21話 急転のオカマ

 こうして、俺が、みどりに謝るため、メッセージを送ろうとすると、俺より先にメッセージを送ってきたみどり、文面は、シンプルに、明日の放課後、屋上で待つとだけ書いてあった。

あれ、果たし状かとも思ってしまったが、例え果たし状だとしても、俺は、謝る。

これが、俺の罪の償いだから。

「英二……なんだか久しぶり」

「おう……」

四日ほど会っていないだけなのに、俺と、みどりは、屋上で顔を合わせるがなんとも気まずい雰囲気になっていた。俺も、みどりもなにを話していいのかわからないからか、お互いに目すら合わせられていなかった。

「うぅ……え……英二」

「な……なんでしょうか……俺も言いたいことが……」

俺の決意、どこに行った!謝るのに、中々切り出せない。しかし、そんな情けない、俺が言おうとしたことに重ねるようにみどりは、話しだした。

「あ……あの……!英二!言わせて!あなたは、謝る必要なんてない……私が悪いんだもん」

「なんでだよ!別にみどりが謝る必要なんてないだろう!俺が謝らないと……」

しかし、俺には、お構いなしに、みどりは、話し続ける。みどりが、強気に、彼女にしては、今まで見たことない行動に、俺は、ついつい押し黙る。

「私が、怒った理由!英二は、聞きたいって言っていた!だから言う!お互いが謝る前に!じゃないと、私は、英二を許せない!許せないよ!」

……やはり、怒っている。お互いに、ということは、きっと俺と同じで、謝ろうとしていたが、俺は、なんとなくみどりが怒っていた理由が分かっていた。

俺の独善による不徳。これが、原因だと思うが、俺の予想は、あっているのだろうか。

「私、英二に昔、守ってもらった!おかげで英二は、私に人生を食いつぶされた!なのにまだ優しくしてくれてる!英二が優しいから!私は、どこか息苦しかったけれど、それなのに大切にされているのが嬉しかった!」

そうじゃない。俺が勝手にやったことだから!と言いたかったが、言葉が出ない。

「だけど、二年になって、英二は、全部とか言う部活を見つけて、私より前に進んでいって、変わって行って、私以外にも大切にするものができて、寂しかった!私は、英二の人生を食いつぶしているのに!私は、余計に英二の人生を食いつぶそうとした!」

「違う!」

「違わないよ!絶対に違わない!英二は、優しいからそう言えるけど!絶対に違わない!」

俺の言葉をみどりは、強く否定する。彼女の意思だ。俺には、しっかり物言いする節のあるみどりだが、彼女は、基本ネガティブで、自分の思ったことは、中々口に出すことができない。だから、俺といるときでもたまに一歩引く時があったが、今のみどりは、いつもと違い、強い意志を感じる。

「私は、嫉妬してた!いつも英二の横にいたのは、私だったのに!気が付いたら、英二の横にいるのは、私じゃなかった!嫉妬したんだ!今ならわかる!だって、悔やみながらも私は、英二の一番近い所に入れたことが嬉しかったもん!だから、英二の横に私が居れないことに、私は、英二の部活……うん、この際言うよッ!日和ちゃんに妬いた!だって、英二は、ことあるごとに日和ちゃんを気にして!」

「なんで月夜野が出てくる!月夜野は、ただの後輩で!」

「ただの後輩じゃないよ!私の誘った映画断ったよ!日和ちゃんとの約束があったから!確かに、私より先に約束したなら、英二は、そっちを優先するべき!英二は、悪くない!分かってたけど、私は、それに心が焼かれる様な嫉妬をした!」

これに関しては、今の俺にも分からなかった。だって、月夜野は、ただの後輩で、みどりが嫉妬するなんて……

「なんで嫉妬したんだよ……」

俺は、ついつい聞いてしまった。もうわからないことがないと思っていたのは、まだ俺に驕りが残っているからかもしれない。だからここで清算するため、聞いてしまう。

しかし、そんな問いかけにみどりは、顔を赤くする。

「だって!私は!」

「きゃあ!て……うわわ!」

みどりは、何かを言おうとした時、屋上の出入り口から大音量で、聞いたことのある歌……というか、月夜野の最新曲が思いっきり流れ、扉の出入り口が開かれ、中から、月夜野が、尻餅をついて出てきた。

「「……」」

俺とみどりは、呆然と月夜野を見る。おい……お前なにしているんだ?

