12話 泥棒とツンデレ

そして、一週間後の部室、この日、部室は、かつてない人口密度になっていた。部員全員に加え、顧問の老神先生、爺さんに話を聞きつけやってきた湯原とみどりまで集まり、まだ夏にもなっていないのに、部室の気温は少し上がっていた。

「さて、では、これからソフィアと小僧の勝負を始める」

「「よろしくお願いします」」

爺さんの号令と共に俺とソフィアは、対極の席にチェス盤を挟んで座り、お辞儀をした。

「……沼田君とソフィアさん、二人ともがんばれ」

「……ふむ、これが少年の友人か。どうだ、先輩、次の新刊は、男色とかはどうだろうか?」

「渋川井君、僕は、そう言うことを提案される前に部室でこんなことが起きるなんて聞いていないし、白濁まみれの女性が描きたいから活動しているわけであって……」

「先輩は、いつも私に相談しないので、お返しです。次は男色モノ書きません?白濁二倍ですよ二倍!」

「渋川井先輩、その時は、私も呼んでください。こと読書に関しては、英二より参考になると思いますよ」

「いや、伊勢崎先輩も渋川井先輩もそういうご趣味が……というか、おじさん!ここ部室だよ!タバコ吸わないの!」

「あーん?いいだろう、教頭もいねえし」

「あ……あはは、沼田君の周りってこんなに濃いメンツがいるなんて……」

苦笑いをしている湯原だが、ここにいる濃いメンツの中にいるとものすごく肩身が狭いだろう……唯一まともそうな月夜野ポンコツだし、みどりは、俺の知らない趣味を持っていそうで少し恐怖を感じる。

「あら、動揺している?珍しいわねエイジ」

しかし、普段なら、うるさい外野に文句の一つ垂れるソフィアだが、今日は、驚くほど冷静で、いきなり、黒いポーンを動かしていた。

「お前は、やけに冷静だな、ソフィア」

そして勝負は始まった。この試合で負けるつもりがないがソフィアをアメリカに返す気も無い。

彼女の才能を信じ、俺は白のポーンを動かした。

「ふむ、お互い覚悟を決めおったか」

爺さんは、楽しそうに盤面を見ている。俺は、攻めに来る黒のポーンを白のナイトで捌く。

「おいおい、いきなり無駄ゴマか?お前らしくないじゃないか?」

「あら、ここからよ?」

黒のビショップも攻めてくる。俺は、捌くが、捌いたナイトがとられる。

「……若干、沼田が有利か」

「おじさん、チェス分かるの!?」

「いや、むしろ、戦国峠に通っていてチェスを知らんのか?最近は、携帯電話でもできるだろうに」

「私、ゲームとかは、課金したくないからしないよー」

俺の有利と見る老神先生だが、実況の様になっている月夜野は、チェスのルールが知らないのか、それとも、おバカアイドルアピールか、良く分からん切り返しをしていた。

「そして、ここで、決めるわ!ふふん!攻めてくるのは、チェス最大の大ゴマよ!ナイトを取ってやるわ!」

勢いよく俺の最後のナイトを取るソフィア。俺は、ソフィアの行動に違和感をかんじた。

俺が、出したナイトは、サクリファイス……よは、囮であって、駒を捨てる代わりに捨て駒より相手の大きな駒を取る戦法なのだが、この手は、ソフィアだって、知っていた。

目の前に落とし穴があるとわかって、入るような手を打つはずではないのに……

「おい、ソフィアお前、どういうつもりだ?」

「あら、別にここまではまだ私の予定通り。ふふ、エイジっていつもこんな気分なのね。予想外の手を指すって気持ちがいいわね」

完全に強がりにしか見えない……いやそう見せる盤外戦術なのかもしれない。俺は、思考を巡らすが、追い付かない。だって、ソフィアは、完全に負け手を指しているのだから。

考えろ、考えろ……あいつは何を考えている。きっとアイツは何かを伝えようとしている。

「うーむ、小僧め……まんまとソフィアの盤外戦術にはまっている」

爺さんは、この状況を芳しくは思っていない。ざまあみろと言いたいが、そうすると負けた気もする。

「ふむ……やっぱりそうか」

「?渋川井先輩、ソフィアさんが何をしたいか分かっているのですか?」

「まあ見ていなって、美少年」

湯原め、渋川井先輩にまで美少年とか言われて、先輩は俺が嫁に貰うんだぞ……いや、まて、そもそももう渋川井先輩の立てた作戦自体は、とっくに失敗しているのだから、渋川井先輩は俺の嫁なんじゃないか?

