第33話 処刑当日

「なんかさ、随分とスッキリしたっつーか、憑き物が落ちたっつーか……まぁ、でも、良かったな。誤解が解けて」

 翌日の昼頃にロウカさんとコトカさんを連れて戻ってきたレイさんは、戻って早々何かを悟ったかのように、半ば呆れの表情と共にそう告げた。

「別に貴様のお蔭だとは思っていない」

「あぁ、うん、お前はいいよそれで」

 レイさんと眼を合わせないように、ツンと横を向く様はなんだか意地を張っているようだった。ルイン様――好きに呼べと言われた結果、これに落ち着いた――はレイさんのことを嫌っているように見えるのだけれど、レイさんはそういうわけでもなさそうだ。

「それにしても良かったね、フェイトくん。捜してるヒト見つかって!」

「良かったね」

 ロウカさんとコトカさんも、この数日のうちに更に打ち解けたようで、なんとなく距離が近くなっているように感じられた。


 再会の挨拶も程ほどに、僕たちはすぐにその場を立つことになった。

 というのも、魔女の公開処刑の日時が明らかになったからだ。

 二人は無事に院長を救出することに成功したとのことで、その際にボスディオス教の上層部から色々な情報を貰ってきたらしい。その院長はどこに居るのかというと、彼は僕たちよりも先に大司教国の首都に向かっているとのことだった。

 近くの里で二頭立ての馬車を一台借りて、全員で乗り込む。ロウカさんが馬なら扱えるというので、御者は彼女に任せることになった。また、精霊族の霊力を使った気功と呼ばれる術は肉体強化をすることが可能だということで、二頭の馬の脚力や体力を底上げし、少しでも早く目的地に着けるようにしてもらう。

 魔女の処刑が執り行われるのは今から五日後の南中の時間帯――つまり、それまでに僕たちは大司教国の首都まで辿り着かなければいけない。ただ、もし万が一、間に合わなければ……

「その可能性もゼロとは言えないからな。だから院長を先に向かわせたし、ついでに応援も呼んでおいた」

 そんな僕の不安を口にすれば、レイさんはそれに対する策は既にとってあると教えてくれた。

「応援、ですか?」

「この間言ってた、武器屋やってるやつ」

「あぁ! あの義弟さん……ということはルイン様にとっても義弟ということ、なんですか?」

「そうだな。しかしレラジェめ……なぜこのような男の言うことを……いや、お蔭で助かったと思うべきなのか。くっ、今回は大目に見るが、あまり私の義弟を都合よく使おうとするな」

「へいへい」

 やっぱりレイさんのことが嫌いなんだろうな――と思いながら二人の様子を観察する。レイさんにはたくさん助けてもらったし、でもルイン様と契約した手前、あんまり仲良くしない方が良いのかもしれないし……そう思うと少し複雑な気持ちだった。

「ところで~、着いてからの作戦ってどうなってるの? 独房に忍び込んで連れ出す? それとも大司教国そのものを壊滅させちゃう?」

 ふいにロウカさんがとんでもないことを言い出す。確かに作戦の確認は大事だけれど、まさかそんな壊滅させるなんてことはしない――と思うのだけれど……

「それは、今後どうしたいかによるな。ただ、単純に連れ出しただけだと結局彼女の身の潔白は証明されない。たとえ大司教国が壊滅したとしてもボスディオス教という母体自体がなくなるわけじゃない。結局彼女が狙われることは避けられないだろう」

「じゃあ、どうするの?」

「一番良いのは、群衆の前で彼女が魔女ではないこと、大司教国が無辜の女性を処刑しようとしていることを暴露することだろう」

 確かに、ここでライラさんを助けたとしても、彼女のその後の安全が確保されないのは望ましくない。

「ただ、そうなるとタイミングは限られるな。彼女が刑場に出てきたそのときしかチャンスはないと考えた方がよかろう。私としては、極力彼女を危険に晒したくないのだが……」

