25話 ソレイユの気持ち

そしてオーディション会場の中、一次は、希望者も多く、ブロックごとに分かれての審査になり、私はBブロックの十人いる席の十番目の席に座っていた。

目の前にいる人たちは、映画の演出家の人らしく、真ん中に座っていた一番偉そうなサングラスをかけた演出家さんが話始める。

「えー、これから、貴方方には、主人公の花町太陽が慎太郎に二度目の告白をするシーンを演じてもらいます。自己紹介の後、演技を始めてください。ちなみに私の審査基準は、恋する乙女です。貴方方には、目の前に好きな異性がいると思って演技してください」

……う、好きな異性ときましたか。私は、アイドルという職業柄、あまり男性とかかわりがなく、こういったことは苦手だったのだが……考えた。

私の周りにいる異性。

いや、考える必要なんてなかった。目の前の出てきたのは、いつも死んだ魚のような目をしている沼田先輩だった。

なんで、だろう。まだ、私の周りには、アイドルとはいえ、いっぱいの異性がいるのに沼田先輩が出てくるのだろうか。恋をしている……そんなはずはない。

だって、私と沼田先輩の関係は……。関係は……分からないけれど、私は、演出家さんのアドバイス通りとりあえずの異性は、沼田先輩にしておいた。

「では、そろそろ、オーディションを始めましょう。では、早速、エントリーナンバー11番の方、お願いいたします」

「はい!」

 演出家さんの号令によりオーディションは、始まった。一番目に立った人、知っている。良く映画に出ている女性で、演技派と呼ばれる女性であった。うぅ……大丈夫でしょうか。

しかし、私は、大丈夫、沼田先輩に教わったこと、沼田先輩がくれたものを出せばだれにも負けません。私には、沼田先輩がついているのですから!

「結構です。座ってください」

「ですが!まだ演技は、終わって……」

「いいえ、見る必要がありません。座ってください」

いや、不安です。強がりましたが、不安です。

だって、サングラスの演出家さん、演技派女優の方の演技中にいきなり話し出したと思ったら座らせて……こんなの実質、不合格という事ではないですか!女優さん泣いていますよ。

こうして、波乱のオーディションは、続き、私の番が来るまでに九人中八人が座らされ、一人ここまで、一人しか、演技しきっていない。

「では、最期の方、お願いいたします」

演出家さんに呼ばれた私は、不安に思いながらも立ち上がり自己紹介をした。

「はい!アイドル専門芸能事務所トップ所属、hiyoriです!よろしくお願いしましゅ!」

「はい、よろしく。緊張しなくていいから。僕、あんまりトップさんには、期待していないし」

噛んだ恥ずかしさより、この演出家さん……いや、グラサン野郎に対する殺意の方が大きくなり、自然と不安も緊張も殺意にかき消された。

マジで殺す。

「では、期待してもらっているということで、演技を始めさせてもらいます」

嫌味を含めた自己紹介を終えた私は、大きく深呼吸をし、目の前に沼田先輩が演ずる慎太郎を思い浮かべ、演技を始めた。

「慎太郎……やっぱり私は、諦められない!あなたの事ばかり考えてしまうの!」

今考えれば、そうだった。最悪の出会いから今まで、いろんなことがあった。沼田先輩は、気が付いたらひょっこりと私の中にいた。

「貴方のやさしさに私は、救われた……」

いつもは、意地悪ばっかりするしスケベな先輩ですが、最後は、いつも優しい。私のことを撫でてくれて、私がアイドルと知っても態度は変えない。

「その優しさは、私だけに向けられたものではないかも知れない。けど、勘違いしちゃうよ。だって、どうあがこうと私だって女なのよ!」

けど、その優しさは、私にだけ向けられたものでないことも知っている。ソフィア先輩のために奔走して、伊勢崎先輩を大切にしている。あまり友達がいないらしい渋川井先輩と、仲がいい。だから、私だけのあなたじゃないことは知っている。

「断られたけど、いつも目で追って……追っては、いつも大切な時に貴方はいるの!」

気が付いていたら、沼田先輩を目で追っていた。

最初は、純粋な疑い。やさしさに触れてからは、興味。深くかかわるようになってから、目で追うようになって……本当は、喫茶店で会ったのだって、お店の外から見えた沼田先輩が居たから、初めて入ったお店に入ったりした。こんなこと言ったら嫌われちゃうかな?

