13話 不機嫌

 ソフィアの騒動も終わり、戻ってきた日常。部室で、ソフィアとゲームをして、渋川井先輩と遊び、水神先輩に同人の書き方を教わり、アシスタントをしている。

しかし、一つだけ変わったこと、それは月夜野がアイドルの仕事であまり部活に顔を出せなくなっていた。

「いやあ、のびちゃんもアルバイトで忙しいなんて……勤労学生だねぇ」

おばあさんの様なセリフを吐く、渋川井先輩。月夜野は、アイドルのことを部員にも話していない。どこからバレるかは、分からないという念押しだったのだが、少し考え過ぎではないのだろうか……

「まあ、渋川井先輩。考えてくださいよ、僕らみたいな不労所得希望者は、月夜野の様な勤労学生の苦労をしたくないという考えのうえに成り立つのですから、ある意味では感謝するべきですよ」

「ビバ!不労所得!うん、この響き、私は好きだな」

「俺も好きです!」

やはり不労所得トークは楽しい、渋川井先輩との会話は、ものすごく弾む。

「……たく、この人らは、まだそんな馬鹿なことを言って……」

そして、今日は、水神先輩と格ゲーをするソフィアが、コントローラーをいじりながら、溜息をつく。

「ふふ、ソフィアタン、それは、嫉妬だよ……いやぁ戦いを終えたライバルと芽生える友情に愛情、そして劣情……んふふ、僕は、最高に好きだねえ……」

「糞部長、KOです。あと、あの勝負は、私の作戦勝ちです。勝てないのなら、最初から、勝つつもりなんてなければ、エイジは、動揺して、私の手に引っかかってくれるという崇高な作戦です。私と、エイジにあったのは、お爺ちゃんを倒すという共通目的だけですから、敵の敵は、味方なだけです」

「ツンデレ乙ですお」

「死ね、デブ糞部長」

早口で、俺と水神先輩をけなすソフィア……いやあ、爺さんの一件で少しは、仲良くなった気がしたが、気のせいだった。

「おいおい、ソフィア、先輩には、悪口を言って良いが、少年には、そこまで悪口言わないで上げてくれ、少年は君の為に頑張ったのに」

渋川井先輩は、けらけらと笑いながら言うが、別に俺は、傷ついてなんていない。いないもんね!天に誓って!

「別に、そ……そんなつもりは……エイジは、真剣に手を抜かないで来てくれたから、私の為なんかじゃないです!」

「そうですよ!俺は、傷ついてなんかないです!」

「先輩こういうのをツンデレ乙というのですね」

「うむ、渋川井君も分かってきたねぇ」

「「ツンデレちゃうわ!」」

別にデレていないだろうに、というか、確かに、あのチェス以来もソフィアと戦うことは、あったがあの後何か、ソフィアと会ったわけではないのに……

「あははは、やっぱりこの部活は面白いなあ、なあ少年、ソフィア」

そう聞かれると、確かにそうだ……この部活に入って、色々なことを知ったし、悪くはなかったけれど、いまだに、俺は、どうしてこの部活に入ったのだろうか?

ゆるいからとか、そう言う安直な理由ではないのだが……けれど分かることもある。

「まあ、悪くはないけれどな……」

「まあそうよね、この部活は、楽しいわ。何よりも、エイジと好きな時にゲームできるし」

「勝負をふっかけられる俺の身にもなってみてくれよ」

「あははは、勝ち逃げは、許さないからね!」

「勝ち逃げって……まずは、俺に勝ってから言えよ」

何もないが、ソフィアの意外な一面も見れたし、渋川井先輩や、水神部長の様な変わり者とも、交友関係も持てたし、月夜野の様な一緒にいて楽しい後輩もできた。

それだけでも成果なのかもしれない……。


「でな、その時、渋川井先輩がな、面白いんだよ」

「へぇー、どんな?」

「いつもみたいに水神先輩を蹴り飛ばすかと思ったら放置だぜ!水神先輩もポカンとして、蹴られることを待っている子犬みたいな目で懇願するんだ」

「あ……あはは、ソフィアちゃんの時に見た、あのへんな先輩、行動まで変だなんて面白いね」

そして、今日もまたみどりの家で、ご飯をごちそうになっているのだが、いつものことの様に、紫は、ぐっすり寝てしまい、みどりと二人で話している。

「良かった、英二、最近楽しそうな顔しているから、安心したよ」

「そうか?変わらんぞ、俺は前と」

「それは、英二が気付いていないだけだよ……あははは」

みどりは、俺が楽しそうに話すと笑っていたが、俺は、そんな気がしていなかった。変わったのは、新しい部活に入ったくらいだし、そこまで変わることはない筈なのだが。

「そうか?それより、みどりは、どうだ学校?クラスが変わってから、あんまりそういう話を聞いていなかったし、おじさん的には心配だよ」

そう、みどりとは、この春から別のクラスになってしまい、話す機会も、俺の部活や、みどりの委員会が重なり、そう言った話を聞くことが減った。

「んー、別に普通かな?英二がいないだけで、それ以外は変わらなし」

「そうか?変な男に言い寄られたりしていないか?みどりみたいな、かわいい女の子を健全な男子高校生が放っておくはずがないから」

「ふふ、英二、そんなことあると思う?私みたいな、ちんちくりんどこにでもいるモブBくらいだよ?」

少し笑い、返すみどりだが、その返事は、謙遜ではなく本気での控えめ発言。こいつは、昔からだが、自分の評価を低く見過ぎている。

みどりは、ガリ勉の多い戦国峠に咲く一輪の小さな花とまで言われるほどで、中学では、俺の作ったファンクラブがいまだに存在し、高校でも、どうやら、俺の許可なく勝手にファンクラブができているらしい。

