じゃあ聞くけど。もしかして、妬いてる?」

聞いてしまった。俺の馬鹿!みどりが嫉妬しているわけ無いじゃん!だって、俺達、幼馴染ですよ?ほら、みどりも顔を真っ赤にして!絶対に怒っているよ!

「そりゃ嫉妬していますよ!ええ!嫉妬していますとも!日和ちゃんとばっかりいるし、私には、かまってくれないし!寂しかった!怖かった!嫉妬深い私が怖かった!英二の人生を食いつぶしているのに!もっと英二の人生を食いつぶしちゃって!だから……謝らせて!ごめんなさい!私が悪かったんです!許してください!」

まて、待ってくれ!月夜野にも同じこと言われたぞ!なぜ、俺の周りにいる女という生き物は、こうも俺に遠慮深すぎるのか?もっと、ソフィアとか渋川井先輩みたいにがつがつ来てくれて構わないのに……

「ははは……なんだよ!みどりまでそんなこと言うなんて」

「いや、何故笑うの!?私結構真剣なんだけれど!」

「いやさ……みどり!お前、月夜野と同じこと言っちゃってさ!なんだ、そうか!あはははは、そんなこと気にしていたのか!」

「また、日和ちゃんの事を話す!」

「ごめん、ごめん!いや、本当になんだよ……良かった。俺、みどりの事理解できてなかったわけじゃなかったんだな」

笑ってしまった。結局のところ、俺は、みどりが怒っていた理由が分からないとか言っていたけど、勘違いだった。

だって、結局のところ俺の独善的な考えが、月夜野やみどりを苦しめていたんだから。嫉妬されているとか細かい所までは、理解できなかったが、結局、俺が原因を作っていた訳で。

良かった。これで、ちゃんとみどりに謝ることができる。

「みどり!」

「ひゃ!ひゃい!な……なんでしょうきゃ……!」

俺は、やっと謝れる。もう逃がさないとみどりの両肩を掴んだのだが……あれ、失敗でしたか?

「ゴメン!今まで、俺のわがままで、悩ませて!俺のせいだもんな!俺が慢心して、自分の掲げる正義に酔いしれて、みどりを苦しめていた!だから本当にごめんなさい!もう俺は、自分一人じゃ悩みません!みんなで悩んでもらう!だから、みどりも今度から、俺に悩みをもっと言ってくれ!一緒に悩ませてくれ!」

「わ……分かった……」

「ほ!本当か!許してくれるのか!」

俺は、嬉しさのあまり無意識にかみどりに近づきすぎていたのか、みどりの呼吸を顔面で感じてしまっていた。

みどりは、恥ずかしそうに顔を赤くして、俺を突き放した。

「分かったからさ……近いよぉ……バカ」

「ご……ゴメン」

いやいや!距離を取ってから今度はなんだか気まずい感じになっちゃったよ!俺の軽率な行動が問題なのは、分かるけどさ!うぐぐ。

うん、また違う気まずい雰囲気が、流れる。感じは、恐らく違うが、これがラブコメの波動を感じたという奴だろうか。まあ、今の俺達と雰囲気が同じだけだが。

「え……英二はさ……最近、学校どう?楽しい?新しい部活に入ってもう結構時間経つし、段々関係も築けてきたんじゃない?」

ほら、良かった、みどりは、ちゃんと告白とかではなく学校のありふれた話題を振ってきてくれた!ほら、なんか打ち解けられそう!

「まあ……全部は……楽しいよ。ソフィアとも一年の頃みたいに険悪ではなくなったし、渋川井先輩は、俺の考えを理解してくれるし、水神先輩……あの人は、俺にエロとは、何かを教えてくれた」

「あはは、なにそれ、あの気持ちが悪い人だけ、英二にとんでもないこと教えているなんて!やっぱりあの部長さんって本当に気持ち悪いんだね!」

満面の笑みで水神先輩のことをキモイというみどり。やめて差し上げろ、あの人だって人だ喜ぶはず……いや、喜ぶな……自称ドMだし。というか、みどり、いつの間にあの辺人集団とそこまで親密になったんだ?会ったのは、ソフィアとのチェス勝負が最初で最後……じゃないって言っていたな……そう言えば。あの人、独力で月夜野の正体を突き止めて部員に話したって言ったな……まあ、月夜野もいつかは言うって言っていたしいい機会だったのかもしれないが、今度じっくり話さないとな。

