20話 アイドル、恋、ファン
さて、少年達は、上手くいったらしいのか、のびちゃんは、その日のうちに次は、みどみどを放課後、屋上に呼び出していた。私は、今回、三人の行動を裏で監視し、不都合があったらフォローに入るだけの簡単なお仕事をしている。ソフィアの様に直接喋るのは、私には、向いていないので助かった。私は、ついつい、その場をちゃかしてしまうからな。
『α聞こえるか?状況はどうだね?』
「おい、先輩、私には、渋川井果歩という立派な名前がある。その変なコードネームで呼ぶのは、やめてくれ……アホくさい」
『な……!僕は、ちょっと良さ……』
先輩から渡されたトランシーバーを私は、破壊する。いや、雰囲気が出るからと渡されたが、ケータイ社会に意味もなくトランシーバーを使う理由もないしな。高いトランシーバーだったらしいが、まあ先輩の私物だ。壊したっていいだろう……
そんなことで私は、屋上の貯水タンクの裏に隠れ、のびちゃんとみどみどの監視を続けることにした。
「……えっと、日和ちゃん?わ……私に用かな……別に忙しくはないけれど、流石の私もあんなことがあった後だと気まずいというか……はい」
「あー、いや、分かりますよ、はい……すみません」
「あ、いえいえ!私こそ!すみません!」
お互いに気まずそうに謝るのだが……なんだこれ……まどろっこしい!あいつらなにを謝っているのか!というか、のびちゃんは、目的を忘れてるのか!最初の目的は、前のことを謝り、みどみどからも過去のことを聞くのだろう!
「あ……あはは、今日は、いい天気ですね伊勢崎先輩」
「そ……そうだねー」
おい!お見合いか!お見合いなのか!うん、先輩。アンタの計画大失敗じゃないのか?基本的に奥手なのびちゃんとネガティブなみどみど、正直言うが、話を進める人間がいないじゃないか!こっちにソフィアみたいな、はっきりした性格みたいなやつがいた方がいいんじゃないかと私は、本気で思う。話が進まない。
と思っていたが二人は、同時に口を開き見事に同じセリフがハモッた。
「「あ……あの、話したいことが!」」
「あの……ここは、伊勢崎先輩から……」
「い……いえ、日和ちゃんからでいいよ!」
うん、どっちでもいいから話題を切りだせ。しかし、私の願望かなってか二人は、そう言うと、ひとしきりにらみ合うと、緊張が解けた様に笑い出した。
「あはは!なにやっているのでしょうか私達!」
「そうだよね!きっと日和ちゃんも私と同じこと話に来ているにお互い謙遜しちゃうなんて……あはははは!」
やれやれ、とりあえず悪い雰囲気でもないし、何とかなれそうだ。しかしあれだ、この二人が集まるとやけに進行が遅い……まあ、二人とも、前へ出るような性格ではないししょうがないのだが。
「伊勢崎先輩!前の日曜日は、すみませんでした!私が、変なことしちゃったから、二人が喧嘩してしまって!」
「いえ!私が変な態度をとってしまったので!むしろ私が悪いです!すみませんでした!」
お互いに、頭を下げる所は、なんだか微笑ましく、私は、少し微笑む。うん、どうやら何であれ、第一関門、謝るは、上手く言ったのだから……
そして、そのままの勢いで、のびちゃんは、話題にさらに切り込む。
「あの!謝るついでに聞きたいのですが!どうして、沼田先輩と喧嘩したのですか!?」
「うわあ……切りだすね日和ちゃん……謝った直後で悪いのですが……流石にそれは、ちょっと……うん、秘密でもいいかな?」
「そ……そんな……ひどい……」
うん、ウチの後輩は、ポンコツであるのを忘れていた。そんなにストレートに聞いて、普通に話すはずがない……だってそうじゃないですか?だって、仲良しの幼馴染が喧嘩するんだから相当の秘密があって……話すはずがない……
「ふふ……というのは演技!実は、そう言われると思って秘策を用意しておいたのです!ずばり!私も皆さんに隠していた秘密を暴露します!なので、私に喧嘩した理由教えていただけませんか!」
落ち込むフリからのびちゃんは、意気揚々と、宣言するのだが……いや、まさかとは、思うがここまであの先輩のシナリオ通りに進むとは、思っていなかった。
先輩は、私にだけ、ソフィアやのびちゃんとは違うシナリオを手渡してきていた。最初になぜかと聞いたが、先輩は、時期が来れば分かるとしか言っていなかった。
シナリオ通りなら……のびちゃんは、アイドルのhiyoriであって……いや、本当なら、あの先輩の情報力は、流石に気持ちが悪い……同人作家とかやめて、パパラッチとかになればいいのにとまで思う。
しかし、状況は、シナリオ通りに進むのである。
「いや……秘密って?あの、日和ちゃん?メガネ外して……前見えるの?」
「伊達ですので余裕です!」
メガネを外したのびちゃんは、鞄をあさると中から、カツラを取り出す。いや、待て待て、ウチの先輩ってこんなに有能なのか?シナリオ通り、のびちゃんが動いていて、どっきりなんじゃないかとまで疑ってしまう。