 僕が修道院から離れた数日間に、ライラさんとルイン様の間にどんなことがあったのだろうか? 僕の知っている二人が、僕の知らない間に知らない関係を築いているというのは嬉しいような、けれど少し寂しいような気持ちだった。これは嫉妬というやつなのだろうか。

「でも長い目で見たらこっちの方が確実だろ?」

「あぁ、それは否定せん。で? その後はどうするつもりだ? どうやって彼女の無実を証明する?」

「それは……え~と……俺が出た方が早いんだろうな……お前じゃ寧ろもっと疑惑が深まるし」

「口惜しいがその通りだ。私も阿呆ではないからな。それは認める。で? 貴様が何をするというのだ?」

「…………何とかする」

「チッ、行き当たりばったりか! 致し方あるまい、その時までに考えておけ」

「分かってる、大丈夫だ……」

 レイさんのことは信頼している。信頼しているけれど、ことがことなだけに「本当に大丈夫なのかな……」と、少し心配になってしまった。


***


 刑の当日、大司教国の首都――リクトの街はヒトというヒトで溢れかえっていた。近隣諸国からも多くのヒトが入り込み、入国審査なども完全にザルと化し、レイさんの言った通り僕やルイン様、コトカさんも怪しまれずに入ることができた。

 刑の執行は南中の時間帯ということだった――つまり、そろそろだ。

 これだけのヒトごみの中、先にこの街に着いている筈の院長と落ち合うことは叶わず、結局僕はあの夜以来院長に会うことは出来ずにいた。彼の無事な姿を一目だけでも見られたら、少しは安心できるのに。とはいえ、そんな甘いことも言っていられない。

 一応レイさんの立てた計画はあるようだけれど、それが上手く行くかどうかは分からない。もし万が一のことがあるかもしれないからと、僕は執行官を狙撃できる位置から刑場を見下ろす。

 中央には断頭台――あの鋭い刃がライラさんの首に食い込んでしまったら……考えるだけで身震いしてしまう。

 当然だけれど僕の周囲には誰もいない。孤独な戦いだ。もし作戦が失敗してしまったら、最後は僕の手にライラさんの命がかかっている。そう思うと、手が震えてしまう。

 震えてはダメなのに――冷静でいなければ助けることなんてできないのに。

 広場の脇に設置された巨大な鐘が鳴る。周囲の鳥たちが一斉に空へと飛び立った。


 始まる――。


 荘厳な建物の中から二人の天使族が現れ、次いでボスディオス教を統べる大司教の姿。それから幾人かの司教や上層部の者が続いたあと、真っ白な衣服に身を包んだライラさんの姿が現れた。

「ライラさん……」

 絶対に助けたい、助けなきゃ……銃を握る手が汗ばむ。より一層震えが増してしまう。どうしよう、もしダメだったらどうしよう……そんな不安ばかりが募っていった。

「ここ、イイトコロっすね。狙撃にはピッタリだ」

 背後から突然かかった声に驚き、思わず肩が跳ねる。見つかってしまった――! そう思って身構えれば、そこには両手を上げ「何もしません」と主張をする若い男性の姿があった。

 黒い髪に深い紫水晶アメジストの瞳、透き通るような白い肌が印象的で、その人間離れした雰囲気から、少なくとも彼がこの国のヒトではないことが分かった。

「魔族……?」

「ご明察! 義兄上あにうえに頼まれましたので、新しいペット・・・・・・のお世話をさせて頂こうかと。レライエ・ノクターナルです。レラジェとでもお呼び下さい。以後お見知りおきを」

 黒いシャツと黒いスラックスに身を包んだ、細身の身体を軽く折り、彼は笑った。

「で! ですね? 折角こんなイイトコロから狙えるんですから、そんな力んじゃダメですよ。もっとリラックスして、もっと楽しんで、そうすれば軌道は自ずと見えてきます」

「は、はい……」

「まぁ、オレ達の出番なんてない方が良いので、それを願っておきましょう」

「……はい」

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