「あ……あはは……すみません、先に電話出ていいですか?」

月夜野は、断わりを入れると、電話に出る。俺たちは、あまりの状況にフリーズする。みどりは、感情の爆発を目撃されてか、顔がゆでだこの様になっていた。

「はい、マネージャーさん?はい……はい、え!なんでですか!いやです!はい……決まったって!それは、貴方が勝手に決めたことでは!いえ……待っててください!今事務所に行きますから!」

どうやら、事務所からの電話みたいだが……いいのか、俺だけならまだしも、みどりだって居るんだぞ?そんな話したら、アイドルってことがバレてしまうのでは……

しかし、月夜野は、そんなことは気にせず、電話を切ると、申し訳なさそうにしかし、感情的に俺達にすり寄ってくる。

「せ……先輩方……たすけてください!わたし……わたし……オーディション受けられなくなってしまいます!」

「「え!」」

俺と、みどりは、驚いた。オーディション……下町ソレイユの恋物語についての事だろうが、良いのか?みどりの前だぞ……

「え……英二!とりあえず、この話は、後で!今は、日和ちゃんの事務所に行こう!」

みどりの声により、俺たちは、月夜野の所属するアイドル事務所に向かうのだが、その道中、月夜野は、みどりに自分がhiyoriであることを晒したことを話し、会話の合点がいったからいいが、そんな事より今は、月夜野のオーディションについてだった。

あんなにやりたがっていた役のオーディションが今になって、できないのか……俺たちは、その理由を聞くため、来た道を走って戻って行った。


 そして、とあるオフィス街にひっそりと建っているアイドル事務所。月夜野の所属する事務所、アイドル専門芸能事務所トップの出入り口の前に俺たちは、立っていた。

「いや、こう見るとただのアイドル事務所なのになぜか魔王の城の様な圧力を感じる」

「英二、気のせいじゃないよ……だって入ったら最後、hiyori以外にも大物アイドルが、うじゃうじゃ所属している大手事務所だよ……出てくるのは、きっと鬼か邪の類が出てきて私達みたいな高校生の首根っこなんて赤子の手を捻るようにもぎ取られるよ」

「いや、どこにでもある事務所ですよ?それにそこまで頻繁にアイドルだって、出入りしませんよ?基本は、外に出ての営業がメインですし」

はじめて、こういった場所にくる俺とみどりは、あまりの威圧感に少し気後れしていたが、月夜野は、流石プロのアイドルなだけあって、温度差を感じる……普段は、ポンコツのくせして、今日に限っては、なぜかもの凄く頼りがいがあるから悔しい。

「け……けど……」

「みどり、お前の言いたいことは、分かる。普通に怖いし、気後れするよな……」

俺は同調しようと、みどりの肩を軽く叩こうとしたが、みどりの反応は、全く違った。

「ここに居れば、日和ちゃん以外にも多くのアイドルに会える!どうしよう!色紙買ってくれば良かった!」

「そこ!?みどり、いつもとキャラ違くない!?」

みどりは、怯えながらも目を輝かせていた。みどりがアイドル好きな理由は、自分には持っていないものがあると言っていたが、そう言う少しずれたところは、みどりもアイドル向きだと思うぞ……

