四話 早速、修羅場、大草原……じゃないんだよな

 随分と遅くなってしまった放課後、俺は、なぜか月夜野と二人で帰宅していた。彼女曰く、俺の監視らしいが……俺だって、そんな人の秘密を安直にばらすような悪い性格ではないのだが……

「で!沼田先輩?全部は、気に入りましたか?」

「あんな部活を見て俺が入りたいと思うのか?入りたいと思うなら、月夜野の頭は、だいぶおかしいぞ……」

「……いや認めます確かに、確かにあの部活は変わっていますが、でもいい人ばかりでしょう?部長以外は」

「水神先輩の不遇な扱いには、かわいそうというしかないが確かに、まあ、悪い人はいなかった……特に渋川井先輩」

渋川井先輩を思い出すと、俺の鼻の下は伸びてしまう。初めて、俺の不労所得論を肯定してくれた人でもあったし嬉しかった。それもあるが、とにかくあの人は……

そんな俺を月夜野は、瓶底眼鏡の先からジトっとした目で、俺を睨みつけて来た。

「先輩……渋川井先輩のことをまた考えていますか?セクハラして何がいいのですか?」

「何を言う。俺は、彼女のファンなだけだ。決して、エロいで見ているわけでは」

「むぅ目の前の美少女を差し置いて、他の女性のことを考えているとは……ギルティです。私だって、アイドルですよ。先輩は、私を見てニヤニヤするべきです」

「自分で美少女と申すか、この後輩は……」

俺は、呆れた目で、月夜野を見る。月夜野は、自信満々に自分のことをほめたたえる。確かにこいつは、アイドルだし瓶底メガネで顔を隠しているが容姿は、整っている。

「アイドルは、自信満々でないといけませんから!エッヘン!」

「まあ、確かに可愛いな。渋川井先輩とはまた違った可愛さがある」

「ですよね!」

「それに、意外とまじめで、今日見た限りでは、一番の常識人で、俺達一般人に一番近い存在かも知れない」

本人も褒められたいみたいだから、俺は、ひたすらに褒めまくることにした。月夜野も悪い気はしていないみたいだし。

「しかも、勉強熱心だ。アイドルで人と違うし、天才の集まりに入っているから、天才肌と思われがちになるのかもしれないが、俺と始めたあった時も次のライブの練習をしていたりと努力家なのも好感が持てる」

「ふ……ふふん……」

「正直まだ、面識を持って二日目だが良いイメージが多い。努力家で、容姿も整っていて、良識もある。ポンコツなのが玉に瑕だがそれも愛嬌だな」

「せ……先輩?ほめ過ぎでは……」

「それになんだ、その仕草、いちいちかわいいだろう。みどりがハマるのも良く分かる。今までアイドルってバカばっかだと思っていたが、月夜野は、別格だな。帰ったら、アルバムを全部ダウンロードしてグラビア写真も全部チェックしようかと……」

「せ……先輩やめてください!そんなに公然で口説かないでくれませんか!確かに沼田先輩が私に首ったけなのもわかりますが、流石に私でもからかわれていることくらいわかります!恥ずかしいです!」

褒められて顔が真っ赤な月夜野だが、俺は、言ってやらないといけない今言ったことは、誤解でもなければ、冗談でもないのだ。

「月夜野……お前は、可愛い。自信を持て」

「んっんん~~!せ……先輩のエッチ……」

「いや、なぜ顔を赤くする?自分で自分のことを褒められるだろ。それなら、俺に褒められたって恥ずかしがることはないだろう?」

「けど……けれど!先輩!よくよく考えたら私めちゃくちゃ恥ずかしいことを口走っていませんか!馬鹿ですよ!あう……男性に声援をもらったりはしますがこうやって、面と向かって褒められるなんて経験がないのですよ!」

頭を掻いて発狂する月夜野。いや、自分で自分をかわいいって発狂するとか……少し、後輩の不安定な精神状態を心配していたのだが、後ろから聞き覚えのある声によって、そんな心配は、遮られた。

「あれ?英二?こんな時間に下校なんて珍し……あれ!なななな!英二が女の子と歩いている!ええ!うそ!これは夢……?」

恐らく図書委員会の帰りであるみどりが、俺と月夜野を見て震えていた。月夜野もみどりに気が付いたのか、頬を叩いて、強引に顔の赤らみをごまかして、俺から少し離れる。

「おう、みどり奇遇だな」

「あ……あの?英二?つかぬことをお伺いしてもよき?」

「よきよき」

良く分からない、同意を求めてくるみどりは、少し不自然に聞いてきた。

「隣にいる子は、彼女?」

「ッ!」

ビクッと驚く月夜野、いやそういう露骨な驚き方は、誤解を生むような気もするので、俺は、月夜野名誉のためにもフォローしておかないといけないと思った。

「みどり?俺が、彼女なんてできると思うか?」

「んーない!とりあえず、二人の関係は、おいおい聞くとして、とりあえず、隣の女の子には、自己紹介しておかないと!私は、伊勢崎みどりです。二年生で英二の幼馴染です!」