「じゃあ、日和ちゃんは?」

そして、一転、表情が不安そうになるみどり。うん、ここは、ちゃんと答える。

「恩人だ。俺を救ってくれた。返しきれない恩を与えてくれた恩人だ」

「そっか……恋愛対象?」

「さあな?分からん。今、すぐに答えられるのは、恩人という事だけだ」

恋愛なんて、人生十六年で、一人、妹の紫だけだ……あの愛らしい笑顔は、見るだけでニヤニヤしてしまう……って湯原に話したらドン引きされたので、紫をカウントしなければ、恋愛経験なんてない。残念なことに俺は、童貞です。

「……そっか、そか、良かった。まだ私にもチャンスがある訳だ」

「すまん、なんだって?聞こえなかった。難聴系主人公のごとく聞こえなかった」

俺は、みどりがボソッと行ったことをちゃんと聞き取れずに聞き返すがみどりは、笑ってごまかした。

「さてなんでしょう!」

「いや、聞こえなかったから聞いているわけでして!」

俺は、みどりにもう一度言うように要求したが答えてくれなかった。しかし、少しして、みどりは、握りこぶしを握る。なにかを覚悟したかのように。

「よし!英二!私、言いたいことがあるの!」

「どうした?改まって?何か言い忘れたか?それともまだ俺何か悪いこと……」

「していないよ!そうじゃなくて!」

みどりの顔は、段々赤くなってきていた。なんだ……何が起きる?いやまさかな……ラブコメじゃあるまいしそんな。

「みどり本当にどうした?おかしいぞ」

「分かってる……そんなの私が、一番わかっているもん。けど……けど!言わせて!」

小さな体は、小刻みに震えている。怯えではないではない。それは、きっと緊張している。そんな気がした。俺は、そんなみどりを不覚にもかわいいと感じてしまう。

「私……私……ずっと前から……」

俺だって、馬鹿じゃない……勘違いじゃないならこれは、うん……いや、まさかな。そんな訳。

「だ!ダメですぅー!」

しかし次の瞬間なんとも言えない空気感を盛大にぶち壊したのは、俺の恩人にしてポンコツ後輩である月夜野が屋上から飛びだしてきた。

いや、この展開、一週間前にもこんな展開があった気がする。いや、本当にワンパターンすぎませんか?月夜野さん?

「月夜野……おまえ、なんで」

「あー、えと、あ、あはは。沼田先輩……えと……」

いや、どうしてここに来たのかも気になるが、なにがダメなのだろうか……慌てる月夜野は、慌てふためくだけで何も言えてなかった。それを見てか、みどりは、溜息をついて俺に、謝ってきた。

「はぁ……ゴメン!日和ちゃん呼んだの私だった」

「いや謝らなくてもいいが、何故……呼んだんだ?」

「そりゃあ……うん。私、ずっと前からhiyoriのファンだったんだよ!私の方が英二よりhiyoriのファンであること宣言しておかないといけなかったから。日和ちゃんには、屋上で私の宣言を聞いてもらおうかと思ったわけ!」

みどりが、月夜野を呼んだということに俺は、合点がいかなかったが、理由を聞いて、なんとなく理解した。デビュー当時からhiyoriのファンであったみどりは、恐らく月夜野とずっといた俺に嫉妬していたのかもしれない……今は、強引だろうとそうしか考えられなかった。

「だってよ、月夜野。お前、みどりにサインしてやれよ」

「え!えと!はひ!どこに書きますか!伊勢崎先輩!」

慌ててペンを持つとみどりに近づく月夜野……うん、不審者にしか見えなかった。しかし、みどりは、少し考えて喋りだす。

「そうだ!書いてほしい所は、決まったけれど、英二が居るからいえないわ!」

「どういうこと!」

「い……言わせないでよ……そんなの女の子の秘密?だから」

「いちゃダメ?」

「絶対ダメ」

何なのだろうか!どこにサインして貰おうとしているんだみどりは!まさかとは思うが……いやいやそんな訳無いか。

けれど、どうやら恥ずかしいらしいので、一度屋上を出ることにした。まあ、みどりとはもう仲直りできたしな……今日は、一緒に晩御飯でも食べさせてもらおう。

「んじゃ、分かった。みどり、今日はご飯食べに行くなー!と言うわけで退散するから、あとは、二人に任せるよ。じゃあな!」

「あ、今日の献立は、生姜焼きだからゆっくり来ていいよ」

「お……お疲れ様です」

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