第31話 それぞれの行方

 二人が戻ってきたのはそれから間もなくのことだった。最初にレイさんが鳥を一羽捕まえて、次にあの方が水を汲んできて戻ってきた。

 二人の間に特に会話はなく、朝食は黙々と進められた。

 そしてその後に昨夜二人で話し合った内容というものを、レイさんの口から聞かされ、僕は言葉を失くした。


「そんな、だってまさか、ライラさんが魔女だなんて……それに、シスター・ブロシアがこの修道院を魔族に売った? 嘘、ですよね……?」

「嘘ではない」

 あれ以来、ずっと僕に直接言葉をかけてくれなかった方が、そう断言する。

「リラ……グレースは八年前の戦争で生き延びた、王子の婚約者だ。彼女自身は魔族と契約をしていない。それは事実だ。しかし、彼女が生きていては都合の悪い連中がいるのだろう。故に、魔女であることをこじつけて連行したと思われる。この男と話し合った結果、それが一番辻褄が合う、という結論に至った」

「ライラさん……」

 つまり、ライラさんにとって僕は婚約者を殺した敵側の兵士だと、そういうことになってしまう。彼女はそれを知っていたのだろうか? 承知の上で、あんなにも僕に優しくしてくれていたのだろうか?

「次にブロシアだが、彼女は過去に妖族と恋に落ちていたようだな。だが、このままでは禁忌に触れかねん、という理由で目の前でその相手を惨殺されたらしい。天使族に。そこに付け込んだのが魔族だ。仇を取ってやると、そう吹き込んだと思われる。とはいえ彼女の欲は弱い。契約は成立せん。その代償として特別な人間を複数人寄越せ、と言われたそうだ」

 ブロシアの過去については皆が知っていた。知っていたけれど、仕方のないことだと、そう言うしかなかった。まさかそんなことになっていただなんて……。


「さて、フェイト。私はそなたに謝らねばならぬ」

「え?」

 畏まった態度で、面と向かって頭を下げられる。何が起きているのか分からず、僕はただ硬直するしかできなかった。

「グレースの存在を審問官に密告したのは、恐らくブロシアだ。ここ数日、彼女が魔族わたしと親しくしているように見えたのが彼女の嫉妬心を煽ったのだろう。私がここに来なければ、彼女が連れて行かれることはなかったやもしれぬ」

「でも、それは結果論で」

「そうだ、結果論だ。しかし世の中は結果が全てだ。己に瑕疵があるのならそれは認めねばならぬ」

「そんな……」

 それは余りにも畏れ多いことだ。僕は首を振ってその言葉を否定しようとする。しかし、そうする前に次の言葉が差し込まれた。

「そしてもう一つ。そなたは先日、魔獣に襲われたそうだな?」

「えっと、その……はい……」

「その原因を作ったのも恐らく私だ。そなたの中に、私の魔力が微小ながら入っている。その匂いを嗅ぎつけたのだろう。本来は修道院を襲わせるために放ったのだと思われるが……その、私の魔界での厄介ごとが原因で、そなたを危険に巻き込んだ、ということになる。すまなかった」

「それこそ謝って頂くようなことではありません! だって、そうでなければ僕は八年前に死んでいたんです! それに、たとえそうでなかったとしても、結局あの魔獣は修道院を襲っていた。僕が危険な目に合う結果は変わらない筈です!」

「そうか。考え方によってはそうも言える。しかしいずれにしてもこれもやはり私の不徳の致すところ。私のために、謝罪を受け入れてほしい」

「…………はぃ……」

 その言い方はずるい。だってその言葉を拒絶することは、この方の誠意を拒絶することだ。本当は受け取るべきではないのかもしれない。だけど、それでも僕にはその言葉を否定することはできなかった。


 その後も二人からいくつかの情報を聞かされ、ことの全容を大分把握することができた。

 まず、修道院に居た人たちの多くは一番近くの里でお世話になっているということ、そして特殊な力を持つ子供や修道女たちは、この先にある山小屋に待機してもらっているということ。