「何ニヤニヤしているのよ?キモイわよ、エイジ」

「いや、ソフィアの様な貧乳女にはわからんよ」

「なによ!私だって好きで貧乳になったわけじゃないわよ!」

突っかかってきたソフィアに俺は、苦言を言うと、ソフィアは、思いっきり噛みついてきた。さっきまでの集中力はどこに行った?

俺がついつい言い返してしまうのも悪いのだが……しかし、この掛け合いも、一週間もしていないと、どこか懐かしく楽しい。

「うるせえ、貧乳」

「なによ、死んだ魚みたいな目をしているくせに!」

「なんだと!俺だって、この三白眼はコンプレックスなんだからな!」

容姿の否定は、流石に俺だって、イラッと来るが、楽しい……自分の容姿を否定されているはずなのに……

「あらら、英二。普段なら、怒らないことで怒るんだなんて、どれだけ、頭に血が上っているのだか……」

「うむ……みどみどは、少年がどう思っているか分かるのだね、流石、幼馴染」

「いやあ、沼田氏も幼女の幼馴染がいるなんて羨ましい……」

渋川井先輩とみどりの会話に強引に入ってくる水神先輩を睨む幼馴染と部の先輩。

「渋川井先輩、この人、きもいです」

「うむ、汚物は、消毒してもいいから、燃やすか」

……うん、ヤバい。なんだ、みどりと渋川井先輩の組み合わせって初めて見るが、こりゃ、まずいぞ、混ぜるな、危険だ。

「あはは、エイジ、やっぱりこの部活面白いね」

ソフィアは、楽しそうに話しかけてくる。まあ時間制限もないし、プレイヤー同士が会話をしちゃいけない理由もないから、会話に乗ってやった。

「面白うそうって、お前、この勝負はいつもとは違うんだぞ。お前のアメリカ行きがかかっていて……」

「バーカ、そんなの関係ないじゃない?何がかかっていようと勝負は、勝負」

ソフィアは、純粋に勝負を楽しんでいた。これが日本で俺とする勝負だとしても。

「そうか、じゃあ、俺が勝って、アメリカに帰ることになっても恨むなよ」

「あははは、私に勝つつもりなのね。いいわ、遊んであげましょう……とか、格好はつけるけれど、そうね、別に寂しくなんてないわよ負けたって、今は、スマホでだって、オンラインでゲームはできるんだもの」

今日のソフィアは、強かった。どこか覚悟の決まった瞳は、獲物を狩る狩人の様であった。その時、俺は気が付いた。俺の作戦にわざとかかった理由が……

「あ……」

ソフィアは、俺が持つ白のクイーンをナイトで奪い取った。そう、ソフィアは、大ゴマを共倒れにする手を取ったのだ。これで、多少ソフィアが有利になった。

そう、ここまでが、俺の計画通り。

「すまんな、チェックだ」

「ナイトで、守るわ」

「ナイトは、取って、チェック」

「ルークで、ポーンを取る!これで、チェック回避」

「チェック」

俺はルークをソフィアのキングの前に配置し、チェック……将棋で言う王手を取り、キングをソフィアは、ナイトで守るが、ここから、俺は、連続のチェックで、キングを追い詰めた。

「ビショップで守る!」

「チェック……ソフィア、もういいんじゃないか?俺が言えたことじゃないが、これ、勝ったぞ……」

壮絶な駒の取り合い、しかし、結果から言えば、ソフィアより駒の余裕があった俺は、ルークとビショップを残し、ソフィアは、キングのみになっていた。

「……はは、勝てないのかしらね」

「ふむ、ソフィア、もう決着はついたのではないか?お爺ちゃんとアメリカに帰ろう」

爺さんは、崩れ落ちそうなソフィアの肩を叩くが、ソフィアは、その手を払い、顔を伏せたまま、聞く。

「お爺ちゃん、聞いていい?この勝負って何でもありよね?」

「八百長だって良いとは言ったが、ここから、流石にソフィアの勝ち目はなかろうに……」

呆れたように事実だけを話す爺さんだったが、それを聞いた、ソフィアは、伏せていた顔を上げた。その顔は、にんまりとしていた。

そう、してやったりという顔で、希望に満ちていた。

「エイジ、スティールメイトよ!」

「な……なんじゃと!」

「……ほう!最初は、勝つ気だったくせに、良いんだな?それなら、手伝うぞ」

そして、活路は開けた。

ソフィアの発言に驚くのは、爺さんだけでなく外野もほとんどの人間が驚いていた。

「うわぁ……えげつない」

ちなみに、意味を知っていたみどりは、俺達の容赦のなさにドン引きしていたが、対照的に、スティールメイトを知らない月夜野は、不思議そうに渋川井先輩に聞いていた。

「あ……あの?渋川井先輩スティールなんちゃらって何ですか?」

「スティールメイトだね……まあ、チェスの引き分けだよ。ソフィアのキングは、自殺はできない……よは、チェスは、自分でチェックになるマスにキングは、置けないんだ。けど、ソフィアの番で、キングしか動かせない時にどこへ、動かしてもチェックになるとどうなる?」