この、幼馴染は、ネガティブなくせして人見知りをしない性格なのが幸いしてか、どうやら、ことは何もなく済みそうで安心した。

みどりの自己紹介に、月夜野も、みどりの方を向き自己紹介をした。

「えっと……月夜野日和です……一年生です」

「よろしくね日和ちゃん!で!英二とは、どういう関係!?」

なんだろう、ものすごく、みどりから迫力を感じるが、気のせいだと信じたい。

「あの!沼田先輩には、今回、私の入る部活への勧誘を……していまして」

そして、なぜか人見知りをする月夜野。彼女が人見知りをするとは、少し意外だったがそれより意外だったのはみどりの反応だった。

「部活の勧誘……へえ……英二?何部に入るの?」

「そりゃ、うん……ありゃ、何部だ?名前は、全部とか言う部活だが、上手く説明はできない」

「へえ……全部ね……へえ……」

「あのミドリサン?なんで俺にそんなに近づいてくるのでしょうか?いや本当に……」

俺が、部活に勧誘されているときいた瞬間から、少しみどりの表情が変わった……なんというか少し怖かった。

「英二……私が図書委員会に誘った時は、過ぎに断ったのに……ふうん……英二は、こういう子が好みなんだ……」

「あ……あの沼田先輩は、私が誘ったのです!」

「ごめんね、日和ちゃん。私は、今英二に聞きたいことがあるから待っていて」

「は……はいい」

気のせいだと信じたい。俺の幼馴染がこんなに怖い訳がない。第一巻打ち切り!みたいな修羅場エンドは、俺だっていやだ。

「ねえ英二?まさかまさかだけど、私みたいなチンマイ子の誘いなんてお断りなの?私の誘いは、断って、あの悪名高い部活に入ろうとでもいう訳でしょうかねえ」

「あ……悪名高いって……まあ、変人ばっかりで少し俺も入るかって言われたら、丁重にお断りをしたいが、なんだかんだいい人だしな、あの人たち」

「英二……意外と乗り気?」

この幼馴染、どこからそんな判断をしたのだろうか、俺は、入らないって言ったのだが。

「そんな訳……」

「あるよ?だって、英二が人を褒めるなんて滅多にないじゃない」

「そうだが……」

自分でも気が付かなかった。確かに今まで、何度か部活への勧誘があったが、そのたび俺は、頭ごなしに否定をしたが、全部に関しては、そんなことない。

「ふーん、変人ばっかりな部活がそんなにいいんだ。英二には、悪いけれどやめた方がいいよ……だって、こんな、私みたいなちんちくりんにだって、あの部活は異常だってわかるのに」

「い……異常って!伊勢崎先輩……否定はしませんが部を悪く言わないでください」

みどりの少し棘のある言葉に、月夜野は、少し抗議をした。みどりは、笑って、対応するが、目は一切笑っていなかった。

「本当でしょ?」

「そうですが……でも……でも」

俺は、珍しくみどりが、好戦的なのも驚いたがそれ以上に、なぜか月夜野を守りたいと思う自分がいることに驚いていた。もうこんなことしないと思っていたのだが、人間とは、不思議なものだった。

「みどり?少し言葉がきついぞ。お前らしくもない」

「英二……でも、やっぱり英二には、私普通の学園生活を送ってほしいの。だって英二がこんなになったのは……」

少し、申し訳なさそうに、俯くみどり。みどりは、たまに俺の事になるとこういう表情をする時がある。みどりは、悪くないのに。

俺も極力みどりに呼応言う表情はしないでほしいと思い務めてきたが、今の俺は、いつもと逆の行動……みどりを不安にさせていた。

「みどり……俺は、みどりがいたから、こうやって今も人生に絶望することなく生きていけるんだ、自信を持ってくれ」

「でも……」

「俺もなにを言っているか分からん……けどな、全部のことは、悪く言わないでやってくれ、あの人たちだって普通の人だから、異常とかじゃないぞ。そこだけは、取り消してやってくれ……」

「せ……せんぱい」

月夜野は、どこか嬉しそうに俺を見る。対称にみどりは、どことなく納得がいっていないみたいで、少し膨れていた。

「むぅ……英二が珍しく擁護している。やっぱり、全部に入りたいの?英二は?」

「どうだろうな、興味はあるが、まだ決めあぐねている。だってあんな才能の塊集団に俺が入ったって没個性になるだけだぞ」

認めるしかなかった。確かに、全部には、少し興味がある。確かに普通の部活と違って、大きな目標があるわけではないが、何か、もっと面白い何かがあの部活にあるのかもしれないと少しでも考えている自分の好奇心を……

「そっか……異常とか言っちゃたことは謝るね。ごめんなさい日和ちゃん。けどやっぱり、全部にはいる英二は少し不安。潰されちゃいそうで……私ごときが心配することじゃないけれど」