高校のファンクラブは、俺が潰す。特許侵害の罪は、重いぞ。

「出たな、ネガティブ怪人」

「どうして、私をどっかの秘密結社の怪人みたいに言うのかなぁ?」

「なんか、可愛くないか?ロリロリ怪人みどり。特性は、俺を萌え死にさせる」

「別に好きでチンマクなったわけじゃないのだけれど……あと英二は、いつも私をほめ過ぎだよ?他の女の子に嫉妬されちゃうよ?」

まあ、ネガティブになるたび、俺は、からかっているから、前みたいにネガティブスパイラルみどりにはならなくなっているけれど、他の女の子に嫉妬されるとは何なのだろうか?

俺は、悪いが、湯原の様にイケメンではないからそこまで女性と関係があるわけではないのだけれど……。

「俺が嫉妬される?ありえんな!湯原じゃあるまいし!」

「うわあ、ここまで、堂々と言うか幼馴染……」

みどりにジト目で、睨まれるが、俺が自分のことを一番知っているから自信は、あったのだが……みどりは、ぼそぼそと何かを言い出す。

「渋川井先輩……それにソフィアちゃん、最近であって英二とやけに仲のいい後輩の日和ちゃん、英二の交友関係にある女の子の名前……渋川井先輩は、オッパイが大きくて学園のアイドルみたいな扱いだし、ソフィアちゃんは、言わずと知れたアメリカ人美人。日和ちゃんは、野暮ったいメガネで隠しているけれど、hiyori似の顔立ちだから、メガネを外せば絶対モてるし」

「いや、あの人らは、俺に褒められたところで喜ばないだろう……」

全部の人間は、俺を除いて、各部門の天才……褒められることは、多い筈、そんな人らが、俺に褒められたところで喜ぶはずなんてあるわけない。

「知っていた?渋川井先輩って、私たちが一年の頃は全てを見透かした様なつまらなそうな目をしていたんだよ?」

「みどり……一年の頃から渋川井先輩を知っていたのか?」

意外だった、みどりと渋川井先輩に一年の頃から接点があったなんて、てっきり初めて会ったのは、前のチェスの時だと思っていた。

「いや、学園のアイドルのウワサだし、接点なくても知っていたよ?むしろ一年の頃に渋川井先輩のことをよく知らなかったのって英二くらいじゃないかな?太田君とか細山君とは、そう言った話はしなかったの?」

「まあ、アイツらとは、志を同じくはしたが、特別仲がいい訳じゃないし、話しは、ほとんど聞き逃していたよ」

「あはは……英二らしい。まあ、話を続けると、ソフィアちゃんもそう、ゲームでは、負けなしだったあの子に敗北を教えた英二を特別視しない訳がないし」

ソフィアの話を始めるみどり、しかし今度は、仲が良く嫉妬と言うわけでない。むしろ、アイツの経歴に泥を塗った俺は、恨まれているのじゃないか?

俺の不思議そうな顔を見て、真剣な目で俺を見るみどり。

「英二は、私のことをネガティブとか馬鹿にするけれど、一番自信がないのは、英二だよ」

「馬鹿なことを俺は、自信の塊で、自分のために生きるエゴの塊だぞ。みどりみたいなネガティブ怪人じゃないぞ」

「また強がりを……うん、けど英二は、私みたいだけど、違う所……私にはない正義感がある。絶対に英二は認めないけれど、私は、そんな英二がうらやましいんだよ。今も昔も」

いつも自信のないみどりは、珍しく自信に満ち溢れた羨望の言葉だが、そんなことはない、俺は、今も昔もみどりのために頑張ってきたのだから、そう見えるのは、きっと錯覚だ。

「うん、信じられないよね……私じゃ……けれど多分、日和ちゃんの言葉なら信じられるんだろうな……英二もそうだけど、いいな、日和ちゃん。きっと、最期に英二の隣にいるのは、私じゃなくて、日和ちゃんなんだろうな」

「いや、なぜいつも月夜野が出てくる?別に月夜野とは、特別な関係なんかじゃないぞ?」

そして、訳の分からないことを言って、目を伏せ落ち込むみどり、なぜなのだろうか……俺にはわからない。

「ふうん?でも英二って日和ちゃんのことをやけにかばうよね……部活に入るって決めたときも日和ちゃんの事を庇ったし、英二にとっては、日和ちゃんって特別なんじゃないの?」

「別に、月夜野の事だけを庇ったわけじゃないぞ?俺は、全部の連中を庇っただけだし」

そう、月夜野とみどりが会った時に俺が月夜野を庇ったのは、月夜野個人ではなく、全部全体を庇ったのだ。特にそう言った個人的な感情があるわけではない。

しかし、みどりは、納得していないのか、俺を睨む。

「ふーん。そうですかー、ふーん」

「みどり、少し変だぞ?どうしたんだよ?」

「私は、いつも通りだもーん。変なのは英二だよ……」

「いやだからなぜ少し不機嫌なんだって……」

結局この日は、最期まで、みどりは不機嫌なままだった。

あれ?俺ってもしかして鈍感系難聴主人公みたいな行動でもしたのかと少し不安になったが、思い当たることもなく、この日は、モヤモヤしたまま家に帰ることになったのだった。

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