「動かせませんが……けど、ソフィア先輩が動かさないといけないですし……あれ、動かせないですね」

「そう、その時は、引き分け。勝敗を盗むから、スティールメイト」

「うわぁ……それって……なんか、あやふやじゃないですか……けれど、先輩も勝っていないから……」

「まあ、ソフィアのお爺さんが定めた条件には、マッチしないよね」

そう引き分け、本来は、そうならない様に動かすのが基本だが、今回は、八百長も何でもあり、こういった条件を付けた爺さんの自業自得だ。

「しかし!ソフィア、それでは、少年には勝てていないではないか!」

爺さんもバカじゃないから、想定はしていただろうが、ソフィアは、そう言った勝敗の付かない結果は、好まないのでないとタカをくくっていたのだろうが、ソフィアの行動は予想外で驚老いていたが。

「お爺ちゃん……私は、エイジとだけ戦っていたんじゃないよ。お爺ちゃんともゲームをしていたの。そして、エイジには、勝てなかったけれど、

「お爺ちゃんには、勝てる。それなら、私は、この手を卑怯だと思わない」

「なんと屁理屈な!」

「爺さん、勝ちは勝ちだ。約束は守ってもらう。あ、ソフィア、これで、スティールメイト」

俺は、ルークを動かし、勝敗を引き分けに持って行った。

「はい了解。と言うわけで、私は、エイジに『負けなかった』けれど」

「OH my god」

結果を見て、ニヤッとしたソフィアを見て。爺さんは、現実を受け入れられず倒れてしまった。まあ自業自得なのだが……

「エイジ!」

「ん!」

俺達は、感極まり、その場でハイタッチをした。

こうして、長い一週間が終わり、爺さんは、約束を守りそのまま帰って行った。どうやら、彼の行動も寂しさから来た行動らしいが、帰ってからは、付き物が落ちた様に経営に力を入れたため、企業も安定したらしい。

とにかく、話は、ここで終わり、俺達は、部活のある日常を取り戻したのであった。


「やっぱ、エイジなんて嫌いよ」

「なんだよ、藪から棒に」

爺さんがアメリカに帰った後の放課後の部室、俺とソフィアは、二人でチェスをしていた。リベンジマッチらしいが、あの後、ソフィアは、俺に勝てていなかった。

「だって、普通にゲームしても勝てないんだもん」

「子供かお前は……」

ムスッとするソフィア、まあしょうがない。何があろうと俺とソフィアの関係は、変わらずなのだから、別に自分が嫌われているのも分かっていた。

「まだ子供よ。嬉しければ喜ぶし、嫌なら拗ねる。そんなものじゃない。だから私は、アンタが嫌い大嫌い」

「俺もお前は、嫌いだ。いちいち感情的になるからな」

いつも通りの売り言葉に買い言葉。しかしいつもと違い心地よさを感じる。日は、とっくに暮れていたから、そろそろ帰らないと紫も俺を心配するだろう焦りも感じさせない。

「そうね。だから、私もたまには、正直にならないといけないのかもしれないわね」

「いつも、お前は素直だろう。真っ直ぐすぎて、眩しいくらいに隠し事なんてないじゃないか」

「そう?けど私だって、言い忘れたことは、ある」

ソフィアは、俺を見ない。手元のチェス盤を片付けながら話しているから、表情も見えなかったが、口調は、明るく別に不機嫌では、無いみたいだった。チェス盤を片付け終わったソフィアは、俺の方を向きなおすと満面の笑みで一言告げた。

「ありがとう……感謝ぐらいは、してやってもいいかしら」

「へ……?いまなんと?」

俺は、ポカンとしてしまった。いや、ソフィアが俺にお礼を言ったのだ。今日は、きっと槍が降ってくるのかもしれないそれぐらいの衝撃で、俺は、思わず聞き返してしまう。しかしソフィアは、顔を赤くしソッポをむいた。

「ありがとうって言ったのよ!馬鹿!帰るわよ!」

「お……おい先に行くなよ!」

ソフィアは、俺から離れて、部室を出て行こうとし、物理的な距離は、離れたが、心の距離に関しては、前よりも近づいた気がしたのであった。

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