「責任取って……よぉ……私の中に居座っている責任を……」

なんだか泣けてきた。

私は、馬鹿だった。こんな時に気が付くなんて……太陽、いや、お母さんさんにこんな簡単なことを教わるなんて……けれどこの教えは、私にとっては、初めてのお母さんのぬくもり。

しかし、お母さんのぬくもりに触れる以上に私は、大切なことに気が付いてしまった。

「だから言わせて!」

もう、演技なんて、どうでもいい。

沼田先輩には、悪いですがこれは、決意である。だれにも負けない、私の宣言だ。

この言葉は、花町太陽の言葉なんかじゃない。月夜野日和という一人の女のわがままな感情。

「私は、貴方が好き!大好きなの!ほかの誰よりも!あの人よりも!大好きなの!誰にも負けたくない!みんなが好きな貴方じゃなくて、私だけが好きな貴方になって下さい!」

私は、沼田先輩が大好きだ。

異性として好きなんだ。

誰にも負けたくない。昨日は、伊勢崎先輩に遠慮していた。伊勢崎先輩も沼田先輩が好きだと知っていたから。

私は、あの人より、沼田先輩を知らない。触れ合った時間も、一緒に居た時間も恋を自覚した時間だって全部、伊勢崎先輩の方が先かもしれない。

けど、私は、自信を持って言える。

私は、世界で一番誰よりも沼田先輩のことが好きだ。

愛している。重いって思われたって、沼田先輩が私に振り向かなくたって、私は、貴方が好きだ。大好きだ。貴方の一番になりたい。

「私のエゴかもしれないけれど!好き!好きなの!私は、貴方が大好きなの!」

エゴかもしれない。わがままだ。人の気持ちも考えていない私の感情。しかし、抑えられない。止められない。だから気が付いた。

遅かったかもしれない。けど、しょうがない、好きなんだもの。

私、月夜野日和は、沼田英二が大好きです。

「だいすき……。えと、以上です。ありがとう……ございました」

こうして、私は、演技をやり切った。最後の方は、私も暴走してしまい、慎太郎や、他のヒロインの名前を言えなかった。台本通りにしていない私は、きっと不合格だろう。

そんな気がした。けど悔いはない。私は、思いをすべてぶつけたのだから。

きっとあのグラサン野郎は、溜息をつくだろう。他のオーディション参加者の人も呆れるかもしれない。そんな気がして私は、俯いていると、拍手が聞こえた。

一人ではない周りにいる全員からだ。

「え……ええ!なんでなんです!」

私が、驚いて、グラサン野郎に聞くと、グラサン野郎は、愉快そうな表情……なのかもしれない、ダサいグラサンで良くは、分からないが、拍手を収めるように立ち上がった。

「迫真の演技でした。他の参加者の方には、悪いですが、この場で結果だけ言ってしまえば、hiyoriさん一次審査通過です。本当ならこのまま主演にしたいのですが、まあ、セリフさえちゃんと言えれば、主演は、決定でしょう」

「あれ……へ?マジですか?グラサン野郎」

あまりの超展開に目上の人間に向かってとんでもなく失礼なことを言っていた。しかし、グラサン野郎は、ノリも良かった。

「マジよりのマジ。一か月後の最終オーディション結果が楽しみだ。それまでにセリフを変えない努力はすること。それと目上への話方も気を付けよう」

「あ……ありがとうございます!」

こうして、私は、異例のその場で合格発表がされた。

一番最初に沼田先輩にこのことを報告したかったのだが、どこから流れたのか、SNSには、私の記事が流れ、とある青い鳥では、一時、トレンドランク一位にもなっていた。

この時ばかりは、SNSを死ぬほど恨んだ。


それから一か月後、下町ソレイユの恋物語の主演が発表された。主演の記載欄には、こう書かれていた。花町太陽役,hiyori。

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