「とにかく今は、月夜野のマネージャーに……うっ!」

俺たちは、ビルの中に入ろうとすると、スーツをビシッと決めた男性がビルの中から、出てくる。しかし、俺は、その男性には違和感があった。

男性は、顔立ちが細く整ったその姿とは、相対的に女性的なメイクをがっつりしていて、オカマにしか見えなかった。しかし、俺や、みどりの怯えた表情とは、反対的に月夜野の顔は、敵意に満ちていた。

「御釜マネージャー、お迎えありがとうございます」

「あら、ヒーちゃん、早いわね?迎えに行こうと思っていたのよ?まあ手間は、省けたからいいけれど……その横にいる可愛い幼女と、そそるイケメンは、だれかしら?」

会話から、この御釜という男、月夜野のマネージャーみたいだが、なぜ俺を蛇みたいな目で見る!なまめかしいからやめてくれ!

「先輩方です……」

「あら?珍しいわね、貴方から、自分の正体をばらすなんて……まあ、いつかは、公表する予定だったし、良いのだけれど……うふふふ」

やばい、いろんな意味で、そして、貞操的な意味でも絶対にこいつは、ヤバい!俺は、怯え、みどりは、幼女扱いに怒りを覚えたのか、目つきは、鋭くなっていた。

「そんなことはどうでもいいです。御釜マネージャー、どういうことですか?なんで私は、オーディションに出してくれないのですか?」

「それは、個室でゆっくり話しましょう。ここは、人目が多いじゃない?ほら、貴方達も来ていいから、社会見学させてあげるわ」

オカマは、気味の悪いウインクを俺達にして、事務所の中に手招きをするなんとも女性的な仕草だが、男だ。メイクと口調以外は、男だ。

俺達は、外でオーディションについては、話せないのでオカマの根城……じゃなくて、アイドル事務所の中に入って行った。


「はぁーいどうぞぉ」

「はい」

「失礼します」

「アイドル……全然いなかった……うぅ、こういう場所にならいっぱいいると思ったのに」

オカマに連れられて入った事務所の一室。ここに来るまでに何人かの社員と思わしき人には会ったが、その全員に俺とみどりは、二度見された。まあ、高校の制服を着ているのだから当たり前か……ちなみに、アイドルとここに来るまで一度も会えなかったみどりは、ここに来るまでに別の意味で意気消沈していた。

「初めまして、俺は、沼田英二です」

「私は、伊勢崎みどりです」

俺達は、オカマに軽い自己紹介をすると、オカマは、嬉しそうに返してくる。

「あら礼儀正しいのね。私は、御釜豪拳。ヒーちゃんのマネージャーです」

なんとも、男らしい名前のオカマは、俺達を席に座らせる。俺達が、座ると真面目な表情に変わり、品定めをするように見てきたが、オカマメイクが気になりそこまで緊張はしなかった。

「さて……なんでオーディションに出れないかしら?ヒーちゃん」

「はい。私言いましたよね?このオーディションに関しては、受けさせてくれるって?なのに、なんで、いきなり、出さないなんて言うのですか?」

月夜野は、いつものポンコツ感は、一切出さない。いたって真面目だった。それゆえの白色があったが、オカマは、そんな迫力には一切動じない余裕があった。

「あら、簡単よ。出たって受からないから、時間の無駄よ。だって、普段のキャラとは、真逆なのだもの。お馬鹿キャラが売れたから、今のあなたの地位があるのに、イメージとか開け離れすぎていて、審査員になんか見向きもされないわよ」

まあそうだろう、ギャップはある。今まで不良生徒だった奴が次の日から黒髪おかっぱの眼鏡男子になったところで、周囲は、ドン引きするだけだった。

「そのキャラを作ったのは御釜マネージャーじゃないですか!私がしたいなんて、一言も言っていないです!」

「けど、どう売り出したいか言わなかったのは、ヒーちゃんよ?まさか、今のキャラになったのは、全部私のせいにする気なら、筋違いよ?ちゃんと言わなかったヒーちゃんにも責任があると思うのだけれど」