 山小屋に居るヒト達の面倒を見てくれているのは、以前はコトカさんが、先日は僕がお世話になったあの大鴉だということも分かった。


 次にライラさんの行方だけれど、これについてレイさんは、恐らくは大司教国の首都に連れて行かれているのではないか――という見解を示した。ライラさんは院長とは違って処刑することが前提で連れて行かれている。もしするならば公開処刑だろう、とも言っていた。こちらは出来ればすぐにでも救出に向かうべき、とも。

 とはいえ、恐らく昨日の今日で執行されることはないと思う、というのも彼の話だった。大司教国にとって大事なのは、より多くの国家に「魔女を処刑した」という実績を見せつけることだからだ。


 シスター・ブロシアについては不明なことが多く、修道院で起きた混乱の最中、魔獣と共に姿を消したそうだ。魔界に行ったという可能性が一番高いそうだが、何とも言えない。情報がない以上は動きようがないため、こちらはどうしても後回しにせざるを得ない。


 最後に院長だ。何故院長が連れて行かれたのか。彼は何者なのか。何故彼が鷲の巣の名を戴いているのか。こちらは謎が多い。けれど、それについてレイさんが意外なことを言っていた。

「その院長とやらは、恐らく昔はボスディオスの上層部の人間だったんだろう。けど、何らかの理由から、クライオスに改宗したんじゃないか?」

 とのことだった。あの地下室が使われていたのは確かだが、最後に使われてから随分と月日が経過していることが窺えたこと。仮に未だ神族への贄を育てていたとして、だとしたらコトカさんやミスラは真っ先に密告されているに違いないということ。これらの状況証拠から、院長は黒だけど白ではないか、と彼は言っていた。

 あえてこの修道院を使い続けたのは、一種の隠れ蓑のようなものだとも考えられる。

「それに、この件に関してはロウカに任せてあるから、多分大丈夫だろう。アイツはなんだかんだ優秀だ。救い出して本人の口からちゃんと聞いた方が良い」

 と言われて、僕はそれに納得の意を示す。僕の中にはまだ院長を信じていたい気持ちが強くある。できればレイさんの言うことが真実であって欲しいと、そう強く願った。


「あ、あの……! ひとつ、良いですか?」

「あぁ」

「ミスラ……ミスラはどうしているんでしょうか? 彼も、山小屋に?」

 これまでの会話の中に彼の情報が出てこなかったのが少し気がかりだった。何もないことならそれはそれで良いのだけれど、彼は少々――いや、かなり特殊な存在だ。それに、こうしてここに死神レイさんが来ているのだから、可能ならあの傷を治してあげてほしい。

「ミスラか……彼に関してはラヴェンナ嬢……大鴉に全てを任せてある。恐らく冥王が何とかしてくれているだろう」

「げっ……」

 冥王――という言葉を聞いて、レイさんは露骨に嫌な顔をする。そういえば、彼は「アディ」とその女性の名前を口にする度に顔を顰めているような気もした。苦手なのかもしれない。

 とはいえ、過去にもコトカさんやミスラを助けてくれているヒトなのだから、この件に関しては任せても大丈夫と思って良いのだろう。

 そうなると、目下の目的はライラさんを助けること、ということになるのだろうけれど……

「リ……グレースを救うためにも、まずは大司教国に入る必要があるな」

 それが問題だ。僕は彼の国では顔が完全に割れている。それに――

「問題は大司教国には魔族わたしが入れないこと、か」

 その通りなのだ。レイさんは神族だからともかく、魔族に関してはあそこはとても五月蠅い。どうにか騙すことはできないだろうか。

「それなんだけど……多分、チャンスが一度だけある」

「ほう? それはいつだ?」

 レイさんは顔を顰め、どことなく言いたくなさそうな空気を醸し出す。しかし言い出した手前、「やっぱりなし」とは言えないのだろう。出来れば僕も、その一度のチャンスに賭けたいと思っている。

 二人の熱視線を受け、レイさんは観念したように口を開いた。


「公開処刑当日の朝だ」

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