「伊勢崎先輩……」

俺の考えを読み取ったのか、みどりは、素直に謝る。俺は、そんな光景を見ながら、少し笑ってしまった。

二人を見てではない。自分の感情に気が付けなかったことにだ。好奇心があるということは。興味があるという事ではないか。俺はちょろすぎる自分への苦笑だった。

俺は、全部に入ってみたい。自分の失ったかもしれない何かが、そこにはあるのではないのだろうか。

「良かったじゃないか、月夜野。みどりも謝ったんだしこれで解決……」

俺は、纏めようとしたのだが、みどりは、そうはさせてくれなかった。

「英二……解決はしていないよ!不服ながら、日和ちゃんに言いたいことがあるのでしょう?私、今日は、先に帰るから……大変不服で、納得いかないけれど」

「お……おい!みどり!」

むすっとした表情のみどりは、そう言うと俺の背中を叩き、走って先に帰って行ってしまった。

残されたのは、俺と月夜野の二人だった。なんとも気まずい。

「……先輩、私に言いたいこととは何でしょう?言いますが、愛の告白だけは、NGですからね。私は、ファンたちと言う恋人がいるので」

「まて、いつ俺が、月夜野に告白するって言ったんだ?自意識過剰も大概にしてもらわないと困る。俺は、軽い男じゃないからな」

冗談で言った月夜野は、恥ずかしそうにソッポを向いた。

「変態ラッキースケベですけどね……その……まあ、それは置いといて、私も先輩に言いたいことがあるのです」

「……否定したいが、ここ二日の俺の行いを見て来た月夜野がそう思うのも仕方ないか。それで、俺に言いたいことって?」

「沼田先輩から言ってください」

「月夜野から言えよ」

気まずい時間はいまだに流れる。しょうがないが、俺も聞きたいし言わないといけない。その焦りからか、俺まで月夜野の方を向けなくなってしまった。

「……そうですか。では、私から……一回しかいいませんよ」

「お……おう」

妙にドキッとした。なんというか、こういう雰囲気って、微妙に告白シーンの時に流れる絶妙な間の様なものを感じてしまい本人の顔をしっかり見れていなかった。

「あ……ありがとうございます。部員の皆さんをかばってくれて……うれしかったです」

「……お……おう」

死にたくなった。こういう時にへたれるなんて、俺は、自分がラノベ主人公のように気の利いた事が言えないことを恥ずかしく思ってしまった。

「わ……私は、言いました。次は、沼田先輩の番です……」

急かされる俺は、少し恥ずかしかったが、言わないといけなかった。みどりのおかげで気が付けた……気が付いてしまった事実を……

「そうだな……」

「む!そうだなって!私は、言ったのですから沼田先輩も言ってくださいよ!」

ムッとした表情の月夜野が俺の前に回り込み突然手を握り、顔を近づけた。

「ち……近い」

「あ!その……す、すみません……」

距離が近いことに気が付いたのか月夜野は、少し顔の距離を離す、手を握ったままなのは、ツッコむと俺も恥ずかしいので言わないことにした。

「あー、分かった。いうから……」

「はい!」

俺が観念したように月夜野を開いた手でシッシと離れるようにハンドサインをすると月夜野は、笑顔で離れた。なにコイツ、アイドルやっているだけあって勘違いしてしまいそうだ。

「あーと……、そのなんだ」

「はい」

言い辛い!本当に恥ずかしい!俺は、そんな恥ずかしさを強引に抑え込み用件だけを簡潔につたようとした。

「全部……入ってみるわ……興味がある……なんでかは、自分でもうまく説明できないが」

「本当ですか!良かったです!これで私の秘密も守られます!」

「喜ぶことか?俺は、変態ラッキースケベなのだろう?貞操の危機とか感じないのか?」

……俺は、至極まっとうな疑問を月夜野にぶつけた。

「私、確かに沼田先輩って、スケベなでプライドの欠片もない人間だとは思っています」

「思っているんかい……」

「ですが、私は、アイドルで、色々な男性を見てきましたが、アナタほど素直で優しい人は初めてです。興味がわいたからでしょうか?よろしければ、可能な限り一緒に行動してみませんか?って、私なにを言っているのでしょうか……あはは、馬鹿ですね。先輩を監視するからって疑って今日一緒に帰っていたはずなのに……」

月夜野は、頬をかいて、視線をそらす。案外月夜野は、恥ずかしがり屋なのかもしれない。いや、それもあるが、みどりと同じように月夜野も不安だったのだろう。どういう形であれ、自分の隠していた正体がばれてしまったのだから……。

「安心していいぞ。月夜野、俺は、裏切ったりはしないよ……」

「ぬ……沼田先輩」

どうしてこう言うことを言ってしまったのかは、自分でも分からない。けれど、俺の忘れていた感情の様なものがきっと彷彿してしまったのだろう。

だからと言う訳でもないが、恥ずかしくて、俺は、月夜野の前をわざと少し早く歩いた。

「さてと……帰るか」

「ちょ!沼田先輩早いですよ!そんなんじゃ女性になんて絶対もてないですよー!」

「知るか!」

こんな感じで、何もない一日がこうして過ぎていく。


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