しかし、オカマは、冷静に月夜野の意見を切り捨てる。確かにそうだ、嫌なら、やる前から、このオカマに言うべきだった。それを言わない月夜野にも非は、無い訳じゃない。

そう言われると、何も言い返せなくなってしまった月夜野だが、月夜野の代わりに声を上げたのは、みどりだった。

「それは、揚げ足を取っているだけじゃないですか?オカマさん、私達は、どんなに足掻こうとも右も左も分からない高校生です。日和ちゃんが、否定できないように話を進めることだって、大人で、社会経験豊富なオカマさんならできるはずです。それなのに、日和ちゃんを責めるのは、お門違いじゃないでしょうか?」

「あら?そうかしら、私は、そんな卑怯なことはしないし、彼女もお金をもらって働くプロよ?プロである以上そう言った甘えは、しないはずだけれど」

オカマは、至って冷静だった。確かにそうだ月夜野もお金をもらっている以上は、プロ。大人の世界に生きるプロは、また大人でないといけない。そう言ったことは、みどりも理解しているのか、それ以降は、言葉が詰まってしまった。

「うぐ……」

「まだまだね。経験が足りないわ、けど切り口は嫌いじゃないわ、みどりちゃん。あと、追い打ちをかけると、今は、アイドルとして名前が売れたばっかのヒーちゃんには、まだ早すぎたわ。この子が、もしオーディションを受けたとしても、SNSでは、きっと受け入れてもらえない。たとえトップアイドルとしてもよ。まだ、ヒーちゃんは、トップアイドルの地盤は、脆い。今転んだら、起き上がれない。そういう所に私は、親御様から預かっている子を放り出そうなんて思えないわ」

確かに月夜野は、今やトップアイドルと言っても過言でないほどの人気だ。しかし、デビューしてからの年月だけで言えばまだ新人。オカマの言うことは、正論である。今、月夜野が転んだら、きっとアイドルとしては、もう起き上がれない。

「ですか!」

「でもも、こうしてもないわ。貴方、これが現実、ヒーちゃんもプロなら理解しないといけないわよ。これが大人なんだから」

もう、誰も口を開けなくなっていた。オカマの説得力は、この上ない。ソフィアの爺さんと同じような超えられない壁があった。だからこそ、俺は、あの時の経験を今活かす時じゃないのか?俺は、オカマに提案する。あくまで、一歩引いて、相手を立てるように。

「オカマさん、あなたは正しいです。ですが、月夜野の話も聞いてあげていいのではないでしょうか?一度の人生です。確かに受からないオーディションに割く時間は、無駄かもしれません、しかし、ここで、月夜野にオーディションを受けさせて、落ちたらこれ以降、無駄な努力をしようなんて考えないはずです。長い目で見れば、逆に、時間を有効に活用していると考えるのは、どうでしょう?」

俺は、わざと棘のある言い方をする。月夜野は、しゅんとしてしまい、みどりは、俺に何か言おうとしたが、止めた。

その姿を見て、オカマは、面白そうに俺を見る。

「あら、そう言う考えも嫌いじゃないわ?ならどう?今回のオーディションにヒーちゃんが落ちたら、それ以降は、私の方針に口を出さない。それなら、今回のオーディションも受けていいわよ?」

オカマは、俺の意見に妥協し、月夜野に問いかける。しゅんとしていた月夜野は、それを聞くと少しだけ目に光がともった。

「かまいません!今回のオーディションさえ受けられれば!」

「そう、ならいいわ。妥協してあげる。今回は、オーディション受けてもいいけれど、落ちたら、これ以降は、完全に私の指示に従うこと。約束するなら妥協するわ」

「約束します!」

月夜野は、嬉しそうに即返事をする。こうして、なんとかオーディションは、受けることができるのだが、代わりに出された条件は、中々に過酷なものだった。

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