「……えと、秘密とは?私には、日和ちゃんが乱心したようにしか見えないけれど?」
「装着!」
勢いよく慣れた手つきでカツラをつけるのびちゃん、掛け声は、ともかく、カツラを付けたのびちゃんは、いつも見る地味っ子メガネの隠れ美少女などではなく、よくテレビで見る超人気アイドル歌手のhiyoriだった。
その光景に、隠れていた私も、目の前でのびちゃん……というかhiyoriを見るみどみどは、あまりの驚きに口をあんぐり開けていた。
「いやいや!え!うそ!」
「はいはーい!そこの驚いている貴方!これは、夢でもどっきりでもない正真正銘!アイドルのhiyoriこと私!月夜野日和です!これが私の秘密です!」
「……いえ、え、ええ!本当ですか!本当にhiyoriさんなんですか!夢……夢じゃなくて!ヴえぇぇぇぇ!」
あまりの超展開に、女の子が到底あげてはいけないような驚きをするみどみど……シナリオ通りにいけば、みどみどは、hiyoriのファンらしいが……いや、実は、私もファンだったりする。
実際、hiyoriは、おバカアイドルの15歳ということ以外プロフィールが一切隠されており、パパラッチにすら正体が分からないという都市伝説的美少女アイドルなのだが……これ、実は、物凄いところを目撃してしまっているのではないのだろうか。
「夢じゃないですよ!そうですね!音源は、ありますし歌いますか!最新曲!『永遠の恋を探して』です!」
そう言うとhiyoriは、最新シングル、オリコンチャート一位の『永遠の恋を探して』を歌いだす。この歌は、せつない感じの始まりからサビ部分でロックテイストになるという歌で、私は、あまりの興奮に少し思考力を奪われてしまっていた。
「I love hiyori!I love hiyori!」
「I love hiyori!I love hiyori!」
気が付くと私は、貯水タンクから、飛び出しコールをみどみどと打っていた。うん?作戦?シナリオ?知らないよ!だって目の前には、本物のアイドルがいるんだもの!ここでコールをうたないで何がファンだ!
私の登場に驚いた後輩たちだったが、今は、急遽始まったゲリラライブに集中したかったので何も言わずにそのまま、三曲ほど通しでライブは、続いていた。終わる頃には、私達の結束は、固いものとなっていたのであった。
「みんなありがとー愛してるぞー!」
hiyoriのラブコールによって、ゲリラライブは、終了したのだが熱気は、やまず私は、みどみどと冷めない興奮を口にしていた。
「いやー!みどみど!最高だったね!」
「はい!最高過ぎて、なんで渋川井先輩……いえ、かほかほがいたかなんて気にすらなりませんでした!」
「みどみど!」
「かほかほ!」
私達は、ソウルメイトの盟約を交わし、握手を交わす。しかし、置いて行かれていたhiyoriは、困ったように私に聞いてきた。
「あ……ありゃ!し……渋川井先輩!?なぜいるのですか!というか!え!ありゃ!私……先輩方に物凄く失礼な態度を!?」
頭を抱え、落ち込むhiyoriだが、私達は、そんなことは関係ない!目の前には、神がいるのだからな!
「だ……大丈夫ですよhiyoriさん!握手して下さい!」
「かほかほズルい!私もサインしてください!hiyoriさん!」
私達は、hiyoriに詰め寄るが、hiyoriは、困ったようにいう。
「うぐぅ!二人とも!いつも通りの呼び方にしてください!本当におねがいしますからあぁ!」
……仕方ない。ここは、一旦落ち着かなければ、監視する私が目的を見失ってはいけない。うん、もう遅いとかは、なし。
「そうだった……私は、置いといてくれて構わない。ひ……違った、のびちゃん」
先輩の威厳を見せようとしたが、無理でした。しょうがない目の前のアイドルが悪いんだ。
「いや……はい、なんとも不服ですがそうですね……私は、勝手に秘密を話しました。伊勢崎先輩も教えてほしいです。沼田先輩と喧嘩した理由」
「私としても、かほかほがここにいる理由を問いただしたいですが……それは、置いといて、日和ちゃんズルいよ、そう言うのは」
本当なら、一方的にさらされた秘密を盾に自分の話したくないことは、話さない。そう言う選択肢も確かにある。しかし、みどみどは、そう言ったズルは、できない。
だからなのか、みどみどの顔は、物凄く難しい顔をしていた。
「だめですか……伊勢崎先輩……」
「あざといです!hiyoriの姿で、それはズルい……言いますよ……言うよ。あと、ここまで来たら、かほかほにも聞いてもらいます!」
「うん、聞くよ。この話は、口外無用だ」
諦めた様にというか、もうヤケクソになっている、みどみど。のびちゃんのやり方は、中々強引だったが結果だけで言えば成功だった。
調子を崩されたみどみどだったが、私の言葉を聞いて、安心したのか、話しだした。
「えーと、私は、中学1年生でいじめられていまして……その恥ずかしながら、英二に助けられたんですよ。やり方は、エグイので、飛ばしますが……」
「あ、アハハ……沼田先輩コワイナー」
物凄く少年のしたことが気になる。というか、少年から話を聞いたのびちゃんは、恐らくこのことは知っているだろうが……嘘を隠すのが下手すぎて困る。
「まあ、そこから私は、英二に大切にされましたが……申し訳なくて……、今みたいに、気軽にしゃべれなくなってしまって、英二の人生を私が食いつぶしているみたいで……。だから、英二から卒業しなきゃって思って、一人暮らしを始めた。けど、最近は、英二がいない時間が多くて……なんだか、寂しくて。結局、私は英二から卒業できていなかった……だから、今回も日和ちゃんが優先されているのになんだか、ヤキモキして……そのヤキモキを英二のせいにして……怒って、喧嘩して……なんでなんでしょうね。悪いのは、私なのに……もうわからない!なんで私は、こんなにモヤモヤしてヤキモキするのか分からなくて!」
みどみどは、感情のままに叫ぶ。
悲痛な叫び。可哀そうだな……私は、みどみどを憐れんでしまった。第三者だから分かることがあった。簡単だった。
なんで、みどみどは自分の気持ちが分からなくなったのか。私にはわかる。単純明快だった。だから、私は、覚悟を決め、みどみどにその気持ちの正体を伝える。
「みどみど。それは、恋だよ」
「恋……?いやいや!かほかほ、おかしいよ!英二の人生を食いつぶす私が、英二に恋なんてしたらいけない!ダメなんだよ」
実に面倒だ。こうなった乙女は、のびちゃんの様に恥ずかしがるか、みどみどみたいに意地を張るかの二択になる。
「ダメなことはない。そもそも、恋自体、相手の限られた人生という時間を食いつぶすものだ。それなのに恋を認めないなんて、それは、みどみどの慢心だよ。その態度は、少年に失礼だ」
「ですが……」
みどみどは、意地を張り認めない。当たり前だ。自分の持つ罪の意識が、自己の恋という欲望から来るなんて認めたいはずがない。私だって、みどみどの立場なら認めたくはないから。
だから、私は、私らしく、彼女の背中を押す。
「よし、今から、私は、少年を押し倒しに行く。傷ついている今なら、チャンスだし。いいのか、みどみどが、少年の人生を食いつぶさないのなら、私が少年の人生を食いつぶしに……」
「ダメ!」
「ダメです!」
「お……おおう……」
恰好つけた私のセリフにみどみど……それになぜかのびちゃんまで食いついたことに私は、驚いていた。みどみどの食いつきは、予想済みであったが、まさか、のびちゃんまで食いつくとは……少年、気が付かないうちに君は、虎穴に入っているぞ。
「わ……私は、置いておいてください……」
そして、自分のしたことに赤面するのびちゃん。このフラグに今気が付いているのは、恐らく私……それと、どうせあの先輩も気が付いてるだろうから、二人だけであるが……まさか、あの先輩ここまで、予想していたなら、本当に悪趣味だ。
「わ……分かった。なら、みどみど、なんでダメなんだ?別にいだろう?君は、身を引き、その代役に私……何の不都合も……」
「あります!悔しいです、悲しいです!英二の隣に私が居ないのは、悲しい!ダメ!」
「なんでだ?少年の人生を食いつぶしたくは……」
人のことを悪趣味と言いながら、私も大概に悪趣味であった。こうやって、人の感情を煽るなんて、一番、悪い役を押し付けた先輩は、後で殺す。しかし、今は、役になりきる。
「だめだよ!かほかほ!」
「ガキじゃないんだ、わがまま言うなら、それなりの理由を言うべきだろう?」
「だって……だって、私は……私は」
認めた。絶対に認めた。あとは、みどみどが、宣言すれば、私の仕事は、終わりなのだ。この後は、清々と先輩の抹殺について考えることができる。
「私は、英二が好きだから!好きだもん!だから、日和ちゃんを優先されて、羨ましかった!嫉妬した!好き!私は英二が好き!」
「あ……あう……いいな」
うん、この際、私は、のびちゃんの事は、スルーする。というかさせてくれ、これ以上状況を混沌にするともう私では、手に負えん。
「なら、みどみどのすることは決まったんだろう?」
「うん!ありがとう!かほかほ!私、いま、走りたい!」
そう言い、みどみどは、走って行ったのだが……なにこの青春?いや、青春し過ぎだろう。
「行ったか……ふう……」
「お……お疲れ様です渋川井先輩。あの、私が、アイドルということは……」
みどみどが、走り去って行ったあと、おずおずとのびちゃんが私に近づき、申し訳なさそうに話しかけてきた。心配なのだろう。秘密を明かしたことに……だから私は、安心させた。
「大丈夫だ。サインだけくれれば、黙っている」
まあ、これくらいの報酬は、貰っても構わないだろう。私は、のびちゃんに頼んで、サインをもらい、本当に波乱万丈な一日が、終わりを告げた。
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